四十四話 具体案と相談
「はあ、はぁ、はぁ、カラ、何処!?」
アルレルトに先程までつけられていたことを露ほども知らないネロは必死に妹のカラを探していた。
いつもは娼館の休憩所にいる姿を遠目から見守るだけだったが、今日はいなかった。
焦ったネロは近くにいた娼婦にお金を渡してカラの行方を聞くと、客をとったと言われた。
(カラ、ごめんね。お姉ちゃんが弱いばかりに迷惑をかけてごめんね。私がもっと強ければ…!)
悔しさで涙が出そうになるが、泣いてもカラが見つかるわけじゃない。
そう自分を戒めたネロは娼館の人達に珍妙なものを見る目で見られつつも、娼館を歩き回りやっと見つけた。
「カラ!」
「お、お姉ちゃん?」
「ごめんね、お姉ちゃんのせいでカラにつらい思いをさせたね。本当にごめんなさい」
ネロはカラを抱き締めて、必死に謝る、それしか自分に出来ることは無かった。
小人族だと常にバカにされ虐げられ、カラを人質に取られてクソ野郎共に従うしかない自分はカラの大切なものさえも守れなかったのだ。
「あ、謝らないで、お姉ちゃんは何も悪くないよ。そ、それに何もされてないから」
「え?」
ネロは何かの聞き間違えかと顔を上げた。
「今なんて言ったの?」
「だ、だから何もされなかったよ。や、優しい人だったから」
「ほ、本当に?、誰かに言わされてるわけじゃなくて?」
「ち、違うよ。な、名前は言わなかったけどとても優しい人だったの」
カラはアルレルトと会って感じたことをそのまま伝えた。
アルレルトに頭を撫でられた時、ネロに抱き締められた時のような温かい気持ちになれたからだ。
「よ、良かったぁ」
「わぁ、わわ」
安心感からネロは力が抜けて、カラに抱きついた。
突然抱きつかれたカラは驚いたが、すぐにネロの背中に手を回して抱き締めた。
「い、いつもありがとう、お姉ちゃん」
「姉が妹を守るのは当然だよ、もう少しの辛抱だから。絶対に私がカラを助けるから」
静かな決意を伝え、ネロはカラから離れた。
「ま、またすぐに会える?」
「約束は出来ないよ、でも必ずまた会いに行くから」
カラに約束してあげたい気持ちを抑えて、そう伝えたネロはその場を後にした。
ネロの姿は夜の暗い闇に消えていき、消えた方向をカラは心配そうに見つめるのだった。
◆◆◆◆
ネロとカラが再会している頃、アルレルトとレオンの二人は歓楽街の外を目指して、通りを歩いていた。
「それではバーバラを治めているのはオリビア様なのですね」
「ああ、俺はグラール家次期当主という立場だが姉上は立派な領主だぞ」
「一つの街を治める人間が迷宮に潜るのは如何なものかと思いますが?」
アルレルトの言葉に痛いところを突かれたと言わんばかりにレオンは後頭部を撫でた。
「俺や父上も同じことを思っているが、姉上は一向に聞く気配がない。婿をとって子供でも生まれれば俺たちも少しは安心なのだがな。っと、すまん、つい愚痴を言ってしまった」
ハッとした表情で謝ってきたレオンにアルレルトは笑みを浮かべて、気にする必要はないと伝えた。
「姉上の話はいい、アルこそ何か悩み事があるのではないか?、娼館には誰かを探しに来た様子だったから気になってな。言いたくないなら別に構わんが」
「ええ、まぁ、正直に言うと悩み事はあります。それも一筋縄では解決しない難しいことです」
アルレルトはずっとどうすればネロとカラを救えるのか、考えていた。
しかし具体的な案を何も浮かばなかった。
「全部話す必要はない、俺はアルの力になりたいのだ」
「…ありがとうございます、実は救いたい人がいます、その人は娼婦なのです」
「なるほどな、娼婦を娼館から解放する一般的な手段と言えば身請けだな」
「確かお金で娼婦を買い取るのでしたよね?」
「ああ、その通りだ。その娼婦がどれほどのランクの娼婦かによって値段は前後するが大体金貨十枚くらいが相場だな」
レオンの言葉にアルレルトは顎に手を当てて、思索にふけった。
(それはネロもやろうとしている事です、しかし深層まで潜れる力があるネロなら時間をかければお金は集まりそうなものですが現にカラは娼婦のままです)
