三十一話 攻略開始と頼み
ネロを探索役としてパーティーに迎い入れた後のイデアの動きは早かった。
十階層に及ぶ密林迷路の詳細な攻略計画の立案やネロを含めたアルレルトたちの正確な布陣、そして緊急時の対処法などだ。
アルレルトは流石はイデア、と勝手に感心していたが逆にネロは酷く驚いていた。
「ここまで詳細な攻略計画は初めて見たよ」
「熟練者にそう言って貰えて嬉しいわ、でもこれはあくまで計画。迷路に入ったら何が起こるか分からない、臨機応変を心掛けてちょうだい」
「お任せを、どんな状況下であろうとも俺が切り開きます」
「ふふ、頼りにしてるわ」
アルレルトに微笑んだイデアはネロに目を向けた。
「迷宮攻略者の先輩としての知恵が欲しいわ、私の計画に付け足すことはある?」
「探索役に知恵を借りるの?」
「ええ、本格的に攻略するのが初めての私たちにとって誰の意見でも貴重よ、特に既に何度も迷宮に潜ったことのある人の意見は特別よ」
一瞬驚いたような表情をしたネロであったがイデアの言葉に納得して、意見を言い始めた。
「私の守りは最低限でいい、全滅の危機に陥ったら真っ先に逃げるから」
「なるほどね、それならいざという時にヴィヴィアンも前に出せるわ」
いとも簡単に逃げるという意見を受け入れたイデアにネロは丸くした。
「普通は怒るところだと思うけど?」
「怒らないわよ、ネロが私たちを気にする義理はまだないもの」
まだを強調したイデアの言葉にネロは何も反応を示さなかったが、アルレルトには彼女が嗤った気がした。
瞬きした後、ネロの表情に笑みはなかったのでアルレルトの勘違いかもしれないが。
「リーダーが気にしないなら私は何も」
それ以降はネロが何も意見を言わなかったので、会議を終わりにしてアルレルトたちは迷宮に向かうのだった。
◆◆◆◆
迷宮に入ると前に入った時と同じでアルレルトとアーネの力によって、一階層から十階層の道のりを半刻ほどで踏破した。
「正直驚いてる、こんな短い時間で中層まで来たのは初めてだよ」
「当然ね、アルレルトとアーネの力があれば浅層の魔物は敵じゃないもの」
「はい、ここまでは前と一緒です。ネロ、出番ですよ」
野営の道具やら何やらの荷物を背負わせているヴィヴィアンの真後ろにいるネロに視線を向けた。
「守ってもらった分の仕事はするよ」
アルレルトに急かされたように前に出たネロを先頭にアルレルト、アーネの二人が横に並んで背後を守り、その後ろにヴィヴィアン、さらにその後ろにイデアという陣形で初めて"密林迷路"に足を踏み入れた。
"密林迷路"は浅層と違って、周囲の壁は石ではなく怪しげな木々が折り重なるように作られ、進む度に道が枝分かれする文字通りの迷路だ。
木々の壁は硬いがアルレルトの腕なら斬れる、しかし斬ったところですぐに再生し元通りになった。
「物凄い再生力です、迷宮の力ですか」
「迷宮恒常性と言うやつよ、それより別れ道みたいだけどどっちへ進むの?」
アルレルトの独り言に答えたイデアは別れ道を前にしてしゃがんでいる先頭のネロに声を掛けた。
「どっちもすぐ近くに罠はないからリーダーが決めてよ」
「どっちへ行こうとも下の階層へは行けるのよね?」
「うん、十五階層を越えるともっといやらしくなるけどここ十一階層では別れ道で迷うことはないよ」
ネロの答えに満足して頷いたイデアは右の道を選択した。
変わらず罠を警戒するネロを先頭に進もうとして、すぐに後ろに下がった。
「魔獣が来るよ!」
「承知しています!」
ネロに言われるまでもなく接近に気付いていたアルレルトは黒鬼を抜いて、下がったネロを追い抜いて前に出た。
すぐに視界に飛び込んできたのは触手を器用に使って地面を疾走する花の魔獣だった。
「悪化花!!、アーネ!、突っ込んじゃダメよ!」
「っ!」
イデアの警告に足を止めたアーネはアルレルトが数匹の悪化花を斬り裂いたのが見えた。
「むっ!」
斬り裂いた花の魔獣の体が爆発し、黄色い花粉が噴出したことに瞠目した。
即座に後ろに跳んで避けたアルレルトは直接斬るのは危険度が高いと判断し、遠距離攻撃に切り替えた。
「"神風流 天刃"!」
瞬く間に放たれた複数の空飛ぶ斬撃が次々と悪化花を切り裂き、花粉を撒き散らして爆散させた。
