三十三話 奇襲と嫌な予感
六人の冒険者を殺した魔獣の存在が示唆されたがリーダーであるイデアが下した決断は進むことだった。
「待ってよリーダー、六人の冒険者を殺した魔獣がいるかもしれないのに進むの?」
「そうよ」
ネロの疑問にイデアは端的に答えた。
「いくらアルレルトやリーダーがいるからって過信しすぎじゃないかな!」
「落ち着きなさい、ネロ。単純に撤退する危険と進む危険を天秤に掛けた結果よ」
首を傾げたネロにイデアは魔獣の気配がないことを確認して、説明することにした。
「今の私がいる階層は十四階層、地上に戻るには時間が掛かるし例の魔獣と遭遇する危険もある。対して進むという選択をすれば例の魔獣に遭遇する危険は変わらないけど一階層下の安全階層である十五階層に行けるわ」
十五階層が魔獣が出現しない安全区域であることは有名な話で冒険者たちの休息場に使われている。
現状のアルレルトたちの目的地も十五階層だ、それを考慮すればイデアの進むという判断には説得力があった。
時間という点に置いてもイデアの判断を後押ししていた。
「十四階層もそれなりに進んでいますし俺はイデアの判断に賛成します」
「ありがとう、アル」
イデアの判断に修正するところはなく、アルレルトは直ぐに賛成した。
「…確かにリーダーの説明には説得力があったよ、今は戻るより進んだ方が良いことは分かったけど未知の魔獣と遭遇した時はどうするの?」
「遭遇した時戦うか逃げるかの判断はアルに任せるわ」
責任重大とも言える仕事を任せてくれたイデアにアルレルトは首を傾げた。
「俺が判断を?」
「アルが戦えると思ったら戦って討伐する、無理だと思ったら撤退する、アルの魔獣との戦闘経験を信じるわ」
アルレルトは幼い頃から魔獣が住まう森で暮らしてきた男だ、パーティーの中では最も魔獣との戦闘経験が多い。
イデアはそんなアルレルトの戦闘経験に頼ることにした。
「イデアが信じてくれるなら俺も最善を尽くします」
「お願いね、陣形は変えずになるべく速く十五階層に行くわよ」
イデアの発言にヴィヴィアンを除いた皆が頷き、未知の魔獣が潜むであろう迷路を再び進むのであった。
◆◆◆◆
「リーダーは随分信用してたみたいだけどアルレルトはどれだけ魔獣と戦ってきたの?」
警戒を怠らず、慎重に進むアルレルトたちだったが、先頭を歩くネロがふとそんな風に話しかけてきた。
「罠を警戒しながらお喋りできるのですね」
「うぐっ、気になるんだから仕方ないでしょ!、私たちの命をアルレルトが握っているようなものだし」
痛いところを突かれたという顔をしたネロだったが、言っていることには納得できた。
実際話しながらでもきちんと警戒はしているようだったのでそこには触れず、素直に答えた。
「森育ちと言えば分かりますか?」
「はっ!?、森育ち!?、魔獣の巣窟なんかで育ったの!?」
「はい」
ネロは目の前に立つアルレルトがとても魔獣が巣食う森で育った人間とは思えず何度もアルレルトの全身を見回した。
「集中してください、どこに罠があるのか分からないのですよ」
「分かってるよ、アルレルトがとんでもないこと言ったせいだよ」
小声で呟かれたネロの言葉ももちろん聞こえていたが、アルレルトは特に指摘せず警戒を続けた。
「グルゥ」
「ヴィヴィアン?」
そんな二人の様子を眺めていたイデアは突然ヴィヴィアンが止まって、首を後ろに向けたことに怪訝な顔をした。
声を掛けても反応を返さずただただ後ろを見るだけなのでイデアも後ろを向いて、魔術で索敵した。
そんな後ろの様子に前衛たちが気付くのと同時にイデアの索敵魔術に高速で動く何かが引っかかった。
「グルルルゥ!!!」
「後ろから…!?」
唸り声をあげたヴィヴィアンに反応する暇もなく、イデアの視界に物凄い速度で迫ってくる魔獣が見えた。
おそらくは魔虫であろうがその大きさはイデアの知識にある魔虫とは違い、明らかに巨大で通路一杯に羽を広げて、高速で突っ込んできた。
「ギュイイーー!!」
「グルルルゥ!!!」
イデアが魔術を撃つよりも速く突っ込んできた巨大な魔虫に対して荷物を抱えるヴィヴィアンが正面からぶつかった。
鈍い音が響き、何かが潰れる音が聞こえてきた。
無論ヴィヴィアンが巨大な魔虫を爪で引き裂いて、潰した音だった。
「イデア!、まだ来ます!」