カラは娼婦になったのは最近だと言った、それにカラが娼婦になった理由も不明だ。
それに付け加えればカラを救ってもネロは仲間になってくれないような気がした。
二人を苦しめている何者かがネロに一体何をさせているのか、それが分かれば前に進める気がした。
「さてここらで別れるとしよう、俺の家は貴族街だからな。おそらくアルが帰る場所とは方向が真逆だろう」
「…もうそこまで歩いてきていましたか。レオ、色々とありがとうございました」
「なに、礼はいらん。友だからな」
快活な笑みを浮かべたレオンにつられて、アルレルトも笑みを浮かべた。
屈強なレオンの背を見届けて、アルレルトはその場を後にするのだった。
◆◆◆◆
宿に帰ってきたアルレルトは事の経緯をイデアに報告した。
「想像以上に大きな問題のようね」
アルレルトの報告を聞き終えたイデアはそう呟いて、悩ましげな表情で椅子に座った。
「カラを人質にしてネロを利用してる奴がいるわけね、問題はそれが誰でどうすれば解決出来るのかということね」
「はい、正直行動を起こすべきなのかどうかということさえ俺は迷っています」
アルレルトの言葉にイデアは目を瞬かせて、疑問符を浮かべた。
どうやら考え方に齟齬があると感じたアルレルトは説明することにした。
「カラのことはネロの問題です。赤の他人である俺たちが手を出していいものなのでしょうか?」
「アル、ネロは赤の他人じゃないわ、私たちの仲間よ。仲間が困っていたら助けるのは当然のことよ」
イデアはアルレルトの言葉を真っ向からひっくり返して、笑みを浮かべた。
「それに私はネロを仲間にするって決めたのよ、たとえ誰が相手でも引き下がらないわ。私が頑固な女だってアルは知ってるでしょ?」
「……そうでした、イデアは頑固で無鉄砲で向こう見ず、それで情熱的で聡明な女でしたね。忘れていました」
「な、何だか恥ずかしいわね」
褒められたイデアはアルレルトから目を逸らした。
「と、ともかく歓楽街のことを知らないと始まらないわ。情報を集めましょう」
「情報…ですか?、一体何処で?」
アルレルトの問いにイデアは一瞬俯いてから口を開いた。
「…アルが来る前に達成した依頼で知り合った"情報屋"よ。今の時間帯なら酒場にいる筈だから行きましょう」
「(アル様、僕も行きたい)」
イデアの誘いに頷くと、トビリスの姿で肩に乗るアーネが一緒に行きたいと言ってきた。
「良いですよ、良いですよね?」
「勿論よ、アーネちゃんが一緒なら私も心強いわ」
真夜中に近い時間帯ではあるが、アルレルトたちは"情報屋"がいるという酒場を目指して外へ出た。
「夜なのにフードを被るのですか?」
「余計な手間を増やさない為よ、特に夜は酔っ払ったアホどもが多いのよ」
イデアが真っ白な髪と容姿を隠すフードを被っていることを疑問に思って聞くと、酔っ払い避けだと教えてくれた。
「(それが正解、イデアは美人だから大変)」
「そうね、それなりに苦労はしてるわ。でも今日は男のアルがいるから大丈夫ね」
「頼ってくれるのは嬉しいですが魔術でどうにかできないのですか?」
興味半分で聞くとイデアは思いのほか真剣な表情になった。
「もちろんできるわよ、認識阻害魔術という魔術を使えばいいんだけどアルテレス派の魔術師は私も含めて得意じゃないのよ。ローデス派のアーネは使えるわよね?」
「(使える、イデアも魔力でゴリ押しすれば使える筈)」
「それじゃ無駄が多すぎるもの使えないのと一緒よ、それなら使わない方がマシよ」
「えっとつまり、イデアは認識阻害魔術を使えるけど使わないということですか?」
「そうよ、アルには魔術体系についても後で教えて上げるわ」
「是非聞いてみたいですね」
魔術という神秘に興味があるアルレルトはイデアの誘いに頷いた。
そんな会話を挟みつつもアルレルトたちは目的の酒場に到着するのだった。
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