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八十七話 人面スライムと小さき英雄

イデアやアルレルトたちが戦っている頃、ちょうどネロとヴィヴィアンの二人もリューラン孤児院に到着した。


「なんだあの魔獣、見たことないぞ!」


孤児院の上空を周回しながら観察していたネロは孤児院の建物に激突する魔獣を見つけたが、その姿はネロの既知している種ではなかった。


泥濘状の姿で移動し、触手を飛ばす姿は魔粘体(スライム)に見えるかもしれないがその体にはいくつもの人の顔が浮かんでいた。


フルルの魔術で見た時よりも戦う職員の数が減っており、おそらくやられてしまったのだろう。


「ヴィヴィアン!、降りるぞ!」

「グルゥ!」


ネロの指示を聞いたヴィヴィアンは空中で半周してから、一気に急降下した。


「うおおお!!」


二本の短槍を連結して、ヴィヴィアンの上から飛び降りたネロは思いっきり正体不明の魔獣の脳天に突き刺した。


『ブギャラボウウウ!!?!』


突然の真上から衝撃に魔獣は叫び声と思われる声を上げた。


(っ!?、これ以上槍が突き刺さらない!?)


半ばまで突き刺さった槍を押し込もうとしたネロだったが、槍がこれ以上進まず真上に乗るネロへ無数の触手が飛んできた。


「グルゥ!」

「うぉ!?」


ネロが触手に囚われる前に戻ってきたヴィヴィアンが後脚でネロを掴んで救出した。


「危ねぇ、なんだあの感触。魔粘体(スライム)じゃない、人間みたいな手応えだったぞ」


ヴィヴィアンは魔獣から少し離れた場所へネロを降ろした。


「おい!、あんたはディオを指導してる冒険者だよな!?」

「ああ!、どれだけ助けになるか、分からないけど助けに来たぞ」


話しかけてきたのはネロと同じように子供たちに戦い方を教えていた職員だった。


「助かる!、俺たちと一緒にこの化け物を孤児院から引き離すのを手伝ってくれ!、こいつは手当り次第に人間を呑み込みやがるんだ!」

「なっ!?、子供たちは無事なのか!?」

「分からん!、でも既に三人の仲間が喰われた」


職員が齎した悪い報せにネロは舌打ちをつき、連結した槍を分離した。


「とりあえず魔獣は孤児院にいる子供たちを狙って建物に攻撃してるで合ってるか!?」

「ああ!、どうやら人間が多く集まる場所を狙ってるみたいだ!、化け物は子供たちの避難所を狙ってる!」


悪食に支配されてあろう正体不明の魔獣は今もネロたちになんの反応も寄越さず、孤児院の建物を破壊している。


「魔術は試したか?」

「試したがどうにも効きが悪い、そもそもあの魔獣がどうすれば死ぬのか分からん!」


ネロも男の意見に内心で同意した。


あの正体不明の魔獣、仮称"人面スライム"は弱点のようなものが見当たらない、何をどうすれば死ぬのかが分からない。


(やつが魔粘体(スライム)の亜種だとするとあの肉塊の中に(かく)があるはず…)