魔獣を全て撃破したのを確認したアルレルトは警戒はしつつも黒鬼を鞘に納めた。
「ネロ、怪我はないですね?」
「……当然よ」
アルレルトの動きを見ていたネロは一瞬遅れて、答えた。
「悪化花の爆裂花粉を初見で対応するとは流石ね」
「ありがとうございます」
褒めてくれたイデアに頭を下げて、アーネに声を掛けた。
「アーネも怪我は?」
「ない、イデアに止められた」
「なるほど、相性が悪い魔獣とは戦わないのは賢明です。まだまだ先は長いですからね」
「うん、アル様の足を引っ張らないよう頑張る」
尻尾を勢い良く振るアーネの頭を撫でて、可愛がりつつイデアの号令で再び行軍を再開した。
その後、何度か悪化花との戦闘があったがアルレルトの獅子奮迅の活躍と時折放たれるイデアの援護魔術のお陰で特に苦戦することなく進んだ。
「止まって、この先に罠がある」
「「!!」」
ネロの言葉で一同は歩みを止めた。
「解除は?」
「簡単な罠だから解除に五分も要らないよ」
「分かったわ、周囲の警戒を厳にして」
イデアの号令で警戒しつつも、ほとんどの不意打ちには反応できるアルレルトはネロの解除作業が気になった。
「見ても面白くないと思うけど?」
「いいえ、どういった罠か、気になって…」
「変なことが気になるんだね、この罠は感知型の罠で何も知らずに上から踏むと…」
ネロが目の前の地面を叩くと、左右の壁、正確には壁に咲く小さな蕾から無数の種が放たれて地面を叩いた。
無論ネロはすぐに腕を引いたので当たっていない。
「殺傷性は低いけど当たったら痛いしそこを魔獣に襲われたらたまったものじゃないよ」
喋りながら短剣で地面をほじったネロは何かを見つけて、短剣で切りつけた。
「解除完了だよ」
確認の為にネロがもう一度目の前の地面を叩いたが、種は射出されなかった。
「進みましょう」
イデアの言葉に頷いて、アルレルトたちは先程と同じ陣形で歩き出した。
散発的な魔獣の襲撃や罠に足止めをくらいつつも迷路に迷うことなく、下の階層の向かう階段を発見した。
「私は斥候の為に降りるよ」
「お願いするわ、アル、念の為貴方も一緒に降りてちょうだい」
「了解です」
イデアの指示に従いアルレルトはネロに付いていった。
階段を降りる時、ネロは無言だったので周囲を警戒していると登ってくる冒険者たちとすれ違った。
皆一様に消耗しており地上へ帰還途中なのは一目で分かった。
「言うまでもないと思うけど迷路は下に行けば行くほどキツくなる、罠も殺傷性が高くなっていく、冒険者パーティーが壊滅するのは珍しくない」
冒険者たちと完全にすれ違うと突然ネロが口を開いた。
「何が言いたいのですか?」
「言いたいことはたった一つだよ、壊滅もしくは半壊した冒険者パーティーを見つけても助けないで欲しい、私の命に関わる」
ネロの目は真剣であり、冗談を言っている雰囲気でもなかった。
「なるほど、しかし何故それをイデアではなく俺に?」
「リーダーは何かの目的へ邁進してる、その為に何でも犠牲できる人だと思う。人獣はお前のこと以外無関心、そしてアルレルト、お前は強いよ。それは悪いことじゃないでも強い奴は何でも守ろうとするんだよ、お前は瀕死の冒険者たちを見た時見捨てられると断言できるか?」
小人なのにとても重厚感のある声音で問うたネロの表情はやはり真剣だ。
アルレルトにはネロが他人の命を過度に気にする者を嫌っていることだけは分かった。
そしてその問いに対する答えは自分の中で存在している。
「俺はネロが思っているほど強くはありません、だからせいぜい守れるのはこの手に届く大切な人の命だけです」
恩人である大切な師匠すら助けることが出来なかった俺にはそれが限界です。
ネロは師匠のことを知らないので口の中で留めたが、アルレルトは本心からそう思っていた。
「ネロの心配は杞憂です、俺は全ての人を助けられるほど強くはありませんから」
怪訝な表情するネロには全ては伝わっていないだろうが、おそらくネロの知りたいことは伝わった筈だ。
「早く斥候を済ませて戻りましょう」
「うん、なんか変なことを聞いてごめんね」
「謝る必要はありません、ネロにとって必要なことだったのでしょう?」
「う、うん。ありがとう」
ネロの感謝の言葉は小声だったがしっかりとアルレルトの耳には届いていた。