九十話 人気者と大切な人の旧友
抗争がイデアとシルヴィアの宣言により、終結すると次の日にはレーベンは日常を取り戻していた。
その様子を見てもやはりフルグラス派とアルテレス派の抗争は日常茶飯事だと言うのは分かったが、今回の抗争では多くの事件が起きた。
全てをあげるとキリがないが、大きく上げると二つで一つはアルテレス派の重鎮であるグレスベルトの負傷だ。
表向きは抗争で多くの魔術師を倒した時に負傷し、療養中となっているがシルヴィアと戦い彼女に敗れた為である。
それによりグレスベルト派は少なからず弱化し、シルヴィア派が勢力を増して彼女は《使徒》の地位に正式に就いたと聞いた。
イデアと共謀したとはいえ欲しいものは全て手に入れたのだからやはりシルヴィアは食えない人である。
もう一つはフルグラス派の中でも大きな力を持っていたカイゼル・ガーランドの意識喪失である。
正確には日常生活に問題はないが、心が壊れている状態でまともに会話することは不可能なそうである。
これによりフルグラス派も少なくないダメージを負ったが、そこはイデアが尻拭いはするということで色々と手を回しているそうだ。
なお誰がカイゼル・ガーランドをそんな目に遭わせたのかは考えるだけ薮蛇である。
そのような大きな二つの事件のせいで多少混乱している学区に対して、平区は平和なものでありサルースとイデアを除いた《ゼフィロス》の面々は平区のリューラン孤児院に逗留していた。
理由は単純で今回の件で最も重傷を負った者がいるからである。
「ネロ、怪我の具合はどうですか?」
リューラン孤児院の一室でアルレルトはベッドの傍に立ち、心配そうに声を掛けた。
「折れた腕の骨も完璧に繋がったし、もうそろそろベッド生活とはおさらばだな」
ベッドから起き上がった姿勢でネロは腕をまくって見せ、不敵に笑った。
「あっ、もちろん先生のお墨付きだぞ?」
「それなら安心ですね、さすがは先生の治癒魔術です」
「確かに先生はすげぇーけど少しは私のことを信用しろや」
「俺としては頑張りたいですが、無茶をし過ぎですからね」
アルレルトの言葉にネロは目を逸らした。
「別に私は後悔してないぞ」
「それはそうでしょう、無茶をしなければいけないとネロがそう判断したのなら俺はその判断を責めたりしません。何より今のネロは前のネロと違うように見えます」
「はっ?、なんか変わったのかよ?」
顔をぺたぺたと触るネロに忍び笑いを零しつつ、アルレルトは否定した。
「そうではなく雰囲気ですよ、ネロの纏う雰囲気が前とは違います。端的に言えば強くなりましたね」
「っ、やっぱり分かるのか?」
「はい、俺も剣士の端くれですからね、分かりますよ、そういうのは」
微笑みと共にアルレルトにそう言われたネロは嬉しさを感じつつも表に出さずに頬を指で掻くに留めた。
「それでは俺はこれで、もうすぐあれが来ますし、イデアにも呼ばれているので」
「あー、もうそんな時間か。リーダーには宜しく言っとけよ」
「はい、承しました」
そう言ってアルレルトが部屋から出て、廊下を歩いていると向かいからたくさんの子供たちとそれを見守る職員たちがやってきた。
「あっ!、剣士の兄ちゃんだ!」
「兄ちゃん!、ちっさい姉ちゃん、起きてた!?」
「今日はお菓子を持ってきたんだよ!」
あっという間に子供たちに囲まれてしまったが、彼ら彼女らの目的はネロだ。
孤児院を救ったのはネロだと職員たちから聞いた子供たちは毎日のようにネロの部屋へ遊びに行っている。
年長の子供たちも仕事を終わらせたら必ず来るので、かなりの人気ぶりである。
「ネロは起きていましたよ、かなり元気になっているようですから存分に皆の相手をしてくれると思いますよ」
アルレルトが微笑みと共に告げると、子供たちは姦しい声を上げてネロの部屋の方向へ走っていった。
こちらに頭を下げてから子供たちを追い掛ける職員たちを見送ってから、アルレルトは再び歩き始めた。
『ネロが人気な理由が分からない、ただの小生意気な小人』
「そこが彼女の良いところです、裏表のない彼女だからこそ子供たちは懐いているかもしれませんよ」
『子供はよく分からない』
余談だがアルレルトも院長を除いた女性の職員たちにはもちろん年長の女の子たちに人気があるのだが当の本人は気付いていなかった。
◆◆◆◆
朝起きたら『アル、時間がある時に《使徒の塔》へ来てほしいわ。イデア』という内容が書かれていた手紙と地図を魔術で造られた鳥から受け取った。
イデアが諸事情で孤児院に顔を出しにくいのは薄々気付いていたアルレルトはヴィヴィアンを連れて、《使徒の塔》を訪れた。
人間ではなく魔術人形と呼ばれる存在に案内されたアルレルトたちは浮上する板に乗って、上の階へ上がり扉が開くと一面の草原が広がっていた。
