六十二話 相談と魔術都市レーベン
暗闘団の魔術師たちに襲撃された翌日、《ゼフィロス》は先を急ぐようにグラールの街を発った。
イデア曰く魔術都市レーベンは辺境都市グラールからは少し遠く、一週間の道のりだという。
とは言っても道中では魔術師の襲撃などはなく、散発的な魔獣との戦いを除けば割と平和な旅が続いた。
「嵐の前の静けさ、というやつですかね」
「アルレルト、初めて聞く言葉だけどなんか不吉な気がするから止めろ」
「大嵐の前の静寂のことですよ」
「説明しなくてもいいよ!」
アルレルトとネロが軽口を叩きあっていると、いつも仲裁に入るイデアが入ってこないので前を向くとヴィヴィアンの前を歩くイデアは黙って歩いていた。
「おい、アルレルト。リーダーが静か過ぎるぞ、何とかしろよ」
「…ネロはうるさいのは嫌いなのかと思っていましたよ」
「好きじゃないけど普段よく話す奴が静かだと逆に気持ち悪いだろ」
ネロの正論のような暴論に負けたわけではないが、アルレルトもイデアが静かなのは気になっていたのでヴィヴィアンの前に出て、イデアの隣に並んだ。
「イデア、いつもより静かですね。何か考え事ですか?」
「…アル、まぁ、そんなところよ」
何事もハッキリと言うイデアには珍しくぼやかした言い方だったので、アルレルトは気になり話の切り口を変えた。
「イデア、少し俺の相談に乗ってくれませんか?」
「いいわよ、どんな相談?」
「ベルナルドとの戦いで俺は新しい神風流の技を会得したのですが、まだまだ荒削りなので見てくれませんか?」
「別に構わないけど私は剣はからっきしよ?」
「大丈夫です、剣技ではありませんから…」
答えながらアルレルトは己の内にある魔力を操作して在りし日の師匠の姿を想像した。
「"神風流 天衣無縫"」
放出する魔力が風へ変わり、アルレルトの全身を包んだ。
「これは…中々の精度の魔術ね。つい先日魔力放出を覚えた身には見えないわね。杖無しでここまで制御できてるのも凄いわ」
「褒めてくれるのは嬉しいのですが、俺の師匠はこれで空を飛んでいましたが俺には飛べません」
アルレルトは歩きながら跳躍して空中で立とうとするが、上手くいかず落ちてしまい綺麗に着地した。
「なるほど、身体能力向上系統の補助魔術かつ移動用の飛行魔術でもあるわけね」
「えっと、それで空を飛ぶにはどうすれば良いのでしょうか?」
アルレルトの質問に一瞬思考したイデアは人差し指を立てた。
「おそらくだけどその魔術は風で動きを補助するのが主な役割で空を飛ぶのはその副産物だと思うわ。その副産物を享受するにはアルの魔力操作技術がまだまだ未熟なのよ」
「その魔力操作技術は何をどうすれば鍛えられますか?」
足りないと分かればそれを鍛えればいい、アルレルトはそう考えてイデアに鍛練法を聞いた。
「そうね、鍛練の方法は色々あるけど……秘石を出してちょうだい」
アルレルトは言われた通りに懐から秘石を取り出した。
「それは魔力の塊なのよ。それに半永久に魔力は無くならないから四六時中魔力操作の鍛練ができるわよ?」
「これにそんな力が…」
アルレルトは綺麗な細長い石である秘石を眺めながら、秘石の魔力を感じ取ってみた。
「!!?」
アルレルトは一瞬感じ取った魔力の膨大さに驚いて、秘石を落としそうになった。
「ふふ、驚いた?」
「はい、凄まじく巨大な大樹に触れたような感覚です」
「仮にも《双杖》が作った秘石なんだから凄いのは当然ね」
自慢げなイデアを微笑ましく思いつつ、アルレルトはイデアが饒舌になってきたのを見て無口だった理由を聞いてみることにした。
「イデア、先程は何を考えていたのですか?」
「えっ?、あっ、うーん。本当に色々なことよ。レーベンのことや派閥のこととか、治癒師のこととか、皆のこととかね」
「イデアは凄いですね、俺はそこまで色々なことを考えられません」
アルレルトが心から思ったことを口にすると、イデアはそれを否定した。
「アルだって凄いわ、前衛としていつも頼りにしてるし作る料理は何でも美味しいし、それにかっこいいわ!」
「熱弁してくれるのは嬉しいですけど何だか少し恥ずかしいですね」
「はっ、今のは…その…忘れて!」
「お断りします、今のイデアはとても可愛らしいので」
「にゃあ!?、変なこと言わないでよ!?」
「いえ、俺は褒めたのですよ?」
「そんなこと分かってるわ!、恥ずかしいから止めて欲しいの!」
「嫌です」
「アルー!」
顔を真っ赤にしたイデアにポカポカと叩かれるが、アルレルトはそんな行動すら可愛らしいと思うのだった。
