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三十五話 野営と束の間の休息


魔虫インクスの女王とも言える魔獣を討伐し、十五階層に降りたアルレルト達だったが階段を降り切ると目の前に数十人の冒険者たちが立っていた。


「なっ!?、君たちは上の階層からやって来たのか!?」

「上から降りてきた以外の何に見えるのかしら?」


驚いた様子の冒険者の言葉にイデアがそう返すと、別の冒険者が聞いてきた。


「そ、それじゃああんた達があの魔虫インクスの大群を倒したのか!?」

「ええ、その通りよ。まさかあなたたちはあの魔獣たちのせいでここで立ち往生していたのかしら?」


イデアの指摘に何人かの冒険者が図星を突かれたような顔をしたので、イデアは改めて納得した。


「十五階層へ続く階段にいた大量の魔虫インクスは私たちのパーティーが討伐したわ」


イデアの宣言に多くの冒険者が驚きの声を上げた。


「あの大群を本当に討伐したのか…」

「いや、見ろよ、あの銀髪の女、上級(ハイクラス)のドッグタグを下げてるぞ」

「あの亜竜を連れてる冒険者、地上で見たぞ」


色々と騒ぎ出した冒険者たちだったが、これ以上関わるつもりはないのかイデアはその場を後にした。


「あ、おい!、ちょっと待って…」

「言っとくけど私たちはすぐには帰らないわ、安全にバーバラに戻りたい気持ちは察するけど私たちに付いてくるのは止めてね、迷惑だから」


一方的にそれだけ言い切ったイデアに冒険者たちはポカーンとしていた。


「よく分かりませんがとりあえずこの十五階層は本当に魔獣が出現しないのですね?」

「理由は知らないけど出現しないよ、それと野営するなら私は良い野営スポットを知ってるよ」

「なら案内をお願いするわ、初めて来る場所だから勝手も分からないしね」


十五階層は密林迷路(ジャングルメイズ)が途切れ、森林地帯と呼べる場所で辺りを見回す限り動物の類いはいるようだが魔獣の気配はなかった。


森林地帯と言えどもアルレルトの故郷の森ほど鬱屈としていなかったので、歩きやすかったのはとても助かった。


「ここだよ、川に近くて水源を確保しやすいし他の冒険者にも知られてない」


ネロが案内してくれたのは拓けた場所でなんと近くに川が流れていた。


「川ですか、水は飲めるようですが何処から来てるのやら」

「アル、私も迷宮(ダンジョン)の仕組みには大いに興味があるけど今は野営の準備を手伝って欲しいわ」

「グルルゥ」


アルレルトは背中に背負う荷物鞄を持ち上げながら不機嫌そうな声を上げたヴィヴィアンに近付いて、荷解きを始めた。


「ネロとアーネは焚き火に使う枝を拾ってきてちょうだい」

「イデアは何するの?」

「私は野営地を守る結界陣の構築よ、陣をひいた方が結界が強化されるのはアーネも知ってるでしょ?」

「うん、後で魔術陣を見せて興味ある」


それだけ言ってネロに呼ばれたアーネは薪拾いの為に森の中に入っていった。


◆◆◆◆


「こう見るとリーダーの魔術って凄いね」

「俺もそう思います」


ネロの呟きに頷いたアルレルトは感心の面持ちだった。


焚き火は加減された炎魔術で簡単に着火、寝床も土魔術で綺麗に整えられ、周囲はイデアの張った結界で守られている。


「結界としての防御力に加えて虫除け、人払い、念の為に獣避けの効果もある特殊結界よ、これくらいどうということはないわ」

「イメージの精巧さと繊細な魔力操作、莫大な魔力量の三拍子が揃ってるからこれだけのことが出来る、凡百の魔術師じゃ不可能」


魔術師でもあるアーネが言うのだからやはりイデアは特別な存在なのだろう。


「そんなことより私はアルの料理が楽しみなんだけど?」

「もう少しスープが出来ます、力作とは言えませんが味は保証しますよ。イデア、火を消してください」


そう言ってアルレルトは地上から持ってきた大きな鍋でスープを煮込み、イデアに火を消して貰うと味見をした。


「うん、イーデン草はやはり万能ですね」


期待で目をキラキラさせるイデアを抑えつつ、鍋から皆の木の器にスープを配った。


「スープを直接飲んでもいいですがパンをつけると柔らかくなって食べやすくなりますよ」


そんなアルレルトの言葉も耳に入っていない様子のイデアは早速スープを飲んだ。


「美味しい!、やっぱりアルの野草スープは美味しいわ、それに具材の人参と大根も美味しい!」


