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九十一話 計画と夢語り

レーベンで抗争に巻き込まれ、戦った日から一ヶ月近くが経過し、レーベンでやることを全て終えた《ゼフィロス》は旅立った。


目指すのはアルテイル王国の首都、つまりは王国に存在する都市の中で最も巨大であり、国の主たる国王がおわす王の(みやこ)、その名は"アリエス"である。


そして《ゼフィロス》が攻略を目指す《世界三大秘境》の一つ、《大迷宮(ラビリンス)》がある場所だ。


レーベンからアリエスまでは馬車でも四日、徒歩では一週間掛かるが、特に急ぎでもないのでイデアは徒歩で王都へ向かうことを選んだ。



「アリエスに着いたらやることを共有したいんだけど良いかしら?」


ある日の夕食と夜営の準備を終えた時、イデアがそう言って皆を集めた。


「構いませんよ、とうとう目標の間近まで来ましたので指針が欲しいです」

「私もアルレルトに同意見だ、さすがにいきなり大迷宮(ラビリンス)攻略ってわけじゃないんだろ?」


ネロの確認を込めた言葉にイデアは頷いた。


「ええ、そもそも《大迷宮》を攻略する為には"大迷宮探索許可証"が必要なのよ」

「そんなものがあるのかい?」


大迷宮探索許可証がどんなものかは字ズラから何となく想像できた面々のうちサルースが聞くと、イデアは再び頷いた。


「そもそも《大迷宮》は王国が管理していて中に入る者は冒険者ギルドが選んでいるのよ」


イデアの説明をまとめると、《大迷宮》は他の迷宮(ダンジョン)とは比べ物にならないほどとても危険かつ難度の高い迷宮(ダンジョン)で、下手に実力の足りない者が挑んで死んでもらっては困る為、王国と協力して冒険者ギルドが立ち入る者を制限しているのだそうだ。


それでも《大迷宮》を封鎖しない理由は至極単純で、危険を犯す価値があるからだ。


「《大迷宮》の全ての魔獣が魔石(ませき)を持っているのですか?」

「マジか、あの異常種がゴロゴロいるってことかよ」


ネロの顔色を青くしたのも無理はない、バーバラの迷宮(ダンジョン)では一匹の異常種のせいで危機に陥ったのだ。


「まぁ、魔石を必ず落とす魔獣がたくさんいるなら王国と冒険者ギルドは封鎖しないだろうね。魔石は希少な資源だ」


魔石は希少だが、その分高価でアルレルトが着ているような良質な防具である魔術装具を筆頭に効能の高い回復瓶(ポーション)や薬の調合など、汎用性も高い。


「その通りよ、それで話を戻すけど肝心の大迷宮探索許可証を手に入れるには上級(ハイクラス)依頼(クエスト)を多く達成し冒険者ギルドに実力を認めてもらうしかないわ」


「それに大迷宮探索許可証はパーティーに発行されるものだからパーティーでの実績作りが大切になるわ」

「なるほど、要するに冒険者の仕事を続ければ自ずと道は拓けるわけだな」


ネロの解釈は正しく、イデアは笑顔で首肯した。


「それともう一つやることがあるわ、それは拠点を手に入れることよ」

「拠点?」


アルレルトが首を傾げたのは、バーバラの時のように宿屋を拠点にするのではないのかと疑問に思ったからだ。


わざわざ口に出すということは宿屋を拠点にするつもりがないとイデアが言外に言っていると考えたからである。


そんなアルレルトの疑問を察した上でイデアは自らの計画(プラン)を明かした。


「《大迷宮(ラビリンス)》へ入れるようになるまでと入れるようになってから《大迷宮》を攻略できるまでどれほど時間が掛かるのかは未知数よ、でもかなり時間を使うことは確実だわ」


「そんなに長い時間宿屋に泊まってたら宿屋代が大金になることは間違いないわ、金銭効率を考えるんだったら家を買ってそこに住むのが一番効率がいいわ」


「イデア君の言う通りだ、長期滞在をするつもりなら宿屋に泊まるよりも家を買った方が長い目で見るなら安上がりだよ」


サルースが要約してくれたお陰でアルレルトも納得し、ネロは元々お金に関して厳しい方なので笑顔で頷いていた。


「金は命にも等しいからな、長期的な視点で考えてくれるのは有り難いな」

「はい、そういうのを考えるのは苦手ですからね」


ネロとアルレルトも頭は良いのだが、主にそれは戦闘方面に発揮されるもので日常的なことにはあまり発揮されないのだ。


ただし頭はそれなりに回るのでイデアの考えは理解できる。


一から十まで説明しなくていいのはイデアとしても助かるのだ。


「いきなり家は買えないから王都でしばらく依頼(クエスト)を達成して実績作りをしながらお金を稼ぐのが当面の方針ね」


《ゼフィロス》のパーティーとしての資金はほとんどないに等しいので、まずは家を買うための資金を稼ぐ必要があった。


「それじゃあひとまず話はこれで終わりよ」


イデアがそう言って〆ると会議は終わった。


「堅苦しい話は終わりにして、皆でお話しましょうよ!」

「なんだよ、いきなり…」


テンションを急にあげたイデアに若干引きつつ、ネロは訝しむ目線を向けた。


しかしイデアは至って真剣な表情だった。


「《ゼフィロス》はこれから多くの困難に直面するわ、そうなった時に大切なのは仲間としての絆よ!、それを育むために自分のことを話すのよ、まずは私からね!」


持ち前の強引さでイデアは話を始めてしまった。


とはいえイデアとはそれなりの付き合いがある《ゼフィロス》の面々だ、呆れながらも彼女に付き合うことにした。


イデアが話したのは《世界三大秘境》の攻略を目指すことになった理由だった。


「元々はレーネの夢だったの、最初に仲間に誘われたのは私なのよ。一緒に《世界三大秘境》を攻略しようって言われたわ。もちろん了承したわよ、《世界三大秘境》を攻略するなんて面白そうだし何よりレーネと一緒に冒険したかったのよ」


