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百四十九話 演技と分かれ道

《ゼフィロス》と別れた《タンタリア》は静かなもので、ある程度離れたことを確認したイリドラがヘイラートに話しかける。


「殿下、私の演技はどうでしたか?」

「ああ、上手かった」

「しかしシルヴィア殿下とイデアには気づかれていましたのでそれは申し訳ありませんわ」


平謝りするイリドラにヘイラートは首を横に振る。


「シルを欺くのは無理だ、イデアにしてもオリヴァー兄上の計略を見破った女だ、不思議ではない」


今から約一年ほど前に発覚した王族の記憶に新しき第一王子オリヴァー・ヴォルス・アルテイルによる謀反未遂事件、その裏に潜んでいた彼の計略もイデアは見抜いたのだ。


深い事情を知っている者は少ないが、その者たちの間ではイデアの聡明さは本人の自覚を超えて、広く知られている。


「まさか私は許さないって言って喚いていたのって演技だったのか?」

「ええ、そうですわよ」

「はぁ!?、ふざけんな!?、あの時私の心臓がどれだけの負担を被っていたのか知らないだろ!」


「オリエ、はしたないですわよ」

「おい!、アイシャも何か言ってやれ!」


いつも通りうるさいオリエにアイシャはため息を隠しつつ、あくまで冷静に話す。


「何故交戦する意思を見せた?、《ゼフィロス》の実力を欠片でも知りたかったから?」

「ええ、私が最も知りたかったのはそのメンバーの実力ですわ」


「メンバーの実力?」

「ええ、シルヴィア殿下やイデアさんのことは知っていますがその他の方のことは全くと言っていいほど知りませんもの」


「つまり情報収集の為に演技をしたと」

「その通りですわ」

「それで実力はどの程度分かった?」


「あの二人の剣士は間違いなく強者だ、俺の剣気に反応していた、特に男の方は俺の知らない剣術の使い手だ」

「王子様から見て強い剣士が二人も!?、《ゼフィロス》ってすげー」


「小人は探索役シーフでしょう、あとは荷物運びの従魔と愛玩動物、そういえばオリエは《ゼフィロス》の治癒師とは顔見知りだったようですが」


「ああ、あの人はサルース・リューラン、通称《聖人》って呼ばれてる世界最高の治癒師ヒーラーで私の師匠だよ」

「オリエの師匠だと?」

「そうだよ、王子様。あの人は私よりも数倍凄いぜ、王立治療院を設立したのも師匠だし王国で活躍してる治癒師は皆あの人の弟子だ」


「王立治療院の創設者、聞いたことはあるが実在していたとはな」

「王子様がそう言うのも無理ないな、師匠のやった事って傍から見れば嘘だと揶揄したくなることばかりだ、ただ弟子の私が断言する、師匠が成したことに偽りはない」


オリエにしては珍しい真面目な口調が、話の信憑性を示しているように感じられる。


「それほどの大物が何故冒険者の一員になったのですの?」

「私が知るわけないだろ、先生に聞いてくれ」


イドリラの疑問にオリエは肩を竦める。


「ふむ、殿下、《ゼフィロス》への対応は如何いたしましょうか?」

「全てリドに任せる」

「承知しましたわ」


◆◆◆◆


一時間ほどの休息を終えた《ゼフィロス》は再び攻略を再開するが、《タンタリア》が倒したのか血の匂いはしても、魔獣の気配はない。


「不思議だよな、死んだ魔獣の死体が塵になって消えるなんてよ」

「おそらく迷宮の循環機構でしょう」

「なんだそれ?」

迷宮ダンジョンについて研究している有名な学者の論文で読んだ仮説です」


「学者ってなんだ?」

「簡単に説明すると学問を追求する人たちのことですね」

「へー、それで循環機構って?」

「死んだ魔獣の肉体を魔力に変換して回収し、それを迷宮の修復や新たな魔獣を生むのに使う、その繰り返し、それが迷宮の循環機構です」


「正確な魔力の回収法や魔獣の繫殖方法が不明なのであくまで仮説の一つですが、かなり有力だと私は思いますね」

「頭が良い奴はいろんなことを考えてて凄いな」


聞いてきたのにネロはあまり興味はないようだ。


話が途切れたタイミングで、《ゼフィロス》は六本の通路が伸びる分かれ道に辿り着く。


すかさずネロが前に出て、罠の有無を調べる。


「あれ?、罠がない」

「ネロ、どうかした?」

「いや、罠がないんだ、誰かが解除したあともない」


「分かれ道で罠がないとなると」

「どっちへ行けばいいのか、分からないわね」


「こういう時冒険者はどうするんですか?」

「しらみ潰しに行くしかないな、時間はかかるけど一番確実だ」


「ふむ、イデア?」