◆◆◆◆
アルレルトのお陰かは分からないが、その後イデアは調子を取り戻し元気に話すようになってくれた。
そしてグラールを発ってから一週間ほど経った昼前の時間、何かを通り抜けたような気がした。
「今のは…」
「レーベンの三重連層結界の一枚目よ、特に害は無いから気にしないでいいわ」
「おっ!、あれか、魔術都市レーベン」
ネロが指さした先を見ると、三重の外壁に囲まれた巨大な街が見えた。
「大きい…」
魔術都市レーベンは明らかにグラールやバーバラよりも巨大で、それらの街が余裕で入りそうなほど広く見えた。
「大きさだけなら王都と同規模よ、人口は魔術師が約五千人、平民が約四万人。街は平区、学区、特区の三つに分けられているわ」
イデアの説明を聞いていると、こちらへ飛んでくる人影が見えた。
警戒して前に出たアルレルトをイデアが制した。
「おそらく迎えよ、建前上は皆は《双杖》の従者と従魔にするから、それ相応の立ち振る舞いをお願い。それと誰も話さないで私が話すから」
イデアの言葉にアルレルトたちが頷いていると、四人の魔術師がイデアの前に降り立ち、腰を折って恭しく頭を下げた。
「《双杖》様のお戻りを我らは待ちわびていました、何故なら…」
「長ったらしい口上はいらないわ、それより《双杖》の帰還だと言うのに出迎えがお前らのような木っ端魔術師だけとは舐めてるの?」
イデアが眼差しを鋭くし、威圧を与えると魔術師たちは気圧されて後ずさった。
「あらあら、イデアちゃん、そんなに怖い顔をしたらせっかくの美人が台無しになっちゃうよ?」
魔術師たちの間から小さな人形が現れて、陽気に話し始めたのでアルレルトは驚きを顔に出さないようにするのに苦労した。
「……賢者フルル。相変わらずお人形遊びが好きなのね」
「便利だからねー、現に研究塔から出なくても出迎えに行ける」
「まぁ、貴女が来てくれて助かったわ。ごめんなさいね、貴方たちを責めたいわけじゃなかったのよ。ただ知り合いがいないと色々と都合が悪いのよ」
イデアが魔術師たちに威圧したことを謝罪すると、魔術師は恐縮しきって頭を下げた。
「じゃあとりあえずこっちに来るの?」
「はい、いきなり《双杖》の塔へは行きたいくないから」
「りょーかい、待ってるよー」
イデアがそう言うと小さなお人形と魔術師たちは飛び上がって、魔術都市レーベンへ帰っていった。
「さて、私たちも行くわ。皆はヴィヴィアンを含めて皆これに乗ってちょうだい。移動が楽できるわ」
イデアが作り出した魔術の絨毯に乗ると、魔術を使うイデアと同じように浮かび上がった。
「リーダー、これ大丈夫なのか?、ふわふわしてて心配なんだけど」
「大丈夫よ、何があっても落とさないわ。《双杖》の名に誓ってあげる」
イデアのお墨付きを得ると共に魔術の絨毯はイデアに追従する形でレーベンへ向けて飛翔した。
そのまま飛んだ状態で巨大な門を抜けると、圧倒的な街並みが目に飛び込んできた。
街並み自体はグラールやバーバラと変わらなかったが、一番他の街と違うのは普通に魔術師が空を飛び交っていることだ。
「あっちこっち魔術師が空を飛んでるよ」
「普通に通りを歩いている人もいますね」
イデアの話を聞くにここはおそらく平区で魔術の使えない平民が暮らしており、彼らはレーベンの労働力として使われているのだという。
空から見る限りは他の街と活気はそこまで変わらないように見えた。
「そろそろ学区に入るけど、空を飛ぶ魔術師の数がグンッと増えるから一応気をつけてね」
イデアの忠告を聞いている間にも、最初見掛けたものと同じ巨大な門を通過すると、平区よりもさらに多くの魔術師が空を飛んでいた。
「凄っ!、通りを歩いてる奴より空を飛んでるヤツの方が多いな」
あまりに多くの魔術師が空を飛んでいるので衝突しそうだが、どうやら飛行する高さは進行方向ごとに決められており、さらに降りる場所も指定されているようだ。
時折空を飛ぶ魔術師がイデアに気付いて、仰天するような様子を見せたり魔術の絨毯に乗って空を飛ぶアルレルトたちを物珍しそうな目で見てきた。
「今度は特区に入るけど、一旦降りるわ」
どうやらこれから入る特区という場所は飛行禁止らしく、何故だとアルレルトたちが思ったのも束の間ですぐにその理由が分かった。
「なんじゃこりゃ」
特区の中へ入った瞬間、周囲を見渡すと天を衝く無数の巨大な塔が建ち並んでいた。
「一応《双杖》として言っておくわ、魔術の深淵へようこそ」
面白いと思ったらブックマークとページ下の星評価、いいねを貰えると嬉しいです。




