八十三話 双杖の力とカイゼルの秘策
レーベンの各地で戦いが広がる中、イデアは三十人の精鋭と魔術戦闘を繰り広げていた。
常識的に考えれば一対三十人など、戦う前から勝敗が見えていると思われるがこの戦闘においてはその常識は通用しなかった。
まずは飛行魔術で飛翔するイデアに彼らは追いつけない。
的が絞れない為、集団戦の基本である多人数による袋叩きが通用せず空を切り裂く速度で飛ぶイデアに各個撃破されている。
「なんという常識外れな空中機動と精緻な魔力操作だ!」
「背後からの攻撃を避けた!?」
戦闘慣れしている暗闘団の魔術師たちにとってもイデアは異常だった。
包囲しようにも速すぎて追い付けず、不意を狙った遠距離攻撃も容易に察知されて、躱される。
「"魔散弾"」
「ぐぎゃぁ!?」
背後からの魔術を躱したイデアは飛翔して、すれ違いざまにまた一人倒した。
(妙ね、彼らの目的は何かしら?)
圧倒的優位は変わらず魔術師たちの攻撃を避けながら、思考を回したイデアは一つの疑問を得た。
魔力感知範囲が世界最高レベルのイデアにとって飛んでくる魔術を避けるのは造作もないことであり、飛行魔術で彼らを圧倒できることも想定通りだ。
問題はカイゼルがそれを理解していないはずがないということである。
(何か切り札があるのは確実だけどそれは私を殺すものでないはず)
カイゼルはイデアの《双杖》の力を欲しがっている、それを前提に考えるなら少なくとも敵の切り札はイデアを殺傷するものでない。
(現にクソ親父は動いてないし妙な魔力の動きも見える、考えられるのは精神干渉系の魔術、一応対策はしてるけど私は魂魄学や霊体学に精通してるわけじゃないから完璧じゃないし)
二人の魔術師を同時に倒したイデアは思考しながら、さらなる上空へ上がった。
(まずは目の前のことからね)
思考を打ち切ったイデアは追ってくる飛行魔術が得意であろう五人の魔術師を魔力感知で捉えると、同時に別の魔術を準備した。
イデアは雲を突き抜け、そのあとを追って魔術師たちも雲を突き抜けた。
「「「っ!?」」」
雲を抜けた先で目にしたのはイデアとその周囲に浮かぶ五つの水晶球だった。
「この世で最も高い魔力を持つ物体は何か?、答えは太陽よ」
土魔術と水魔術の併用と応用によって生まれた水晶球は遥か彼方から降り注ぐ太陽光を収束させる。
「"天束灼光"」
五つの水晶球によって収束された熱線は正確に五人の脳天や心臓を貫いた。
天束陽光は土魔術と水魔術、さらに炎魔術の応用である熱魔術を使いこなさなければならない最高難度の魔術でその凄まじい習熟難度に代わり防御魔術の障壁で防ぐのが難しいのが特徴である。
通常の防御魔術の障壁は物理と魔術を防ぐことに特化している為、太陽光を収束したことによる高熱の光線を防げないのである。
そのため天束陽光は通常の防御魔術を貫くという特徴から殺傷用の高難度魔術として知られるが、そのような魔術を使うことにイデアは抵抗はなかった。
悲鳴すら上げられず絶命した五人が落下し、水晶球を消したイデアも降りた。
雲を抜けて降りてきたイデアを複数の遠距離魔術が襲うが、イデアは空間魔術で穴を作ってそこに入った魔術を全て別の穴から排出する形で射手へ返した。
予想の斜め上の対処法に遠距離魔術を撃った魔術師たちは瞠目しながらも、避けた。
「っ!」
魔術師たちを睥睨していたイデアは突如横合いに引っ張られた。
イデアは即座に攻撃の正体を見抜き、グラールでアルレルトが使った風魔術をイメージして、全方位へ風を爆発させた。
それにより強引な横合いへの引っ張りが消えるが息付く暇もなく、魔力の込められた鉄の雨が降り注いだ。
しかしイデアの応手は速く、四重に重ねた球形の障壁を張って爆発する鉄の雨の中を抜けた。
「重力群」
「爆鉄雨」
ボロボロになった障壁を消したイデアへ二人の魔術師による広範囲魔術が上下から襲いかかった。
刹那に思考したイデアは転移する。
「「!?」」
