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五十三話 魔術戦と仲間

いつもより長めです。


激突したイデアとグラニスの魔術戦は拮抗していた。


「"電撃嵐(ザンダーストーム)"!」

「ふふ、この程度ぉ?」


イデアの杖から放たれた眩い電撃の嵐はノータイムで床から溢れてきた水の壁が防いだ。


その水壁が変形し、通路一杯に広がって槍衾のようにイデアへ向かって飛んできた。


凍らせようとしたイデアは槍衾に不自然な揺らぎを見つけると、直感に従って防御魔術を張った。


その勘は的中し、槍衾が破裂し無数の弾丸となって襲いかかってきた。


「器用な真似をするわね」

「人間の魔術師のクセにやるねぇ」


水の弾丸を防いだイデアは軽口を叩きながら、風の魔術で周囲の瓦礫をグラニスへ射出するがグラニスの周囲を回る水が絡めとって逆にイデアへ投げ返してきた。


イデアは冷静に自分へ向かってる瓦礫だけ風魔術で砕き、反撃の雷魔術を撃つが変形した水の盾になんなく防がれた。


(グラニスは魔術師タイプの魔人、魔人らしくノータイムで魔術を撃ってくる、幸いなのは権能が戦闘向きではないということかしらね)


魔術戦を繰り広げながらイデアは冷静にグラニスを分析していた。


魔術師同士の戦いとは如何に相手の防御魔術を打ち破るか、それに尽きる。


防御魔術とは魔術師が最初に習う基礎であり、魔術師の実力は防御魔術の頑丈さで判断されると言っても過言ではない。


基本的に自身の防御魔術が削られないように立ち回り、相手の魔術は自分の魔術で防ぎながら相手の防御魔術を削るのがセオリーだ。


その為には相手の得意魔術、そして相手の戦術を見抜く必要がある。


「"凍槍(ランス)"」

「何度やっても…!?」


余裕の表情でグラニスは水の盾を展開したが、盾に衝突した氷の槍は砕けず水の盾に浸透し凍りついた。


イデアはグラニスが動揺した一瞬の隙をついて詠唱待機(ディレイ)していた最も速い最大火力の古代魔術を放った。


「"裂雷砲(インデュラカノン)"!」


二本の杖から放たれた莫大な量の緑雷が視界を埋めつくし、眩い稲光と轟音を鳴らした。


魔術砲撃が撃たれた余韻でパチパチという電撃が弾ける音が聞こえるが、撃った張本人であるイデアは鋭く撃った方向を睨みつけた。


(古代魔術が魔人(ディアボロス)に効くのは証明済み、グラニスの意表をついて当てることには成功したけど…)


並の魔術師なら今の一撃で消し炭になっているだろうが、相手は魔人(ディアボロス)だ。


一瞬足りとも油断は出来ない、そう思考を完結させたイデアは追撃の魔術を撃とうとして()()()()()()()()


「!?、ぐうぅ!!」


脇腹を貫かれた、それに気付いた瞬間イデアは全力で防御魔術の障壁を張った。


ガンッ、ガンッ、という鈍い音が連続して響き、イデアは障壁に薄い亀裂が入っていることに気付いた。


それと同時にイデアの脇腹を貫いた攻撃が()()()であることを見抜いた。


(鋭く細く収斂した水の槍、いえ水針を高速で飛ばしてきてる!!)


「ははははぁ、クソ人間がこの私に手傷を負わせるとはねぇ!!」


イデアの障壁が無数の水針に穿たれて、砕けると憤怒の形相を浮かべたグラニスが無数の水針を生成し、飛ばしてきた。


「くっ!、"岩護壁(ウォール)"!」


イデアは防御魔術と水針の相性が悪いことを察し、土魔術で床から身を隠す壁を立てた。


「大きく出来るなら小さくも出来る、魔術の応用性を舐めてたわね」


イデアは己の失敗に歯噛みしながら、回復瓶(ヒールポーション)を取り出して傷に掛けてから残りを飲み干した。


「…回復瓶(ヒールポーション)の不味さと回復痛にはいつまでも慣れないわね」


回復瓶(ヒールポーション)は治癒魔術が込められた薬で傷にかければ傷口を塞ぐ力があるが、その効果の代償に強引に皮膚を繋げるので痛みが走り、飲んだ時の不味さは有名であった。


(やっぱり優秀な治癒師(ヒーラー)が必要ね、っ!)


