四十九話 説明と異常事態
イデアの交渉によってグラール伯爵家の協力を得ることに成功したアルレルトたちの姿は巨大な領主の屋敷にある客室にあった。
全ての準備が整うまで待っていろとオリビアに言われたので待つことにしたが、アルレルトはイデアをジト目で見ていた。
「イデア、グラニスが魔人とか、レオが前線から帰ってきたとか、全く分からないので説明してくれませんか?」
『アル様に説明する』
「わ、分かったからきちんと説明するから!、一回離れて!」
イデアとオリビアたちのやり取りの内容がよく分からなかったアルレルトはイデアを壁際に追い詰めて、説明を求めた。
説明できないわけではなかったが、長くなるのでつい面倒くさくて断った結果イデアはアルレルトに追い詰められて、結局折れることになった。
一連の出来事を見ていた傍に控えるメイドに微笑ましそうに笑われたことに頬を赤らめつつ、イデアはソファーに座って説明を始めた。
「グラニスが魔人だと分かったのは半分は勘よ、確信したのは《金獅子》の反応を見てからよ」
「しかしイデアはグラニスが魔人なのでは疑ったのですよね?」
「前提として一人の女が裏組織のボスになるのは不可能とは言わないまでも現実的ではないわ」
イデア曰くボスを女として操るのならともかくボスの座につくのは無理だそうだ。
「ボスという座についている事実がグラニスが魔人だと疑った理由ですか」
「そうよ、《金獅子》から確証も取れたしね」
「なるほど、魔人と戦う可能性があるということですよね」
アルレルトは故郷の森で戦った強奪の権能を持った魔人のことを思い出した。
「業腹ですがあいつは強かった。ですので此度は権能とやらを使われる前に倒します」
拳を握り闘志を燃やすアルレルトにイデアは頼もしいと思うのと同時に握られた拳に触れた。
「あいつはアルの家を壊したものね、私だって許せないわ。でも今回の目的はネロを助けることで魔人討伐じゃないことは忘れないでね」
「……もちろんです」
『アル様、一瞬忘れてた。痛っ』
アルレルトのデコピンを食らったアーネはアルレルトの頭の上で落ちそうになった。
「それでイデアが言っていた"前線"とは何のことなのですか?」
露骨に話を変えたアルレルトに苦笑しつつイデアは順序だてて答えることにした。
「説明するにはアルに歴史と地理を教えないといけないわね」
言いながら白杖を抜いたイデアが目の前の机に大きな何かの絵を魔術で投影した。
「これは…?」
「私たちがいるアルテイル王国が位置する大陸の魔術地図よ」
魔術地図の中心部分を含めた大きな範囲が光り、その中でいくつかの点が浮かんだ。
「あの赤い点がいま私たちがいるバーバラね、他の点もアルテイル王国の主要都市よ」
「アルテイル王国は随分広いのですね、俺がいた森は何処にあるのですか?」
「王国の最南端の辺境よ、ここね」
光った範囲の一番下の方がさらに緑色に光った。
「話を戻すわね、この大陸にはアルテイル王国以外にも国はあるけど全て小国だわ。その理由はアルテイル王国の建国王が魔人大戦で活躍した英雄だからよ」
「"魔人大戦"…イデアが前に言っていた魔人と人類の大戦争でしたか」
「ええ、五百年前に起きた大戦争。最終的には人類が勝利したけどこの戦争は完全に終結したわけではないのよ」
イデアがもう一つの黒杖を振ると、王国の一番上の方が赤色に光った。
「五百年前に魔人たちを支配していた魔神は打倒したけど、"七悪"と称される七人の魔人たちと王国はまだ戦争は続けているのよ。その戦場がさっき言った前線よ」
「戦場…ですか」
概念としては知っているものの自分には縁のないものだと考えていたが、まさか自分がいる王国に存在するとは思ってもいなかった。
「今の私たちには関係がないけどいつかは行かないといけないわ」
「どうしてですか?」
「世界三大秘境のうちの二つが前線の先の魔人が支配する地域のさらに先のテルセウス海を渡った先にある北大陸にあるからよ」
「別の大陸…途方もない話ですね」
「そうね、まだ仲間もまともに揃ってない現状で考えても仕方ないことだけど遠くない未来よ。それより説明して欲しいことはなくなった?」
「あっ、はい、一通りの疑問は解消できました」
イデアが魔術地図を消すと、メイドさんが机の上に紅茶のカップを置いた。