突如消えたイデアに瞠目した二人は魔力感知で横方向にいることに気付いた。
「"裂雷槍雨"」
二人は同時にイデアが放った魔術にも気付いたが、彼女が撃った魔術は二人のどちらでもなく、二人の頭上へ飛翔した。
《双杖》が魔術の狙いを誤った?、あの《双杖》が?、そんな混乱が二人を襲うが答えはすぐに訪れた。
空へ上がった雷の槍が炸裂し、雨のように降り注いだ。
「「っ!」」
二人は防御することに専念させられ、その隙にイデアは飛行魔術で飛んでくる遠距離魔術を避けながら射手の排除にかかった。
イデアの周囲に浮かぶのは五つの雷で作られた細長い大砲で既に弾は装填されていた。
「"電磁魔弾砲"」
雷で加速された魔弾たちは霞む速度で飛び遠くの魔術師たちを撃ち抜き、絶命させた。
「俺とベルを足止めし遠距離の魔術師たちを排除するとはさすがは《双杖》、噂にたがわぬ化け物っぷりだ」
「あら、《熱鉄》に褒められるなんて光栄だわ」
「光栄などと思っていないことを…」
「失礼ね、ベルナルド。私は心からそう思ってるわ」
イデアと相対する《熱鉄》のナベリウスと《重力使い》のベルナルドは冷や汗が止まらなかった。
グラールで戦った時は一度イデアに膝をつかせたベルナルドはあれはとてつもない幸運だったのだと今更ながらに思い知った。
それほどまでにイデアとの隔絶した実力差を感じているベルナルドだったが、彼らに勝機がないわけではなかった。
「やはり暗闘団者共でも相手にはならんか」
現れたカイゼルにイデアはノータイムで魔術を撃ち、防御魔術の障壁に防がれるがそれを折り込み済みのイデアは目も止まらぬ速さで属性の違う魔術を連射していく。
雷、炎、土、氷、風、あらゆる属性の魔術がカイゼルを襲い、魔術障壁を破壊するがカイゼルは不気味に嗤っていた。
「っ!」
背筋に悪寒が走ったイデアは転移で逃げようとしたが、カイゼルの方が一瞬速かった。
「"幸福なる絶夢"」
その瞬間イデアの意識が暗闇に包まれた。
◆◆◆◆
イデアが目を開けると豊かな自然が広がる森林が目に入った。
「ここは…アルの故郷の森?」
小鳥の囀り、木々の揺らめき、風が吹き抜ける音は全てアルと過ごした一ヶ月で感じたあの森の情景たちだった。
「あれ?、どうして私はここに?、ついさっきまで戦ってたような…」
「おっ、ここにいたか。アルレルトが探してたぞ、イデア」
聞こえるはずのない声が聞こえ、イデアが瞬間的に振り返るとそこには二年前のあの日、自らの無力によって失ってしまった親友が立っていた。
「レーネ…?」
「オレ以外の誰に見えるんだよ?」
「本当にレーネなの?、だってレーネはあの日死んだはず…」
「おいおい、人を勝手に殺すなよ。大丈夫か、イデア?、先生に診てもらった方がいいんじゃないか?」
「っ!」
こちらの顔を覗き込んで心配してくれるレーネの感触や温もりは本物でイデアは自然と涙が溢れてきた。
「ごめんなさい!、私があの日《双杖》の認定式に行かなければレーネを助けられたかもしれないのに!、親友であるレーネが一番苦しかった時に一緒に居てあげられなくてごめんなさい!」
涙と共にこぼれたのはイデアが二年間抱え続けていた後悔の念だった。
「お、おい、いきなり泣くなよ、今日のイデアはなんか変だぞ」
今は何を言われてもいい、ただ一人の親友に甘えても許されるはずだ。
イデアはレーネの腕の中で泣き続けるのだった。
幸福なる絶夢、人を幸せな夢の中に閉じ込める最高難度の精神干渉系魔術の一つ。
幸せな夢に閉じこめて、本人の意思で出てこないようにし対象者の心を封印する魔術である。
人は幸せな夢からは逃れられない、それがたとえ現実から目を背けることだとしてもだ。
心と体が乖離してしまえばまともに動くことすらままならない。
「《双杖》の体は完璧でも心まではそうではあるまい?」
虚ろな目で放心するイデアを前にしてカイゼルは哄笑するのだった。
面白いと思ったらブックマークとページ下の星評価、いいねを貰えると嬉しいです。




