百五十一話 三点突破と滅亡
「イリドラさん、アルとレイシアの力で何をするのか教えて欲しいわ」
「その前に殿下に杖を向けたことを謝罪するべきですわ」
「必要ない。手を組む相手の実力がどれほどか、試すのは当然だ、それに俺は気にしていない」
「それは…殿下がそういうのでしたら」
ヘイラートに諭されたイリドラは語気を収め、切り替える意味を込めて咳払いを挟む。
「コホン、この作戦は殿下が提案したものです、作戦内容は単純明快、殿下、アルレルトさん、レイシアさんの三人による三点突破で軍勢を貫き、階層主の首を取る、これだけですわ」
「私も人のことをとやかく言う立場じゃないけど、作戦と呼べるすら怪しい作戦ね」
「ヘイラート兄上らしい脳筋な作戦ですね」
「アルとレイシアはどう思う?」
一見ふざけた作戦に聞こえるが、大概常識をはずれている連中ばかりなので、皆の目線は自然とアルレルトとレイシアに集まる。
「"天衣無縫"が使えないとなると少々厳しいですが、大丈夫ですよ」
「ん、大丈夫」
「マジか、お前ら、あの大軍勢相手に三人で挑むんだぞ?」
「三万体を相手にするのはさすがに無理ですが、何も正面から戦うわけではないですから」
「ネロ、別に殲滅する必要はない。大軍勢を率いるリーダーを倒せば私たちの勝ち」
「そうだ、俺たちは進む道を邪魔するものを斬ればいい」
「統率が取れた軍隊ほど指揮官が死ぬことによる影響は大きい、そしてここは"牛人王国"、王が死ねば国も死ぬ」
先人たちが"牛人王国"と名付けたのなら、その主である階層主は王と考えるのが妥当だ。
「正気の沙汰ではないのは自覚している、だが理性を捨てねばこの戦いには勝てない」
「ヘイラート王子、一つ聞いてもよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「貴方は何のために剣を振るうのですか?」
「恩返しだ」
ヘイラートは一切の淀みなく答える。
「恩返し…ですか?」
「ああ」
「それはいいですね」
問答を終えた二人は前に出て、レイシアも並ぶ。
「アル様、待ってる」
「はい、皆と一緒に待っててください」
アーネを下ろしたアルレルトは、一瞬イデアに目配せを送り、背を向ける。
「アル!、レイシア!、怪我して帰ってきたら承知しないからね!」
「はい」
「ん、分かった」
「殿下、お気を付けて」
「ああ」
ヘイラートの言葉は少ないが、イリドラにはそれで十分だ。
「「「ーーー」」」
三人はそれぞれ目を合わせ、同時に駆け出す。
空気を斬り裂く勢いで、走る三人は三方向に別れる。
「「「「ブォォォォォォォォ!!!」」」」
アルレルトたちの接近に気付いた牛人たちは命令を受け、一斉に走り出す。
三万体が一斉に走ることによる地響きと、威圧感は凄まじいものだが、三人は怯まない。
三人は石畳を踏み砕き、大きな跳躍を決める。
惚ける牛人たちを飛び越えて、降り立つ。
着地地点に血風が吹き荒れ、牛人の肉片が飛び散る。
「邪魔をするものは容赦なく斬り捨てます」
「死にたくなくば退け」
「挑む者は死に果てる覚悟をしろ」
三者の殺気が牛人たちに死を幻想させ、足をすくませる。
その瞬間、三対三万という絶望的な戦いが始まった。
威圧もそこそこにアルレルトはただ正面を睨みつける。
この先から感じるのだ、これまで戦った牛人らとは明らかに別種の気配が。
「"神風流 疾風"」
目の前の牛人の首を斬り落としたと思ったら、さらに三体の牛人の手足が斬れ飛ぶ。
首を無くした牛人を足蹴に飛び上がり、周りの牛人に唾を飛ばしながら醜く叫ぶ牛人に狙いを定める。
「"神風流 斬風"」
防御は間に合わない、指揮官と思われる牛人を一太刀で両断する。
アルレルトを阻める者はいない、多少手強い牛人もいるがアルレルトは正面から戦わず、ただ前を目指す。
この快進撃を行っているのはアルレルトだけでない、ヘイラートとレイシアも牛人の大軍勢を食い破るように突き進むが、誰もそれを止められない。
「マジで三万の大軍を相手にたった三人で戦えてるのか」
「王国騎士団が何故少数精鋭なのかを象徴しているかのような光景ですね」
「どれだけ数を揃えても強力な個には勝てない、この数の牛人は確かに脅威だけど私なら一分もかからず殲滅できるし」
「数は力ですが、それはある程度の質が伴っていればの話ですわ、それに今回の場合は大軍であることが仇になっていますわ」
「仇ってどう言う意味だ?」
イリドラの呟きに対するオリエの疑問にシルヴィアが答える。
「実力は横において三人の人間を倒したい場合、三万という数は多すぎるのですよ。オリエさんにわかりやすく説明すると、一人の患者を癒すために治癒師が一万人も必要だと思いますか?」
