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三十六話 鍛練と冒険者


十五階層で野営し一夜を明かしたアルレルトはパーティーの誰よりも早く起きて、鍛練をしていた。


「ーーーー!!」


黒鬼を抜き相対する相手は師匠の幻影、一呼吸のズレもなく全く同じ技が激突しアルレルトが弾かれる。


拮抗すら許されず弾かれたことを気にもとめず、アルレルトはひたすら神風流の技を出し続ける。


師匠もまたアルレルトと同じ技を繰り出しつづけ、何度も弾いていく。


激しく打ち合い、技の冴えが劣るアルレルトには師匠の剣が届き、切り裂かれる。


無論アルレルトの想像(イメージ)する師匠が斬ったわけなので、痛みなど感じる筈はないがアルレルトの額には脂汗が浮かんでいた。


それでもアルレルトは極度の集中力と真剣さを持って愚直に師匠の幻影と戦い続けた。


しかし決着は訪れるもので全く同時に放たれた突きが互いの首を貫いた。


そこで師匠の幻影は消え去った。


「ふぅ、ふぅ、見ていて楽しいですか、ネロ」

「!?」


アルレルトが振り向くと、簡易ベッドに隠れた小人がビクリと動いた。


「……気づいていたのか」

「はい、気配を感じるのは大の得意ですので」

「さっきの訓練凄かったよ、まるで本当に誰かと戦ってるみたいだった」

「ありがとうございます、ネロは何か鍛練はしていないのですか?、昨日の身のこなしを見る限り何も鍛練していないのはありえないと思いますが…」


アルレルトに問われるとネロの表情がほんの一瞬強ばった気がしたが、すぐに消えた。


「走り込みはしてるよ、逃げ足が私の持ち味だからね」

「武器を取ろうとは?」

「…小人が使いこなせる武器があればいいけどね」


自嘲するように言うネロの姿を見て、アルレルトはふとバーバラに来る前に戦った二槍使いを思い出した。


(今思い返せばあの二槍使いは小人族だったのでは?、子供だとばかり思っていましたが冷静に考えてあの二槍使いは強かった)


先入観を抜きしても子供であれだけの巧みな体術を使える可能性は低い、小人族の戦士だと考えれば納得できる。


「話をしたわけではありませんがネロのような小人族の槍使いを知っています、性別はよく分からなかったですがその人はとても強かったですよ」

「ふーん、同族にアルレルトとやり合える人がいたんだ」

「互いに本気を出さずに終わりましたので決着をつかなかったですが、強かったのは事実です」


その前に戦った二剣使いの方がアルレルトにとっては戦いやすかった。


「その人にもしまた会ったらアルレルトはどうするの?」

「どうすると言われましても敵対した時は戦うのみですが…どうしてそのようなことを?」

「いや、何となく気になっただけだよ」


その後はイデアたちが起きてきたので、これ以上はネロと話すことはなかった。


◆◆◆◆


「いいですか、ヴィヴィアン、ネロより前に出ては行けませんよ」

「グルルゥ!!」

「ヴィヴィアン!」


荷物から解放されたヴィヴィアンとアルレルトが前衛を務め、荷物をアーネが抱えることになったのだがヴィヴィアンが中々言うことを聞いてくれない。


「リーダー、あの亜竜にどうして首輪が着いてないんだよ」

「アルがいらないと判断したのよ、それに今は少し興奮してるだけだわ」


イデアは二人の行く末を見守るように結界を張った。


「いいですか、ヴィヴィアン。迷宮(ダンジョン)はとても危険な場所なのです。だからネロより前に出てはいけません、分かりましたか?」

「グルゥ?、グルルルゥ!」

「ダメです、言うことを聞かないなら…」


アルレルトは黒鬼の柄に手を置いて、威圧を込めてヴィヴィアンを睨んだ。


「グ、グルゥ」

「分かったのなら良いのです。すみません、終わりました」


アルレルトは素直に仲間たちに頭を下げた。


「別に構わないわ、土壇場でヴィヴィアンちゃんに暴走されても困るしね」

「それより私は従魔の首輪を外した理由を知りたいんだけどさ」


ネロの問いにアルレルトは簡潔に答えた。


「理由は単純です、ヴィヴィアンに相応しくないと思った、それだけです」

「アルレルトって変な奴だよね」


ネロの言葉にアルレルトは首を傾げた。


「俺の何が変だと?」

「自分の胸に聞いてみなよ」


ネロはアルレルトの質問に答えず、そっぽを向いてしまった。


「イデア…」

「私に頼らないでよ、ネロの気持ちはネロにしか分からないもの」

「確かにその通り…!?」


言葉の途中でアルレルトの耳に風切り音が聞こえると、反射的に黒鬼を抜いて正面から飛んできた矢を切り伏せた。


「えっ?」

「何者だ!」


続いて放たれた矢をアルレルトは次々に切り落としながら矢が飛んでくる森に向かって叫んだ。


「奴らは怯んでるぞ!、今のうちに畳み掛けろ!」


一人の男の声が聞こえると、森から複数人の冒険者が現れた。


(狙いは後ろ?、アーネの荷物か!)