それが叶わぬ夢であることもイデアのみならず、レーネの存在を知るアルレルトたちには分かっていた。


それでもイデアは前を向き、一から仲間を集め、その夢を叶える目の前にまで来ているのだ。


「レーネの想いを皆に背負わせる気はないわ、これは私だけのもの。でも私の親友の夢でもあることは忘れないで欲しいわ」


多少の儚さを見せながらもイデアは笑ってそう言った。


「夢か、私にもあるよ。ここ百年間ずっと積み上げても少しも叶いそうにない夢がね」

「どんな夢ですか?」


サルースの語り口は言葉の中身に反して誇らしげだった、だからこそアルレルトは相槌のように夢の内容を聞いた。


「世界から怪我と病を根絶させることだよ」


思っていたよりも果てしなく大きい夢にアルレルトだけでなく、皆驚いていた。


「初めて聞いたわよ、先生」

「こうして他人に語るのは初めてだからね、とはいえこの夢はあまりに非現実的だ、実現不可能とも言える」


世界から怪我と病を根絶させる、口にすれば簡単だが実際に成し得るのは無理難題どころか不可能だ。


世界は広くいくら優秀な人間が一人いたところでできることには限界がある、そもそも優秀な人間であれば不可能であることはすぐに分かる。


大精霊と呼ばれる大いなる存在でも出来ないのでは無いか。


しかし普通の人間とは違い長命種であり、長い寿命を持つサルースは不可能だと理解しつつも諦めることは無かった。


「私たち治癒師(ヒーラー)が村に一人でも常駐していれば擬似的に怪我や病を根絶できる、百年前の私はそう考えたのだよ」


人差し指を立てて語るサルースに対して、アルレルトやネロはよく分からず首を傾げたが、聡明なイデアはどういう意味か即座に理解した。


「納得がいったわ、それで先生はずっとレーベンで治癒師(ヒーラー)を育て続けたのね?」

「ああ、王家に協力してもらい王国の主要な都市に治療院を設置し、人材の育成が進めば村々まで広げる計画だよ。先々代と先代、さらに政策を受け継いだ現国王陛下には頭が下がる思いだよ」

「そのシステムをゆくゆくは世界に広げるつもりなのね?」


イデアの確信を持った言葉にサルースは頷いた。


「完成には程遠いがそれでもここまでやって来た、イデア君と同じようにこれは私の師の夢でね、私があとどれだけの寿命があるのは分からないが死ぬまでは全力を尽くすと約束したのだよ」


「分かったぞ、先生の師匠は女だろ?」

「…よく分かったね、ネロ君」

「女装してるからそうじゃないのかと思っただけだよ」


サルースの女装趣味と言えば良いのか、何故サルースが女性の格好をしているのは誰も知らない。


ネロは師の夢を成し遂げるというサルースの硬い意志が師の格好すら真似ているのではと思ったのだ。


「次は私か、夢なんて大層なもんじゃないが今は《小人族の英雄》になりたいと考えてる」

「それは子供たちの影響ですか?」

「ちげぇよ、子供たちに囃し立てられたからじゃねえ、きっかけはユリハ院長だ」


別れを惜しんで大泣きする子供たちと何とか別れる前にユリハ院長に貰った言葉が、ネロに一つの決意を産んでいた。


「常人には無謀と思える敵に挑める勇気がある、それこそが英雄の資質なんじゃないかと言われた。私は物語の英雄みたいなご立派な人じゃねぇけど、信じてくれる人がいるならなる価値はあると思ってる」


ディオは別れ際に姿を見せなかった、多分涙と鼻水を垂らしながら一生懸命鍛練していたのだろうとネロは想像していた、それならば彼や彼の後に続くものたちの為にとんでもなく大きな道標(みちしるべ)になりたいと思うようになっていた。


「なれるわよ、ネロなら」

「私もそう思うよ、ネロ君ならなれるさ」

「俺もです」


「揃いも揃って茶化してんじゃねぇぞ、ゴラ!」


キレたネロを何とか収めてから、自然と皆の視線はまだ話していないアルレルトに向いた。


「俺は皆の夢を叶える手助けをしたいです、それが俺の夢と言えるかもしれません」

「んーだよ、つまんねーな。やりたいこととかねぇのか?」

「ありますよ、今は《天竜之峡谷(ドラゴンバレー)》に行きたいと切に願っています」


アルレルトが何故そんなことを言うのか、その理由は既にイデアたちは共有していた。


「師匠さんの生まれ故郷かもしれないからかい?」

「はい、俺は師匠のことをあまり知らなかった。どこで育ち何を学びどうして俺を育て、形見まで遺してくれたのか」


アルレルトの手は自然と腰帯に差された黒鬼に伸びていた。


「今の俺はそれを知りたいのです」


真摯で純粋な彼の山吹色の瞳にネロとサルースはどこか頼もしさを感じ、イデアとアーネは何故か顔を赤らめていた。


「リーダーの夢の通過点だからちょうどいいな」

「はい、これもある意味風の導きかもしれません」

「そういえばアルレルト君…」


サルースが会話を広げ、アルレルトが答えネロも話に入り、復活したイデアとアーネも話に混ざり《ゼフィロス》の歓談は夜が更けるまで続くのだった。

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