四十三話 姉妹と友達
アルレルトは先程まで娼婦たちに言い寄られて、困っていたことも忘れてレオンがいることに目を見開いて驚いた。
「そんなに驚くことはないだろう、俺だって一応男なのだからな」
「ええ、確かにそうでしたね。き、いえ、こんなところでお会いするとは思っていなかったので」
アルレルトは貴族がいることに驚いたと正直に言おうとして、別の言葉に切り替えた。
事情がどうあれグラール伯爵家の人間が歓楽街にいるのは公にはしたくない筈だ。
レオンや後ろに控える騎士たちの格好もお忍びと言われたら納得できる地味な格好なのもアルレルトがそう考えた理由の一つだ。
「気を使わせたな、ここであったのも何かの縁だ。一緒にこの高級娼館へ入らぬか?」
「えっ?、いや…」
アルレルトは断ろうとして、ネロを探す良い口実になるのではと咄嗟に考えついた。
「俺は娼婦を買うつもりはありませんがそれでも?」
「構わんぞ、俺は常連だからな。それくらいの融通は聞く」
レオンに軽く頭を下げて、高級娼館と呼ばれた巨大な建物に入った。
「これは…広い」
アルレルトが建物の広さに驚いていると、レオンはササッと受付で注文を済ました。
「待たせたな、騎士たちにも暇をやった。部屋へ行こう」
娼婦の案内に従って歩きながらネロを探したが、見つけることは出来なかった。
「どうした?、想い人でも探しているのか?」
「いえ、そういうのではありませんので気にしないでください」
辺りを見回すアルレルトに気付いたレオンだったが、アルレルトは差し障りのない答えを返した。
「こちらが当娼館の最上級の部屋でございます」
「うむ」
レオンに続いて入ると高級感のある装飾と大きな二つのベッド、高そうな調度品が並ぶ部屋の光景が目に入った。
案内役の娼婦が出ていくと入れ違いで二人の娼婦が入ってきた。
一人はいかにも娼婦といった薄手の男を誘惑する格好でイデアやレイシアと比べるのはお門違いだが、容姿と体型も整っている。
もう一人はアルレルトが店前で見掛けた小人族の少女だった、こちらも薄手の格好だが派手さはなかった。
「悪いな、仮にも娼館だからな。女を取らないという選択肢はないんだ。だが相手をするかはアルレルトの自由だぞ」
「……それなら」
アルレルトは店前で見掛けた小人族の少女が幻ではなかったことに安堵しつつも、レオンに厳しい目を向けたがレオンの答えにはとりあえず納得した。
妖艶な娼婦はレオンの方へ行き、小人族の少女がこちらに来た。
「あ、あのカラと申します、よ、よろしくお願いします、冒険者様」
「……アルレルトと言います。先に言いますが俺は君を抱くつもりはありません」
アルレルトはカラと名乗った小人族の少女の容姿に既視感を覚えたが、すぐに切り替えて伝えるべきことを伝えた。
「えっ?、そ、それは一体どういうことですか?、ま、まさか私に何か問題があったとか…!」
「違いますよ、君の問題ではなくこちらの問題です」
カラは顔を青くて慌てだしたのでアルレルトは急いで訂正した。
「ま、まさか女の人に反応しない…」
「違います!、神風流の教えで真に信頼した相手以外とは同衾してはいけないのですよ!」
大変失礼なことを口走ろうとしたカラの口を押さえて、アルレルトは理由を話した。
「そ、そんな教えが…」
師匠は寝る時が最も無防備の為、同衾する相手は真に信頼できる人間だけにしろと口を酸っぱく言われた。
どんな強者でも寝ているところを襲われたらひとたまりもない。
「それに君は震えている、教えがなくともそんなに怖がっている人を抱きたいとは思いませんよ」
「えっ」
アルレルトはカラの身体がずっと恐怖で震えていたことを見抜いていた。
理由はよく分からないがカラは行為を怖がっている、そんな人を追い詰めるマネはアルレルトには出来なかった。
「今の君に必要なのは温もりです」
「う、うぅ」
アルレルトに頭を撫でられたカラは大粒の涙を零して泣いた。
アルレルトは涙を流すカラを優しく温和な笑みで見守った。
やがて泣き止んだカラは真っ赤な目元を擦って、土下座した。
「も、申し訳ありません、い、いきなり泣いて、お、お召し物が濡れてしまいました」
「別に構いませんよ、この羽織りは特別製ですから気になさらず」
ある程度カラが落ち着いたのを見計らって、アルレルトはネロのことを聞いてみた。
「ね、姉さんを知っているんですか?」
「姉さん?、ネロはカラの姉なのですか?」
アルレルトは心底の驚きをもってカラに聞き返した。
「は、はい。こ、小人族のネロは私の姉です。ね、姉さんは元気ですか?」
「元気だと思いますよ、姉妹なのに会っていないのですか?」
カラの容姿を見て感じた既視感が氷解し、アルレルトはカラの聞き方から推察して問うとカラは最近は会っていないのだと答えた。
「そうですか、ネロには迷宮攻略で助けられました。とても感謝しています」