しかしそのためにはネロの全力の突き降ろしですら、貫けなかったやつの肉を突破する必要がある。


「いや!、考えるのは後回しだ!、とりあえずやつを孤児院から引き離す!」

「大いに賛成したいがどうやるつもりだ!?」

「言っただろ!、考えるのは後回しだってな!」


ネロは職員に怒鳴り散らしながら、二本の短槍を連結させて走り出す。


人面スライムへ突っ駆けるネロは長槍に袖から取り出した縄を短剣を取り外してから縛り付けた。


「こっち向け!、人面スライム!」


止まったネロは人面スライムの横っ面に目掛けて、その場で何回かグルグルと回り遠心力で長槍を投擲した。


かつてアルレルトの剣を受け流した体術の応用で、ネロのような小人族でも威力のある投擲ができる。


『ブギャラボウゥゥゥ!!?』


思いっきり槍が突き刺さった人面スライムは聞くに絶えない耳障りな悲鳴をあげた。


「ヴィヴィアン!、これを引っ張れ!」

「グルルゥ!」


ネロが長槍に括り付けた縄を上に投げると、その縄の先をヴィヴィアンが掴んだ。


『ブギャラボウゥゥゥ!!』


人面スライムは突然の引っ張りに抗うことが出来ず、孤児院とは反対方向に引き摺られた。


「なるほど、奴には斬撃より突き刺す方が効くのか」


初撃からもしかしたらと感じていたことを確信したネロは倒すよりも足止めすることを優先することにした。


「ありったけの武器をぶっ刺せ!、奴には突き刺しが有効だ!」


叫びながらネロが突き刺した槍を抜こうと群がる触手を頭上で振り回し、遠心力で威力を上げていた縄付き短剣で切り飛ばす。


「私たちはこの化け物を一瞬で倒せるほど強くない!」


これは職員たちの気持ちを代弁したネロ自身の気持ちでもある。


「それでも!、それでもだ!、子供たちだけは守る!、それが私たちに出来る精一杯だからだ!」


ネロとて幾度も考えた、アルレルトが居ればイデアが居れば人面スライムなんか一瞬で倒せただろうと。


(でもアイツらはいない、いや、今もどこかで戦ってるんだ。なのに仲間の私が弱音を吐いてる場合じゃない!)


「私は《ゼフィロス》の探索役(シーフ)!、子供たちの笑顔が溢れるリューラン孤児院をこんな化け物に壊させてたまるかぁ!!」


ネロの力限りの咆哮に応えるように、一本の長剣が人面スライムに突き刺さった。


『ブボゥゥゥ!?』

「あんたの言う通りだ!、子供たちを守れるのは俺たちしかいないんだ!」


「そうだ!」「あんな化け物に負けるか!」


ネロと話していた男の職員を皮切りに次々と他の職員も武器を投擲し、人面スライムは悲鳴をあげた。


さらに一本の炎の槍が人面スライムに突き刺さると、爆発した。


「その通りです!、身寄りのないあの子たちを守れるのは私たちしかいません!」


「ユリハ院長!?」

「それにタニアにレイラ、トリッタまで!?」


現れたのはリューラン孤児院の院長であるユリハと子供たちを避難させていた女性の職員たちだった。


「子供たちは既に隠しました!、後顧の憂いはありません!、皆あの小さき英雄に続くのです!」


ユリハ院長が指差す先には誰よりも前で戦うネロの背中があった。


「「「うぉぉぉ!!」」」


それを見た職員たちは奮起し、さらに連続して炎の槍が人面スライムに降り注いだ。


「院長たちか、援軍は素直にありがたいな」


とはいえ事態がそこまで好転したわけでない、こちらに注意を向けされるという当初の目的は果たせたが肝心の人面スライムの討伐手段が見えていない。


ふと切り飛ばした肉の触手たちが少しずつモニョモニョと芋虫のように動いて、本体に合流しようとしているのが目に入った。


内心めんどくせぇ!、と叫んだネロは触手たちを院長たちの方へ蹴っ飛ばした。


「院長!、奴の身体の一部だ!、燃やしてくれ!」


院長の返事を待たず振り向き直ったネロは人面スライムが突き刺さった得物たちを呑み込んでいることに気付いた。


「不味い!?、ヴィヴィアン!」


ヴィヴィアンをネロが呼ぶのと同時に人面スライムは突き刺さった得物を全て呑み込んだ。


『ブギャオオオオ!!』


人面スライムが狙うのは一番大きな傷を与えてきたネロだ、怒りの咆哮と共にネロへ使って無数の武器が射出された。


しかし紙一重でヴィヴィアンに掴まれ、空へ攫われたネロには当たらなかった。


空中のネロを狙って、武器が飛んでくるがヴィヴィアンの旋回速度を捉えられず当たらない。


「ふぅ、っ!?、建物の影に入れ!」

「グルゥ!?」


偏差撃ちで飛んできた長槍を孤児院の影に入ることで躱した。


「危ねぇ、人面スライムの野郎、絶対にある程度の知能がある。でも魔人(ディアボロス)には見えないし本当に何なんだよ、気持ち悪い」


《獣使い》オーリックや合成獣(キメラ)のことを知らないネロは人面スライムの正体がよく分からず毒を吐いた。


そんなことをしていると全ての武器を出し切った人面スライムは次の行動に移っていた。


武器がない職員たちに触手を伸ばしたのだ、狙いはおそらく魔術師のユリハ院長たちだ。


「クソ!、やらせるかよ!」


孤児院の屋根の上に降りたネロは偶然屋根に突き刺さった愛用の槍を回収して、上から人面スライムを睨みつけた。


(待て、このまま突っ込んでも今までの繰り返しだ)


ネロは思考を回し、人面スライムを葬り去る方法を必死に思案する。


『自分の強みを活かせ』


天啓のようにフルルの言葉を思い出したネロは槍を見てから、人面スライムを見た。


「やるっきゃねぇ、小人族を舐めるなよ!、人面スライム!」


槍を構えたネロは目を瞑り賢者フルルにしごかれた地獄の日々を回顧するのだった。

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