アルレルトは連中の目的がアーネが背負う荷物であることを即座に見抜き、一人の冒険者に突っ込みながら再び叫んだ。


「イデア!、荷物を守って下さい!」

「!!、任せて!」


突然の事態に動揺していたイデアだったが、アルレルトの言葉を聞いて即座に自分を中心にアーネを包む結界を張った。


「うわぁ!?」

「グルルゥ!!」


ネロは紙一重で冒険者の剣を避け、ヴィヴィアンはその竜尾で跳ね飛ばしていた。


「クソ!、近寄るな!」

「お断りします」


アルレルトは投擲されたナイフを弾き、袈裟に斬ろうとして咄嗟に止めて柄を鳩尾に打ち込んだ。


「ぐぼぉ!?」

「"神風流 疾風(しっぷう)"」


滑るように移動したアルレルトはネロを襲う冒険者の背後を黒鬼の鞘でぶっ叩いた。


「あがぁ!?」

「ヴィヴィアン!、冒険者たちを殺しては行けませんよ!、殺したらお仕置きです!」

「グルゥ!?」


アルレルトの唐突のお仕置き発言にヴィヴィアンは動揺して、先程吹き飛ばした冒険者が死んでいないか確認した。


「グルゥ」


どうやら息はしているようだったのでヴィヴィアンは安堵の息を漏らした。


風切り音が聞こえ森から矢が飛んでくるが、イデアの結界に弾かれた。


「クソ!、何とかして結界を破れ!」

「無駄よ!、私の結界を破りたかったら上級(ハイクラス)の冒険者を呼んできなさい!、それができないのなら降伏しなさい!」


イデアの降伏しろという言葉に指揮官と思われる男は表情を歪めた。


「うるせぇ!、俺達には魔虫(インクス)共のせいで物資を全部失ったんだ!、だったらお前たちから奪うしかねぇだろ!」

「あの人は昨日入口付近にいた冒険者ですか」


アルレルトは指揮を執る冒険者が昨日会った魔虫インクスの群れのせいで立ち往生していた冒険者の中にいたことに気付いた。


「イデア!、どうすれば?」

「冒険者を殺すと面倒だわ、アルの判断は正解よ。全員気絶させることはできる?」

「可能です」

「それならお願い」


イデアに頷いたアルレルトは黒鬼を地面に突き刺して、鞘を構えた。


「殺しはしませんがあなた方には眠っていただきます」


◆◆◆◆


元々の実力に差があったこともあり、十分とかからず襲ってきた冒険者たちはアルレルトの手によって全員気絶していた。


「つけられてはいなかった筈だけど本当に面倒ね」

「リーダー、こいつらどうするの?」

「魔術で拘束して放置するわ、それが確実よ」


そう言ってイデアは十人ほどの冒険者を魔術で拘束して、近くの木に括りつけた。


「ちなみにですが冒険者を殺すと面倒というのは?」

迷宮(ダンジョン)だから冒険者が死ぬのは珍しくないんだけど、迷宮内の人殺しはギルドによって禁止されてるんだよ。迷宮(ダンジョン)の中でも秩序は必要ってことさ」


ネロの言葉にアルレルトは納得した、確かに襲撃してきた冒険者たちは戦意はあっても殺意はなかった。


だから斬らず気絶させることに留めたのだが、殺意がなかったのはそういった理由があったのだ。


「冒険者に襲われたせいで少し予定が狂ったけど切り替えてちょうだい、これから十六階層に潜り一気に二十階層を目指すわ」


イデアの言葉にアルレルトを含めた皆が頷いた。


迷宮(ダンジョン)攻略はこれからが本番よ、常に警戒を怠らず何が起きても臨機応変に対応するのよ」


これはイデア自身への戒めでもある、そして皆がいれば乗り切れない危機はない。


そんな確信をイデアは密かに抱くのだった。

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