土魔術で作った壁に背中を預けていたイデアは莫大な魔力を感じて横に跳ぶと極太の水の奔流がイデアがつい先程までいた場所ごと抉りとった。


「隠れても無駄だよぉ!、人間の魔術師ぃ!」

「隠れてないわ、態勢を立て直しただけよ!」


土魔術で壁を生成し、射線を潰し魔術で攻撃するがグラニスの周囲に浮かぶ水の盾に防がれ土の壁ごと吹き飛ばす水の奔流が襲ってくる。


「相手の防御ごと倒そうとするなんて野蛮で不細工な女らしい戦い方ね!、アルレルトに見向きもされないのも道理だわ!」

「何ぃ?、人間、今なんて言ったぁ?」

「剣士一人魅了できない野蛮で不細工な女と言ったのよ」

「!!!?、人間風情がぁ!!」


イデアの挑発で怒りが限界突破したグラニスがありったけの殺意を込めた二本の水流が屋敷を破壊しながらイデアに迫ってきた。


しかしイデアはニヤリと口角を上げた。


「"土震(クエイク)"!」

「何ぃ!?」


イデアが床に土魔術を撃ち込むと、僅かな揺れが走りイデアたちが立つ床が一斉に崩れた。


イデアとグラニスの戦闘によって脆弱化していたところにトドメを刺された形である。


不意をつかれたグラニスが一階下へ落下したことで水流はあらぬ方向へ飛んでいったが、グラニスは水の盾をクッションとして着地した。


「あの人間は…」


土埃が舞って視界が悪い為、水針を周囲に撃ちながらイデアを探していたグラニスの耳に破砕音が届くと突然の光に一瞬目を焼かれた。


「月明かりかぁ」

「ヴィヴィアン!!、あの魔人を倒してください!」


恐らく流れ弾で頭上の天井が破壊されたお陰で入ってきた月明かりが照らしたことに嘆息したグラニスの耳に気迫の篭った()()の声が入ってきた。


「グルルルゥ!!」

「なっ!?」


グラニスが思考する暇もなく、真上から蒼黒の竜が顎を開いて降ってきた。


突然の竜の襲撃にグラニスは押し倒されて、ヴィヴィアンの顎を水で防ぐので手一杯になって動けなくなった。


「ヴィヴィアン…?」

「派手にやりましたね、イデア」

「他人事ながらこんなに壊して大丈夫なのかよ」


突然のヴィヴィアンの登場に呆然としていたイデアの耳に見知った二人の声が入ってきた。


イデアが声をした方へ振り向くと、案の定声の主であるアルレルトとネロが立っていた。


「アル!、ネロ!」

「遅くなりました、その代わりと言ってはなんですがネロを連れてきましたよ」

「アルレルトに唆されてやったよ、リーダー」

『私もいるよ、イデア』


アルレルトの肩に乗り、前足を挙げたアーネの姿に笑顔になったイデアは胸の奥が熱くなるを感じながら、三人の方へ駆け寄った。


ちなみにイデアは忘れていたがアーネはメリンをクリムトに預けた上で来ていた。


「ネロ、一緒に戦ってくれるの?」

「まぁね。グラニス様が相手じゃできることは少ないけど、アルレルトがあまりにもリーダーのことを信頼してるもんだから絆されちゃったよ」


出会った時はどこか表情を作っているように見えたネロだったが、今のネロは憑き物が落ちたように自然と笑っていた。


「ネロはもう俺たちの仲間です」

「もうそれで良いけどさ、グラニス様は本気(マジ)の化け物だけどイデアは追い詰めてるの?」

「ヴィヴィアンの奇襲で五分(ごぶ)ってところね」

「グラニス様と戦えてる時点で凄いのに五分まで行ってるのか、で?、勝てるの?」

「ええ、でもジリ貧よ。私とグラニスの魔力が無くなるまで戦うとしてもバーバラには確実に被害が及ぶわ」

「それならば俺とネロ、アーネで隙を作りイデアの最大火力で消し飛ばしましょう」


アルレルトの簡潔とも言える提案にイデアは即座に頷いた。


「それしかないわね、最低でもグラニスの盾か防御魔術を剥がしてくれれば確実に葬ると約束するわ」

「イデアのお墨付きが出ました、行きますよ!」

「待てよ!?、私の意見は!?」

「必要ありません!」

「ふざけるな!?」


アルレルトはネロの戯言を切って捨てて、ネロは青筋を立ててながら渋々アルレルトの後を追った。