浮上する板から降りて、魔術人形の後をついて行くと木陰でテーブルを囲む人たちを見つけた。
「イデア、シルヴィア、ニュクス、それにエルさん」
「アル!、来てくれたのね」
「はい、幸いなことに時間はたくさんありますから」
椅子から立ち上がって笑顔で出迎えてくれたのはもちろんアルレルトを呼んだ当人であるイデアだ。
「シルヴィアは久しぶりですね、《使徒》になられたとか、その紫紺のローブ、とても似合っていますよ」
シルヴィアが前に会った時とローブが違うのはグレスベルトとの戦いで前のローブが焼けたのと、イデアの純白のローブと同じように《使徒》専用のローブがあり、それがシルヴィアが今来ている紫紺色のローブだった。
「お世辞でも嬉しいです。ありがとうございます、アル君」
「世辞でありませんよ、シルヴィアの銀髪はイデアの白髪と違って光でキラキラと反射するので暗めの色は合っていると思いますから」
「な、なるほど。よく見ているのですね」
アルレルトがよく観察して褒めてくれたのだと分かったシルヴィアは若干頬を赤くして、照れ隠しで紅茶入りのカップを傾けた。
「ア、アル!、私はどう?」
「?、あっ、髪を三つ編みにしたのですね、可愛らしくて似合っていますよ。イデアのことはなかなか恥ずかしくて直視出来ないので気付くのが遅れてしまいました」
照れながらそう言ってくれたアルレルトにイデアは首まで真っ赤にして、紅茶入りのカップを傾けた。
「ここは女を口説く場所じゃないと思うけどな」
「照れてる……シル……可愛い……」
『アル様は自重するべき』
純朴な《剣神》を除いた一人と一匹からツッコミを喰らい、さらにヴィヴィアンからも軽めの頭突きが入った。
「別に口説いてなどいません、褒めただけです」
断固として否定したアルレルトはエルネスティアと同じように腰帯から剣を抜いて、テーブルに立てかけ空いていた椅子の一つに腰掛けた。
「それで?、イデア、俺を呼んだ理由は?」
「あっ、ええと、エルさんがアルに聞きたいことがあるらしくて……それでわざわざ来てもらったのよ」
「エルさんが俺に?」
水を向けられた当人に目を向けるとエルネスティアは真剣な表情で頷いた。
「ん……アルの剣……どこかで見たことがあった……それで……思い出した……アルの師匠の名前は……"アイラ・ハリケーン"じゃない……?」
「な、何故師匠の名前を?、まさか…」
アルレルトは驚愕のあまり震えながら、問うた。
「ん……古い知り合い……緑色の髪に山吹色の瞳の女剣士……若い頃……武者修行中に会ったこと……ある……」
「それは本当ですか!?、し、師匠のことを知ってるのですか!?」
初めて会った師匠のことを知る自分以外の人にアルレルトは興奮で立ち上がると共に自然と目から涙が溢れてきた。
「アル…」
「アル様!」
思わず立ち上がったイデアと獣化したアーネはアルレルトの一言で硬直した。
「申し訳ありません、俺以外にも師匠を知っている人がいた、それを知っただけで涙が出ててきて…」
アルレルトにとって育ての親である大切な師匠の知り合いに会えたという喜びで彼は涙を流していた。
「アル、これを使って涙を拭かないと話ができないわ」
「癪だけどイデアの言う通り、僕が拭いてもいいよ?」
「気遣ってくれてありがとう、二人共。手ぬぐいがありますから気持ちだけで十分です」
笑みを返したアルレルトは懐から取り出した手ぬぐいで涙を拭うと、椅子に座り直した。
「お見苦しいところを見せました、それとエルさん、師匠、アイラ・ハリケーンは一年ほど前に亡くなりました」
「そう………直弟子である……アルに会えて……良かった……アルは彼女に……よく似てる……彼女も自慢の弟子……だと思うよ……」
ほんの一瞬だけだがエルネスティアはアイラの訃報を聞いて、悲しみの感情を出してくれた。
「そう思ってくれていると信じています」
本心からそう述べたアルレルトにエルネスティアは微笑んでくれた。
そうしてアルレルトは事情を知らないシルヴィアとニュクスに師匠のことを説明しつつ、エルネスティアから師匠、アイラ・ハリケーンの色んな話を聞いた。
アイラとの出会いの話や偶然巨獣退治で出くわした話、しばらく共に旅をした話などエルネスティアはアルレルトが知らない師匠の一面を教えてくれた。
「あっ……そういえば……アイラ……出身地の話で……面白いこと……言ってた……」
「面白いこと?」
アルレルトが聞き返すと、頷いたエルネスティアの話に一同は驚愕した。
「私は……《天竜之峡谷》から……やって来た……って」
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