七十一話 食事と思惑
イデアはちょうどいいレストランと言ったが、店内の雰囲気はシルヴィアの部屋のように気品があり、アルレルトにはお金持ち御用達のレストランに見えた。
「大丈夫よ、ここはフルグラス派の魔術師が経営してる店だから《双杖》が居れば顔パスよ」
イデアの言う通り、出迎えた店員はイデアを見るなり即座に個室に案内してくれた。
このレストランはアルレルトの想像通り高位の魔術師が利用する店で、話がしやすいように防音の結界が張られた個室で料理を楽しめるそうだ。
「こういう時は《双杖》の称号は便利なのよね」
「まぁ、何事もメリットとデメリットがあるものですから」
店員に料理を注文した後、呟かれたイデアの言葉にアルレルトは苦笑いを隠さず答えた。
「このレストランの常連なのですか?」
「そうよ、魔術の鍛練の息抜きにレーネやニュクスと来てたわ」
「ニュクス?」
レーネはイデアが以前少しだけ語った親友の名前だと分かったが、ニュクスという名前は初めて聞いた。
「あー、なんというか。複雑なのよね、ニュクスは簡単に言えばストレス発散相手というか、アルテレス派の魔術師なんだけど根っからの戦闘狂で何度も戦ってるうちに仲良くなったというか…」
『噂で聞いたことある、アルテレス派一の武闘派で《双杖》と戦ったこともある《黒影の魔女》ニュクス』
「今は《黒影の魔女》と呼ばれてるのね、暗闘団に入っても悪名は相変わらずね」
「悪名なのですか?」
アルレルトには特に悪名とは思えなかったので、疑問に思った。
「魔女は女の魔術師にとって悪名なのよ、悪い女の魔術師ってイメージだからアルだって一度くらい言ったことあるんじゃない?」
アルレルトはグラールで戦ったシンシアたちを魔女と呼んだことを思い出した。
(無意識に悪い女の魔術師の通称として使っていたということですか。悪名ならばこれからは使わないようにしましょう)
妙に納得したアルレルトは神妙な気持ちになり、魔女という言葉を使わないことを決めた。
「魔術師の善悪の価値観なんてクソほどの役にも立たないから、気にするだけ無駄だけど基本的に神秘派の奴らは魔術の研究をしない魔術師を嫌うからニュクスは《魔女》と呼ばれてるのよ」
魔術師は魔術の研究をする者という考え方を持つ人たちにとって、魔術の研究をしない魔術師は忌むべき存在なのだという。
「アルもアルテレス派と事を構えるなら気をつけてね、ニュクスがアルテレス派一の武闘派というのは本当よ」
「あー、それについて話さなければいけないことがあります」
アルレルトはアーネの為にアルテレス派の《獣使い》オーリックを討つつもりだと伝えた。
それを聞いたイデアは怒ったりせず冷静に受け止めた。
「《獣使い》がアーネを狙ってる、だから奴を討つ。それは理解できたわ。その名前は誰に聞いたの?」
「シルヴィアというアルテレス派の魔術師です、グレスベルト派と対立している派閥を率いていると言っていました」
「シルヴィアに会ったの!?、アルテレス派の重鎮じゃない!、どうやって会ったのよ」
アルレルトは魔術師から逃げている最中にシルヴィアの拠点に落下したことがきっかけだと説明した。
「浴場で《剣神》と戦闘?、空いた口が塞がらないのだけど…というかアルテイル王国の第三王女の裸を見たの?」
「ふ、不可抗力です!、えっ?、第三王女?」
聞き捨てならない単語にアルレルトは反応した。
「そうよ、シルヴィア・ヴォール・アルテイル。彼女はアルテイル王国の第三王女よ」
「だ、大丈夫なのでしょうか?」
「大丈夫じゃないけど《魔術学院》から無事に出られたということはシルヴィアは気にしてないんじゃない?」
イデアはそうフォローしてくれたが、アルレルトは冷や汗が止まらなかった。
「ふふ、魔人と正面切って戦える人が王族の権威如きに怖気付くの?」
「王族の権威如き……って、それとこれとは話が違うと思います!」
珍しく抗議するアルレルトの様子が面白くてイデアが笑っていると、給仕がやって来て料理を運んできてくれた。
「せっかく料理が来たし食べながら話しましょう。この店のお肉料理は絶品よ」