ただでさえ美人なイデアが飛びっきりの笑顔を向けてくるので、さすがに直視できなかったアルレルトは視線をスープに戻した。


「荷物に大量の野菜を積んでた理由はこれかぁ、まさか迷宮(ダンジョン)でこんな美味しい料理を食べられるなんて…」

「アル様は凄い」


感動しているネロと褒めてくれたアーネに感謝の視線を向けたアルレルトもスープを飲んだ。


「…美味しいですね」


最初は師匠に教わりながら作っていた料理だったが、いつしか師匠を抜いて俺が三食を作るようになっていた。


『やっぱりアルの作ってくれた料理は美味しいね』


師匠は毎日美味しいと言って褒めてくれた、師匠に美味しいと言って欲しくて頑張って料理をしていたことをよく覚えている。


その為に野菜を刻んだりスープを煮込んだり、手間をかけることがアルレルトは嫌いではなかった。


「ありがとう、アル。お陰で迷宮(ダンジョン)でも美味しい料理が食べられたわ」

「俺だけの力ではありません、イデアの魔術がなければこんなところで料理なんて不可能でしたよ」


料理をするにはそれなりの設備がいるのだが、イデアがいればその問題は簡単に解決する。


二人はそれを見越して大量の野菜を買い込んだ、そのせいで荷物が増えてヴィヴィアンの不興を買ってしまったがそれはまたの別の問題である。


「イデアは今まで料理はしてこなかったのですか?」

「うーん、塔にいた時も賢者フルルの魔術人形(ドール)が作ってたしその前はメイドたちが作ってたからした事はないわね」

「その言い方ですとイデアは貴族ということになりますよね」

「あー、話してもいいけど長くなるから今は遠慮させて欲しいわ」


イデアが自分について話すのを避けているのはアルレルトも感じていたが、たまには踏み込んでみることにした。


「俺は過去を打ち明けました、イデアも少しくらいは教えてくれてもいいのでは?」

「うっ、実家とは仲が悪いから家のことは話したくないのよ。賢者の塔にいた頃の話ならしてもいいけど…」

「是非教えてください」


珍しく押しの強いアルレルトにイデアは頬を赤らめつつも修行時代の話をし始めるのだった。


◆◆◆◆


食事をお開きにした後はアルレルトたちは寝床に入り、ネロとイデアは就寝した。


光苔(ライトモース)の貯めた魔力を吐き出すという性質上、光が弱まって辺りは薄暗くなり夜のようになる。


そしてアルレルトは寝床には入らず起きていた。


「アーネも寝ていいのですよ?」

「(ううん、アル様が寝る時に一緒に寝る。それまで起きてる)」

「そうですか、俺としても話し相手がいるのは助かります」


トビリスの姿で肩に乗るアーネと話しながらアルレルトは黒鬼を手入れしていた。


「アーネはネロのことをどう思いますか?」

「(小さいけど探索役(シーフ)としては優秀、アル様は?)」

「概ねアーネと同じ意見ですが一度共に偵察した時に感じたことですが彼女はどこか必死に見えました」

「(必死?、迷宮(ダンジョン)を攻略することに?)」

「いいえ、そうではなくもっと単純な理由な気がします。理由の詳細は分かりません、それに俺たちだって全ては話していませんからね」

「(隠し事があるとしても責めれない?)」

「はい、それに人間なのですから後暗いの一つや二つはあると思います。結局は現状維持しかありません」


初めて会った時からネロのことを怪しいと感じているアルレルトだったがそれが今下した決断だ。


ネロの目的が分からない以上深入りはできない。


せっかく現れた探索役(シーフ)でもあるのでいなくなられては困るので大迷宮(ラビリンス)のことを話すタイミングも重要だ。


「変わらずアーネはネロをそれとなく監視してください」

「(分かった、イデアに伝えなくていいの?)」

「イデアも気づいていますよ、でも彼女は懐が深いので気にしていないだけです」

「(器が大きいのか、バカなのか)」


アーネの評価にアルレルトは軽く吹き出してしまった。


「とりあえずそういうことで、ネロの話はこれで終わりにして明日に備えて寝ましょう」

「(うん、おやすみアル様)」

「はい、おやすみなさい」


アルレルトは黒鬼を鞘に納め、アーネと共に寝床に入るのだった。




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