「いや、絶対にそんなにいらないだろ」
「はい、明らかに過剰でしょうし、患者に治癒魔術を掛けられない治癒師がほとんどでしょう、これでは一万人の治癒師という本来ならば絶大な力を持つ集団が突っ立ってるだけの案山子の集まりになってしまいます」
「あー、なるほどな。大人数の利を活かせてないってことか」
オリエは得心がいったとばかりに深く頷く。
「その通りです、絶大な力を持つ場合に限りますが精鋭に対して大軍は無力なのです」
皆が見守る中、三人の剣士は三万の大軍勢を貫いた。
◆◆◆◆
牛人の大軍勢を抜けた三人の目に入ったのは、他の牛人とは比べものにならないほどの巨体を持ち一目で業物と分かる戦斧を担ぐ牛人、そして武の達人と相対したようなこの威圧感、三人は確信する、この牛人こそ王だ。
「”天衣無縫”」
アルレルトの全身を暴風が包むもすぐに強力な迷宮の循環機構により、霧散してしまう。しかしアルレルトにはそれだけで十分だ。
「”神風流 斬風”!」
加速を得たアルレルトの一太刀は見惚れるほど素晴らしいが、牛人王は軽々受け止める。
アルレルトに表情に驚きはない、牛人王の好戦的な視線に撫でられながら戦斧を蹴って飛び退くと、ヘイラートの横薙ぎと死角からレイシアの袈裟斬りが襲う。
「”剣神流 絶閃”」
「”音無流 斬響”」
牛人王はヘイラートの剣撃をバックアップで躱し、レイシアの無音の剣を戦斧で受け止める。
その表情には微かな驚きがある、レイシアが剣を振るう僅かな時間に発せられた殺気を感じ取るまで、存在を捉え切れていなかったからだろう。
牛人王とレイシアでは前者の方が膂力で大きく勝る、牛人王の戦斧がレイシアを弾き飛ばしながら正面のヘイラートを狙う。
これに対しヘイラートは刃で受けた瞬間、石畳を蹴って力に逆らわず、逆にそれを利用してわざと弾かれて大きく後退する。
入れ違いでアルレルトが走り、飛ぶ斬撃を浴びせるが牛人王は器用に捌き切る。
牛人王は耳を劈くほどの咆哮を上げ、アルレルトに突進する。
即座に横に飛んだアルレルトの頬を暴風が撫で、後方にいた牛人たちが王の突進に巻き込まれ、挽肉になる。
振り向きながら突きの姿勢を取るアルレルトに対して、返り血に濡れた牛人王は戦斧を大上段に構える、迎え撃つ気なのが見え見えであり、アルレルトは口角を上げる。
「”風よ・吹け・風よ・祈れ・風よ・響け・風よ・渦巻け・風よ・我に力を与えたまえ”」
朗々と謳われる祝詞に牛人王は最大限警戒するが、何も起きない。
風が渦巻くこともアルレルトを中心に暴風が吹き荒れることもない、一瞬の静寂、牛人王は虚実かと考え、ほんの少し警戒を緩める、常人にとっては些細なものだがアルレルトにとってはそうではない。
祝詞を捧げることで周囲の精霊から力を借り剣を強化する”秘剣”は、本来であれば魔力が絶無であるこの空間では魔力生命体である精霊は存在できないため使用できない、ただし使用者本人に精霊が宿っている場合はその限りではない。
刹那暴風が吹き、アルレルトの姿が消える。
そして女王が手を貸してくれるなら、強化するタイミングもアルレルトが決められる。
「”神風流 秘剣・龍咆”」
牛人王が反応できたのはその実力に他ならない、牛人王は最初から王だったわけではない、数多に繰り広げられた同族同士の殺し合いを生き残り、死合いによって磨かれた武でもって王となったのだ。
それでも片腕と脇腹が吹き飛ぶことは免れなかった。
必殺の一撃を僅かに逸らすことが出来た結果だ、本来ならば土手っ腹に大穴が空き、一瞬で絶命していたはずである。
ただしこの傷が致命傷であることは牛人王にも分かる。
そんな彼の前にヘイラートが現れる。
「地上の王の血脈として感服した、故に全力でお前を斬る」
ヘイラートが纏う空気が一変する、研ぎ澄まれた抜き身の刃のような剣気が鳴りを潜め、無となる。
剣を構えもせずに下げ、何の感情も見えない表情でまるで散歩しているかのような気軽さで、ヘイラートは歩く。
その異様さに圧倒されて、牛人王はヘイラートの間合いに入ったことに、反応することが出来なかった。
「"剣神流 奥義 終剣"」
全てを終わらせる剣が彼の命のロウソクを斬り落とした。
牛人王が死んだことは誰かが伝えずとも、牛人たちの間に水を打ったように広がる。
最強の牛人である王が死んだ、つまり目の前にいるのは自分たちでは勝てない存在たちだ。
恐慌状態になった一人が逃げ出すと、牛人たちもそれに釣られるように蜘蛛の子を散らすように、逃げ出し、三万体の大軍勢は簡単に崩壊した。
最初の騒がしさは一切の鳴りを潜めて、三人はそれぞれ目を合わせて、血払いを済ませ、己の剣を鞘に納める。
三者三様の納刀が"牛人王国"の滅亡を告げた。