『むしゃむしゃ、確かに美味しい』
早速トビリスの姿のアーネがかぶりついて満足気に味を感想を言ってくれたので、アルレルトも食した。
「美味しいですね、きちんと芯まで火が通っており素材の肉の味を良く引き出せています。なんだか悔しいですね」
「アルの料理だって充分美味しいわよ?」
「世辞は必要ありません、もっと精進しなければいけませんね」
そう言って真剣な表情で肉料理を食べるアルレルトを見ていると、微笑ましい気持ちになった。
「話を戻しますがオーリックを斬っていいのでしょうか?、アーネを守る為とはいえイデアの立場を悪くするのは本末転倒だと思いますから」
「難しいわね、平時なら別に構わないけど今は両派が争ってる状態だしグレスベルト派の中核を担う《獣使い》が死ぬと私たちのせいにされかねないわ」
「やはりそう単純な話ではありませんか、念の為イデアに聞いてよかったです」
「…待って、そういえばシルヴィアが仲間の魔術師を売ったの?」
「売ったというか俺がシルヴィアの嘘を見抜いたお礼に教えてもらいました」
経緯はどうあれ自派閥ではないとはいえ同じアルテレス派の魔術師をアルレルトに売ったシルヴィアの行動が様々な思考を巡らせていたイデアは気になった。
(最初に聞いた時にはアルとシルヴィアが会ったことに気を取られて気が付かなかったわ。私も少しボケてるのかしら)
「何か引っかかることでも?」
「ええ、シルヴィアは礼儀正しく理知的な人間よ、そんな彼女が何かを差し出す時は決まって自分に利益がある時のみよ」
「分かっています、彼女の目的は《使徒》になることでしょう?」
「間違ってないけどそれじゃあ規模が小さいわ、彼女はレーベンに王国の影響力を与える為に国王が送り込んだ自慢の娘よ、シルヴィアはアルを利用してもっと大きなことをやる気だと思うわ」
「もっと大きなこと…」
アルレルトはイデアの言葉を聞いて生唾を飲み込んだ。
「シルヴィアの目的が分からない以上、彼女の思い通りに動くのは危険だわ」
「いいえ、イデア。危険なのは《獣使い》を放置しても同じです、俺は別にシルヴィアに利用されようと《獣使い》を討てるなら構いません」
一切譲る気はない、とアルレルトの表情は物語っておりイデアは美しい顔を歪ませて渋面を作った。
「アルは頑固ね、素直に言うことを聞いてくれたら嬉しいのだけど」
「無理なものは無理ですね、しかしイデアに迷惑を掛けたくないのは本当です」
「その気持ちは疑ってないわ、愛されてるわね、アーネは」
イデアが流し目を送るとアーネはトビリスの姿で胸を張った。
『それほどでもない』
「はいはい、アルに譲る気がないなら仕方がないわ。私のことは気にしなくてもいいわ、何とかするから」
イデアはアルレルトを説得するのを諦めて、アルレルトの行動がフルグラス派に悪影響を与えない方法を考えることにシフトとした。
「アーネ、そういえばこれって開けないのにどうやって読むんですか?」
イデアは考え込んでしまったので、食事を続けていたアルレルトはふとアーネの実家の跡地で拾った手帳を取り出してアーネに見せた。
実は見つけた時に開こうとしたが開けなかったのだ。
『それは多分施錠の魔術が掛かってるからだと思う、見せて』
アーネに手帳を渡すと、一分程手帳に手を当ててから『解錠』と唱えた。
『アル様、これで開けると思う』
「ありがとうございます、アーネ」
アーネにお礼を伝えたアルレルトは手帳を開いたが、書いてある内容が全く読めなかった。
「…読めない、アルテイル文字じゃないので別の文字でしょうか」
『多分古代文字で書かれてる、イデアなら読めると思うよ?』
アーネの言葉を聞いたアルレルトはイデアに目を向けたが、聞くのは止めた。
「いえ、聞くのは後回しにしますよ。イデアの邪魔はしたくないので」
『アル様が良いならそれでいい』
アルレルトは手帳を閉じて懐に仕舞い、食事を続けるのだった。
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