八十九話 雷炎激突と抗争終結
アルレルトたちの戦いが終わった頃、グレスベルトの配下であるリアドの罠によって、レーベンより遠くの場所に飛ばされた《剣神》エルネスティアの戦いも終わっていた。
「初めて……見る魔獣……でも魔粘体の手応え……違う……新種の魔獣かも……」
剣を鞘に納めたエルネスティアの傍で収縮を繰り返すバラバラの肉塊たちは元はネロが戦っていた人面スライムだったものだ。
当初の計画では空間魔術で遠くへ飛ばし、人面スライムによってエルネスティアを足止めし、グレスベルトがシルヴィアを倒す時間を稼ぐ予定だったが、《剣神》エルネスティアを相手にする上で人面スライムでは役不足だった。
ネロは炎魔術で焼却する手段を取ったが、エルネスティアが行なったのは死ぬまで斬る、ただそれだけの事である。
言葉にするだけならば簡単で無理難題に見えることを息すらも切らさず平然とやってのけるのが《剣神》と呼ばれ、世界でも頂点に位置する強者である彼女だ。
「うん……早くシルの元に帰らないと……」
しかしエルネスティアの予想よりも人面スライムの再生能力が高かった為、倒すのに時間がかかってしまった。
現在地を確認するため、雲の上の近くまで跳躍したエルネスティアは周囲を見回した。
「見覚えのある地形……あの街道は……レーベンへ行く道……思ったより近い……」
とある理由で王国の地形に詳しいエルネスティアは現在地を確認し、地面へ降り立つと姿を消した。
本気の跳躍と疾走で本来なら二日掛かる距離をものの十分程度へ移動するエルネスティアが街に戻る頃には抗争に紛れた戦いには終わりが訪れようとしていた。
◆◆◆◆
《魔術学園》の地上では未だに戦闘が続いており、負傷者も多数ではじめていたが彼らが撤退することは無い。
何故なら彼ら、彼女らの主が戦っているからである。
そして先頭で戦うニュクスとリアドの存在も大きかった。
お互いを最大戦力と見なし、戦うニュクスとリアドだったがリアドの方が先にバテ始めていた。
「あはは!、息が上がり始めてるよ、腰巾着君!?」
「黙れ!、魔女風情が!」
ニュクスの影の羽と爪の猛攻を防御魔術で凌ぐリアドはニュクスの言う通り、消耗し息を上げていた。
その理由は単純でエルネスティアを空間魔術で飛ばして、大量の魔力を消費した為だ。
対するニュクスは魔力を大量消費する魔術を使っていない為、余力があった。
「防ぐだけじゃ勝てないよ!、"影爪"」
「言わせておけば!、"空間断"!」
防御に回していた魔力を攻撃へと回し、空間魔術の斬撃がニュクスの影の爪を切り落した。
「ありゃぁ?」
「ぐふぅ!?」
驚きながらも放たれたニュクスの反撃の蹴りはリアドの腹部を直撃し、後方へ下がった。
オマケのようにつま先から伸びた影の爪が腹部を切り、リアドは腹部を抑えてニュクスを睨みつけてきた。
「おぉ、怖い。そんなに魔女にやられるのは屈辱なのかな?」
「当然だ、何故それほどの魔術師の才能がありながら魔術の発展の為に貢献しないのだ!、魔術師とは魔術を深める者のことを言うのだ!、貴様など魔術師ではない!」
「酷いなぁ、私だって魔術は大好きさ。戦うのに便利だからね、それに誰がお前らみたいなクソ野郎共のために知識を深めないといけないんだよ、私の魔術は私だけのものだ」
ニュクスの全身から影が溢れ、地上を侵食していく。
「戦っている時こそ私は生を実感できる、どんな冷酷で残忍な人間でも血が通ってるって分かるから。理屈や道理じゃない、私はお前らとは違う人種なんだよ」
どこまでも暗きニュクスの瞳に映るのは無限の虚無、しかし次の瞬間には興奮で爛々と輝いていた。
「私は《黒影の魔女》、血に飢えた戦闘狂、あっさり死ぬなよ!、腰巾着君!?」
自分が魔術師らしくないのはとうの昔に自覚している、だからこそ彼女は自らの意思で魔女を自称する。
有象無象の人間がどう思うと知ったことではない、そんな彼女を受け入れてくれた人たちもいたから。
◆◆◆◆
地上の戦いに続き、空の戦いも佳境に近づきつつあった。
「"雷撃剣"!」
「"炎斬剣"!」
巨大な雷と炎の剣が激突し、電撃と火炎を撒き散らしながら相殺し合う。
飛行魔術で飛ぶシルヴィアとグレスベルトは共に弧を描くように飛翔し、火力の高い魔術を撃ち合う。
「"雷剣雨"!」
「"火炎息吹"!」
グレスベルトのみに降り注ぐ雷剣の雨を的確に範囲が調整された炎の息吹が呑み込んだ。
「先程から見事な対処の連続です、さすがは私の敵ですね」
「貴様の方こそ、王族なだけはあるな」
軽口を叩き合いながら魔術を連射し合い、魔術の残滓である幾つもの電撃と火炎が舞い散った。
熾烈な魔術戦を繰り広げる中、シルヴィアとグレスベルト、どちらが追い詰められているかと言えばそれはグレスベルトの方だ。
彼自身はまだ余裕があるが、地上で戦うリアドの形勢が不利なのは彼も分かっていた。
(理想ではリアドがやられる前にシルヴィアを片付けたかったが…焦っても意味はない)
グレスベルトは焦りを誘われる状況に陥りながらも、焦らず的確にシルヴィアとの戦闘を続けていた。
焦りを悟られれば狡猾なシルヴィアにはすぐに付け入れられてしまうからだ。