「それしかないだろうけど妙ね」


「何が妙なのですか?」

「うーん、シルヴィア、地図を見せて」

「構いませんよ」


イデアはシルヴィアが作る立体的な地図と睨み合い、うんうんと唸っている。


「何か気になることでも?」

「ねぇ、シルヴィア、今まで分かれ道は最高でも三本までだったのに急に六本へ増えた理由は何だと思う?」

「考えられるのは構造上必要だったからということになりますが、その理由となると…」


二人の天才が頭を捻っても答えはなかなか出ない、その時警戒心を研ぎ澄ませていたアルレルトとレイシアが気付く。


「魔獣が来ます!」

「この足音はかなりの数!、六本のうち五本の通路から聞こえてくる」


二人の報告でイデアとシルヴィアの脳裏に閃きが走る。


「そういうことね!、皆左から二番目の通路に飛び込むわよ!」

「行かねば魔獣に囲まれてしまいます!」


指示に応えたアルレルトとレイシアはすぐに通路に走り、皆がその背を追う。


「イデア!、挟撃されますよ!」

「分かってる!、ヴィヴィアン、いざって時はお願いできる!?」

「グルゥ!」


任せろとばかりに頷くヴィヴィアン、そして先頭を走るアルレルトとレイシアが魔獣と接触する。


敵の正確な数は分からないが、とりあえず目の前の牛人ミノスへ斬りかかる。


鈍い金属音はアルレルトの剣と敵の槍が衝突した音であり、アルレルトの一太刀を受け止めたのは褒めるべきことだが、レイシアの刃は防げない。


槍を引き戻す時間を二人が待つはずもなく鮮血が飛び散り、牛人の首が舞う。


「ブルゥゥ!!」


首を刎ねたレイシアの頭をかち割ろうと、後ろにいた牛人の斧が降ってくるも、レイシアは半身で躱しすれ違いざまに首を刎ねる。


「”神風流 白虎”!」


アルレルトの大砲のような突きで、胴体に風穴が空いた牛人が吹き飛び、後続の牛人が幾体か巻き込まれて、倒れる。


「十、いやもっとですか」

「全部斬る」


アルレルトとレイシアが十を超える牛人と戦っているところへ、アーネとネロも参戦する。


「アーネ、任せます」

「うん、任せされた」


人獣化したアーネはアルレルトの背後を守りネロは縄付き短剣を投擲し、牛人がレイシアの背後に回るのを防ぐ。


「援護するぞ!」

「ん、お願い」


四人が激戦を繰り広げ、道を切り開く中イデアとシルヴィアは後方から迫る複数の牛人を感知する。


「百近いわ、ここでこの数を投入してくるなんて大迷宮の殺意が高いわね」

「その為のこの構造なのでしょう、六方向から牛人の大軍に襲われる、たとえ通路に逃げ込んでも挟撃される、後退すれば勝ち目が消える、唯一幸いなのは《タンタリア》が進んだお陰で六方向から五方向に減ったことでしょうか?」


「それも楽観視できる理由にはならないわね、それより私は《タンタリア》が回避した方法が知りたいわ」

「おそらく音か魔力のいずれかを隠蔽したのでしょうが、今は言っても仕方ないですよ」

「分かってるわよ」


二人が魔術を放つと、黒炎と黒雷が通路に満ちて迫ってきていた牛人たちが肉片一つ残さず消え去る。


「面倒くさいわね、全軍投入しくれればまとめて掃除できるのに」

「全く同感ですね」


二人は引き続き、警戒しながら前方へ意識を向ける。


前方ではアルレルトとレイシアが一際大きな二体の牛人ミノスと戦っていた。


「ブルルルゥアアア!!」

「"神風流 辻風"」


普通の人間であれば即座に挽肉になるであろう牛人ミノスの猛連撃とアルレルトの剣が激しく打ち合う。


力では己を上回る牛人を相手に、アルレルトは後退を強いられる。


ニヤリと嗤った牛人にアルレルトも口角を上げる。


「"神風流 天刃"」


ほとんど予備動作無しに放たれた飛ぶ斬撃に、牛人は驚き、硬直を強いられるも身体は勝手に動き、両手に持つ手斧で斬撃を防ぐ。


視界が制限される一瞬の隙をアルレルトは逃さない。


刹那の間に懐に飛び込んだアルレルトの刃が閃く。


「"神風流 薙風なぎかぜ"!」


漆黒の刃が胴体を水平に斬り裂き、牛人を一撃で絶命に至らす。


鮮血が噴き出し、元々返り血で汚れていたアルレルトはそれが自分に降りかかる前に、残った下半身を蹴り倒す。


チラリと横を見ると、レイシアが牛人を袈裟に斬り捨てたところだった。


周囲の気配を探り、敵が消えたことを確認したアルレルトは血振りを済ませて、黒鬼を鞘に収める。


鯉口の響かせる鋭い音が戦いの終わりを告げた。


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