アルレルトはカラに出会った思わぬ奇縁に対して精霊に感謝し、ネロの迷宮での活躍で話を弾ませつつネロがお金好きなことにさりげなく言及してみた。
「そ、それは多分、わ、私を買う為だと思います。し、娼婦を身請けするにはたくさんのお金が必要ですから」
カラは娼婦になった理由も話してくれた。
小人族は人間種ほど数も多くなく非力で臆病で弱虫というのが世間一般の常識であり、常に虐げられるのが当たり前なのだそうだ。
孤児院で生まれたネロとカラも例外ではなく、孤児院の生活は酷いものでろくに食べ物も与えられず憂さ晴らしに殴られ、終いにはある程度まで成長した二人は口減らしで孤児院を追い出された。
まだ幼かったカラはネロのお陰で生きることが出来たと語った。
「ね、姉さんがずっとどこからか食べ物を持ってきて食べさせてくれたんです。だから私は今まで生きることが出来ました」
しかしそんな日も長くは続かず、五年前カラは何者かに誘拐された。
誘拐された先でカラはある男にネロを働かせる為の人質だと言われ、すぐに現れたネロにはただひたすらに謝られたという。
「こ、小人族は弱いです、で、でも姉さんは違います。い、いつも私を守ってくれる強い人です」
ネロは強い、カラの言葉を全て信じるわけではないがおそらくカラを人質に取られているネロはいいように利用されてるのだろう。
「さ、最近になって私は牢屋からこの娼館に送られて、き、今日から仕事が始まる予定でした」
「なるほど、そうでしたか」
アルレルトは顎に手を当てて深く思案した。
ネロがお金を求め偽善じみた行動を嫌う理由は分かった、そしてこのままでは絶対にネロは仲間になってくれないことも分かった。
カラを解放しない限り、ネロは自由になれない。
それに解放するだけではダメだ、虐げられない安定した生活環境をカラに与えなければネロは安心して旅についてきてくれない。
それにカラを解放する具体的解決策も今は思いつかない。
「あ、あのアルレルト様?」
「ん?、ああ、少し考え事をしていただけ…」
アルレルトの言葉は最後まで続かなかった、何故なら偶然視界に入ったレオンが娼婦の首を絞めて気絶させていた。
「一応聞きますがどうして首を絞めて気絶させたのですか?」
「待て待て、そんな殺気を出して睨むな。毒の唇で接吻しようとしてきたからだ、この女は娼婦ではない、暗殺者だ」
アルレルトはいつでも黒鬼を抜ける体勢で気絶した娼婦の唇を見ると、確かに唾液とは違う何かが塗られていることに気付いた。
「嘘ではないようですが暗殺者に襲われたのなら色々と不味いのでは?」
「まぁ、不味いことには不味いが暗殺者に襲われること自体は慣れたものだ。それに誰に依頼されたのかも知っている」
「俺を巻き込まないでくださいよ」
アルレルトが念を押すように言うと、レオンは快活に笑った。
「当然だ、友に迷惑は掛けん。それにこれは俺の家の問題だからな」
「その言葉、信じますよ。それはともかく逃げた方が良いのでは?」
「必要ない、暗殺者如き恐るるに足らんしここには部下の息抜きが目的で来ているのでな」
「俺は貴方の方針に口出しはしませんが、どうしてほとんど他人である俺を誘ったのですか?」
レオンがどれほどグラール伯爵家とアルレルトの関わりを知っているのかは分からないが少なくともアルレルトとレオンの関係はとても薄いものの筈だ。
「友だからだ、俺は貴族であるが故に気の置けない友人というのは少ないのだ。ギルドで俺に対して毅然と言い返したアルレルトのことを俺はとても気に入った」
真っ直ぐな思いと快活な笑みがレオンは飾らず本音を隠さない人間なのだとアルレルトは理解し納得した。
「疑って申し訳ありません」
「謝るな、アルレルトの警戒は当然のものだ。俺の距離の詰め方は警戒されると姉上に何度も注意されたからな」
「アルと呼んでください、親しい者はそう呼びます」
「アルか、なら俺のこともレオと呼べ」
二人は笑顔で頷いて、握手を交わした。
「さて、呼んだ女がこの調子だし俺は帰るがアルはどうする?」
「俺も帰りますが少し待ってください」
アルレルトはレオンに断わり、膝をついてカラと目を合わせた。
「カラ、俺と君が会ったことはネロは内緒にしてくれませんか?」
「え?」
「俺たちはまだネロには信用されていません、偶然とはいえカラと俺が会ったことを知られれば要らぬ誤解を招きます。お願いできませんか?」
「ア、アルレルト様が悪い人じゃないのは分かります、ア、アルレルト様と会ったことは姉さんには言いません」
「ありがとうございます、カラに精霊の祝福がありますように」
アルレルトはカラに気休めかもしれないがおまじないを掛けて、レオンと共に娼館を後にするのだった。
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