それならばリアドのことは気にせず、堅実な魔術戦を続ける方が勝ち目があると考えていた。
そしてそんなグレスベルトの思考をシルヴィアも薄々感じ取っていた。
(やはり性急な手段は取らない、予想通りとはいえやりずらいですね)
戦い方にはその人の性格が出る、例えばイデアは回りくどい戦い方が嫌いでその圧倒的な魔力にものを言わせ真っ向勝負を好む。
逆にシルヴィアは真っ向勝負を好まず、戦略的な戦い方を好む、これは二人の性格の違いもあるが何より二人に戦い方を教導した者の違いである。
イデアに戦い方を教えたのはハチャメチャな戦い方で有名な《極彩》のセレジアで、シルヴィアに戦い方を教えたのは彼女の母であり、堅実で手堅い戦い方で有名な《雷妃》のマリアンヌだ。
閑話休題。
話を戻すがグレスベルトはその高慢な言動や振る舞いから想像もできないほど慎重派だ。
彼は小規模な魔術で応戦しながらも決して大技を撃たず、相手が痺れを切らすのを待っているのだ。
(とはいえやりずらいだけ、仕掛けはもう済んでいます)
「がぁっ!?」
飛行魔術で飛翔していたグレスベルトは突然全身に走った痺れに目を剥き、その隙を突いたシルヴィアの攻撃魔術を間一髪、障壁で防いだ。
「かっ!?」
追い討ちを掛けようと杖を振るおうとしたシルヴィアは声が出ないことに驚愕し、さらに息も詰まってしまった。
(呼吸が!?、炎魔術による酸欠効果ですか!?、けれどこの広い空の上でどうやって…!)
思考を回しながらもシルヴィアは反射的に後方へ下がり、そこへ巨大な炎の槍が飛んできた。
「ぐぅ!、"雷撃"!」
ギリギリ避け損なった炎でローブの裾が焼け半身を炙られながらも、放たれた電撃の一撃は通常ではありえない角度で歪曲し、グレスベルトの障壁をかいくぐって彼の左腕を貫いた。
「っ!?、空にばら蒔いた種を経由させて曲げたのか!」
グレスベルトは左腕を撃ち抜かれながらも、残った右腕で長杖を振り魔術を唱える。
そして今も尚ローブが燃えているシルヴィアもここを決着の時とみて、魔術を放つ。
「"炎天砲"!!」「"天雷撃"!!」
収束された火炎の砲撃と天から落ちる雷が二人の中間点でぶつかり、火花のように火炎と稲妻が飛び散った。
互いの実力が伯仲していた場合、その勝敗を分けるのは属性の相性と魔術組成であり、魔術組成は同じでも雷属性は炎属性に不利であった。
グレスベルトの魔術がシルヴィアの魔術を呑み込み、口角を上げたグレスベルトは次の瞬間、瞠目した。
シルヴィアが魔術を放った地点にいなかった、それを意味することはたった一つである。
「シルヴィアぁぁぁ!!」
「"雷光剣"!!」
下方向から錐揉み回転しながら飛んできたシルヴィアの長杖には雷の剣が施されており、グレスベルトを逆袈裟に切り裂いた。
「私の勝ちです。お前は勝負に勝ち、試合に負けたのですよ」
魔術で切り裂かれ、追撃の雷撃で灼かれ落下するグレスベルトを見下ろしながらシルヴィアを呟いた。
「そんな!?」
「グレスベルト様がやられた!?」
グレスベルトが倒された彼の配下の魔術師たちは動揺し、さらにニュクスがリアドを倒したことで完全に瓦解してしまった。
シルヴィアはそんな彼らに投降を求めた。
「杖を置き投降するのです、《炎獄》の配下たちよ。投降すればシルヴィア・ヴォール・アルテイルの名において命は保証しましょう」
もはや命令に等しい彼女の言葉を彼らは受け入れ、杖を置いて次々投降した。
彼らの主であるグレスベルトがみっともなく足掻くことを嫌う人種だからである。
「終わったようね、シルヴィア」
「っ、イデアですか。其方も終わったのですか?」
目の前にいきなり現れたイデアに驚いた内心を隠しつつ、シルヴィアは聞き返した。
「無論よ、しがらみは全て断ち切ったわ。貴女の方は随分と苦戦したみたいね?、空応雷は成功したけど《炎獄》の魔術を予見できなかったって感じかしら?」
「無駄口を叩きに来たのですか?、ほとんど貴女の計画通りです、ならば最後も用意してあるのでしょう?」
シルヴィアに頷いたイデアは二本の杖を抜いて、十字に重ねた。
「貴女も重ねなさい、《双杖》と《使徒》の友好を持って抗争を終わらせるわ」
「ええ、この抗争は私と君が起こしたようなもの、ならば幕引きするのもまた私たちでしょう」
その瞬間、学区で戦っていた魔術師たちの目に入るように学区のあらゆる場所にイデアとシルヴィアの姿が投影された映像が映し出された。
『《双杖》の名において宣言するわ、私は《使徒》と友好を結んだ』
『《使徒》になる者として宣言します、私は《双杖》と友好を結びました』
杖を重ねた二人は一言一句同じ言葉を同時に口にした。
『『二人の名において抗争の終結を宣言する、この宣言に背く者は二人に敵対するものとし即日レーベンから追放する、従う者は杖を置き戦いを止めよ、繰り返す…』』
イデアとシルヴィアにより、レーベンと《ゼフィロス》の面々を巻き込んだ戦いは終わりを迎えるのだった。
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