「分かってるわ!」
イデアの索敵魔術に引っかかったのは一匹だけではなかったのだ。
その予想通り、眼前に巨大な魔虫が迫っている。
「"魔散弾"!!」
黒杖から放たれた魔弾が巨大な魔虫を穴だらけにして絶命させた。
迫ってくる遺骸をもう一方の白杖から放った風魔術で弾き、直ぐに後ろにいた別の巨大な魔虫にぶつけた。
「ギュイイ!?」
「"魔散弾"!」
再び同じ魔術で遺骸ごと巨大な魔虫を穴だらけにした。
「アル様!、正面からも魔獣!」
「何!?」
イデアの援護に向かおうとしたアルレルトの足をアーネの一言が縫い止めた。
振り向くとイデアとヴィヴィアンが戦っているのと同じ巨大な魔虫が接近してきていた。
「くっ、ネロ!、ヴィヴィアンの背後に!、アーネ、一緒に迎え撃ちますよ!」
「うん!」
アルレルトの言葉に頷いたアーネは両手両足をついて四足歩行になった。
獣の力によって最速で巨大な魔虫に突撃する算段だった。
「ふんっ!」
「"神風流 斬風"!」
最初の魔虫をアーネが粉砕し、次いで襲ってきた魔虫にアルレルトの斬撃が斬り落とした。
地面の染みになった魔虫の遺骸を踏み潰して、アルレルトとアーネは前に出た。
視界に映る魔虫の数は奥から飛んでくるのも含めて五匹、アーネは四足歩行のまま壁を走った。
「"神風流 大風"!」
アルレルトは迫る魔虫を強烈な上段斬りで両断し、さらに迫ってくる魔虫を横からアーネの蹴りが炸裂した。
アルレルトとアーネの華麗な連携によって五匹の巨大な魔虫は瞬く間に殲滅された。
「っ!、ネロ!」
気がほんのわずかに緩んだ隙をついたように頭上を移動する魔獣の気配を感じ、アルレルトは叫んだ。
アルレルトとアーネの二人をやり過ごした巨大な魔虫は天井から真っ直ぐネロに飛びかかった。
「くそっ!」
すぐに魔獣に気付いたネロは悪態をつきながら横に跳んで巨大な魔虫の顎を回避した。
「よくやりました!」
躱したネロを褒めながら放たれたアルレルトの突きが巨大な魔虫の胸を貫き息の根を止めた。
「アル様!、魔獣の数が多い!」
アーネの声に振り向くと、再び複数の巨大な魔虫とアーネが戦っていたが形勢は不利に見えた。
「っ!、イデア!」
「任せて!」
後方から迫ってきた魔獣を殲滅したイデアはアルレルトの声に振り向き、二本の杖を構えた。
「"炎嵐"!」
トビリスの姿に戻り撤退したアーネを抱き締めると、イデアの魔術が放った炎の風が通路一杯に満ちて、魔獣を焼き尽くした。
残ったのは炭化した魔獣の死骸だけである、一息ついたアルレルトは黒鬼を鞘に納めた。
「皆、すぐに移動よ。一刻でも早く十五階層に行かないと行けなくなったわ」
イデアの声音は緊迫感に満ちており、ネロはすぐに立ち上がりアルレルトとアーネも前衛に戻った。
「ヴィヴィアン、血を落とすからじっとしてて」
「グルゥ?、グルゥ」
イデアは魔虫の体液で汚れたヴィヴィアンの体を魔術で綺麗にする間、荷物が無事なのを確認した。
(私たちが通ってきた後方から魔獣が現れるなんてありえない、唯一の可能性はアルたちが気付かないほどの隠形で隠れていた場合だけど魔獣が人間を待ち伏せするなんて有り得るのかしら?)
常識で考えればありえない、しかし現実に魔獣は後方から襲ってきた。
ヴィヴィアンがいなければほとんど確実に不意打ちを食らっていたであろう。
「イデア、行きましょう」
「ええ、後方の警戒は私がするわ。アルたちは前方を警戒してちょうだい」
「お任せを。イデア、顔色が少し悪いですよ?」
「えっ?、そんなに顔色が悪かったかしら?」
魔獣が後方から襲ってきたことを考えていたせいだろうか、そんなことを思いながらイデアは自分の顔を撫でた。
「はい、気休め程度ですが深呼吸してみては?、気分が落ち着きますよ」
「やってみるわ、フゥー、ハァー、フゥー、ハァー」
ゆっくりと空気を吸ったり吐いたりしていると気分が落ち着き、思考を覆っていた焦燥感のようなものが消えた気がした。
「落ち着いたわ、ありがとう、アル」
「この程度お易い御用です」
感謝を告げると優しく微笑んでくれたアルレルトを見て胸の奥が温かくなった気がしたが、イデアは切り替えた。
「出発よ」
嫌な予感を消えないが、アルレルトのお陰で焦りは消え、イデアは目の前のことに集中するのだった。