「紅茶でございます、小腹が空いていましたら軽食を用意することも可能ですがいかがいたしますか?」
「お願いするわ、アルは?」
「俺もお願いします」
頭を下げたメイドさんは部屋を出ていった。
「グラニスの権能なんだけどある程度推測が立ってるんだけど聞く?」
「聞きます」
紅茶を飲んでから告げられたイデアの言葉にアルレルトは即座に頷いた。
「おそらくグラニスの権能は"精神支配"よ」
「"精神支配"?、どういう意味ですか?」
「簡単に言えば他人を意のままに操れるということよ」
アルレルトは目を見開いた、他人を意のままに操れるとは森で戦った魔人とは別種の強さを持っている。
「もちろん支配する為の条件はある筈だけど今の時点は分からないわ」
「会ったことも無い魔人の権能の推察ができている時点で相当だとは思いますが…」
アルレルトは改めてイデアの頭脳の明晰さに感心した。
しばらく二人と一匹は運ばれてきたサンドイッチを食べながら雑談していると突然アルレルトが窓の方を向いた。
「アル?」
「しっ!、今かすかにヴィヴィアンの声が聞こえたような…これは!?」
アルレルトが窓を開けると一面真っ白の霧が広がっていた。
霧は水が大量にあるところか、雨が降った後にしか発生しないものである。
既存の知識から即座に異常事態と見抜いたイデアはアルレルトの隣に駆け寄った。
「またヴィヴィアンの声!、行かなければ…!」
「待って、アル!、正体不明の霧よ。私も一緒に行くわ」
イデアの言葉に間髪入れずに頷いたアルレルトはメイドさんの方を向いた。
「私のことは気にせずに行ってください!」
「ありがとうございます!」
アルレルトはアーネを懐に入れて、飛び下りた。
三階から音もなく着地したアルレルトは次いで下りてきたイデアを抱き止めた。
「ありがとう、アル。凄い濃霧だわ、しかも感覚が鈍っている気がするわ」
「イデア、足音がたくさんします。大勢の人間がこの館に近付いています」
イデアが何か反応を返す前に濃霧を突き破って、黒装束の人影が現れた。
人影はアルレルトとイデアを視界に捉えると、問答無用で剣を振り下ろしてきた。
「"神風流 鳳凰剣"!」
抜き打ちで相手の剣を防ぎながら、弾き飛ばした。
アルレルトは走って追撃の突きを放ったが、寸前で起き上がった人影は躱した。
「"神風流 逆風"」
しかし振り上げの方を避けられず、血潮が飛び散らせて命を断ち切られた。
「っ!」
息の根を止めたことを確認したアルレルトはさらに迫る足音に眉を寄せつつ、イデアの元に戻った。
「アル!、怪我は!?」
「ありません、それと多くの人間が屋敷に入っていきました」
硝子が割れるような音と人の悲鳴がアルレルトの耳には届いている。
「グラール伯爵家が襲撃を受けているということね、まずはヴィヴィアンと合流しましょう」
「はい、ヴィヴィアン!!」
黒鬼を鞘に納め、蒼黒の竜の名前をアルレルトは大声で呼んだ。
「グルルルゥゥ!!」
「俺です!、アルレルトですよ。ヴィヴィアン、落ち着いて」
上から降りてきたヴィヴィアンは興奮した様子でアルレルトが近寄って必死に宥めた。
「ヴィヴィアンちゃんが降りてきたのに霧が晴れない?、やっぱり特殊な霧のようね」
「イデア、ヴィヴィアンに睡眠魔術に掛けられた痕跡がある」
「何ですって?」
人獣の姿に変わったアーネの言葉にヴィヴィアンに近寄ったイデアは白杖を向けた。
「本当だわ、亜竜を眠らせるほどの睡眠魔術を使える魔術師がいる」
警戒心から冷や汗をかいたイデアは汗を拭きつつ、状況を整理した。
「何者かがグラール伯爵家を襲撃、相手は霧に紛れて屋敷に侵入した。敵の中には凄腕の魔術師がいる。アル!、まずは《騎士姫》と《金獅子》と合流しましょう!」
「分かりました、ヴィヴィアンはどうしましょうか?」
「もう一度空へ上げてちょうだい、いざと言う時の切り札に使うわ」
「ヴィヴィアン、空へ。俺か、イデアの合図を待ってください」
「グルゥ」
頷いたヴィヴィアンは翼をはためかせて、空へ上がった。
「敵は無視、騎士たちと合流するのが最優先よ」
「アーネ!、行きますよ!」
二人と一匹は異常事態に対処するべく屋敷の中へ戻るのだった。
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