「ヴィヴィアン!、交代です!」

「グルルゥ!」


アルレルトの指示でのしかかっていたグラニスの上から退いたヴィヴィアンにグラニスが一瞬惚けたところにアルレルトの飛び上がりながらの切り下ろしが襲ってきた。


「ぐっ!、人間がぁ!!」

「"神風流 天刃(てんじん)"」

「ぎゃあああ!!?」


切り下ろしを転がって躱し悪態をついたグラニスの頬をアルレルトの剣閃が切り裂いた。


「貴様ぁ!!」


周囲の水が槍衾に変形して襲ってくるが、アルレルトは素早い身のこなしで擦り傷一つ負わず、避け切った。


「何ぃ!?」

「パンチ!」


グラニスが驚愕したところにアルレルトの肩に乗っていたアーネが人獣化し、グラニスの顔面を殴りつけた。


ガンっ!、という硬質な音からしてアーネのパンチを防御魔術で防いだグラニスだったが衝撃は殺せず仰け反らされた。


「グラニス!!」


そこへ二本の短槍を連結させて両端に穂先の付いた長槍としたネロが心臓を狙って真上から全体重を掛けて突き降ろしてきた。


「クソ!!」


しかしネロ渾身の刺突は寸前で防御魔術の障壁に防がれ、罅を作るまでに留めた。


ネロを串刺しするべく、展開された水の槍衾を悪態をつきながらネロは後ろに飛んで躱した。


「上出来です、ネロ」

「っ!?」


ネロと入れ違いに現れたアルレルトの剣を見て、グラニスの中で悪寒が突き抜けた。


「"秘剣・龍爪(りゅうづめ)"!」


圧倒的なまでの風の力が込められた斬撃が水の盾と防御魔術の障壁もろともグラニスの上半身を袈裟に斬り裂いた。


「ぐうぅ!!?」


血潮が飛び散ったがグラニスはギリギリ後ろに下がって、辛うじて致命傷を躱して水を纏って止血しながら屋敷の外へ飛んで逃げた。


「クソ人間がぁ!!、次は絶対に…」

「次?、そんなもの無いわよ」


やけに鮮明に聞こえてきた魔術師の少女の声に空中でグラニスが一瞬振り向くと、少女が二本の杖を構えていた。


「消し飛びなさい!、"黒炎裂雷砲(インフェデュラカノン)"!!」

「クソがぁぁぁ!!!!!」


グラニスは咄嗟に全ての力を防御に回すが、そんな悪あがきを嘲笑うかのように一対の杖から放たれた漆黒の炎と深緑の雷の砲撃が一瞬で呑み込んだ。


黒と緑が美しく調和した砲撃はそのままバーバラの夜空を突き抜け、周囲の雲をあらかた吹き飛ばして空の彼方へと消えていった。


「ふぅ、アル、ネロ、アーネ、ヴィヴィアンちゃん。皆無事かしら?」

「生きています」

「私も生きてるよ」

『僕も』

「グルルルゥ!」


無傷だが見た目はボロボロのアルレルトと無傷だが疲れが見えるネロ、そしてそんなアルレルトの肩に乗るアーネと蒼黒の竜ヴィヴィアンがイデアの前に集まった。


「リーダー、私たちはグラニスを倒したんだよね?」

「ええ、跡形もなく消し飛ばしたわ。確実に葬ったことを約束するわよ?」

「それは喜ばしいことですが後で怒られそうですね」

「えっ?、どうしてよアル?」

「イデアの最後の魔術、バーバラの街の上を通っていきましたから今頃街はてんやわんやなのでは?」


アルレルトの指摘に魔人(ディアボロス)を討伐した功労者であるイデアは顔面を蒼白させた。


「ま、まずいわ、あとのことを全く考えてなかったわ」

「心配しなくても魔人を倒す為に必要だったとか言っとけば許してもらえるでしょ」


投げやりなネロの言葉だったが、イデアは「そ、そうよね」と言って胸を撫で下ろしていた。


「それよりも戦いに勝ったらリーダーがやることがあるんじゃないの?」


ネロの言葉にイデアは一瞬首を傾げたが、すぐに合点が言ったのか、笑顔になって大きく息を吸った。


「バーバラ領主の館に攻め入った魔人(ディアボロス)は《双杖》のイデアとその仲間が討ち取ったわ!!」


屋敷中に轟く声量でイデアは高々と勝利を宣言するのだった。

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