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百四十八話 《タンタリア》と交渉

銀髪金眼の剣士が放った一言で、《ゼフィロス》と《タンタリア》の間に一瞬緊張が走るが、すかさずシルヴィアが前に出る。


「お久しぶりです、ヘイラート兄上、お元気そうで何よりです」

「その声は…シルか?」


銀髪金眼の剣士ヘイラート・ヴォルス・アルテイルは予想していなかった人物の登場に目を開いて驚いてるように見えた。


「はい、こうして言葉を交わすのは五年ぶりですか」

「そうだな、元気そうで何よりだ」


ヘイラートは剣を鞘に納め、警戒を緩める。


「シルがいるのならばひとまず敵ではないのだろう、リド、あとは頼む」

「はい、承りましたわ、殿下」


ヘイラートと入れ替わる形で、斥候シーフと思われる黒髪と眼鏡が特徴的な女性が前に出てくる。


「ご機嫌よう、私は《タンタリア》の副リーダーを務めているイリドラと申しますわ、シルヴィア殿下を含め皆様とお会い出来たこと嬉しく思います」


「私たちは《ゼフィロス》、私がリーダーのイデアよ」

「イデアのことは存じておりますわ、過去に一度だけお話しましたから」

「ええ、そのことは私も覚えてるわ」


「それは嬉しいですわね、ここまで降りてくるのは大変だったのではありませんか?」

「それはわざわざ私が言わなくても分かってるんじゃない?」


何故かは分からないが先程ヘイラート王子と対峙した時は別種の緊張感が漂い始めている。


「イリドラさん、無駄な前置きは止めて正直に話しましょう、私たちは大迷宮ラビリンスの最下層に到達したいのであって、初踏破が目的では無いわ」

「ほほう」


眼鏡越しにイリドラの目が興味深そうに細められる。


「なるほど、それは何とも都合のいい話ですわね、最下層を攻略した殿下たちを後ろから刺さないという条件付きでなければ諸手を挙げて喜んでいたところですわ」


やはりそれを警戒するかとイデアは相手の言い分に納得する、何故ならイデアがイリドラと同じ立場であった場合同じように考えるからだ。


二つのパーティーが狭い迷宮で鉢合わせた場合、まず先に警戒しなければいけないのは自分たちの手柄を横取りされないかどうかだ。


せっかく自分たちが苦労して倒した魔獣を奪われては冒険者にとっては死活問題である。


特に監視の目が限りなく低い迷宮ダンジョンではその可能性が限りなく高い。


理由は少し違うがイデアたちもバーバラの迷宮で一度同業者であるはずの冒険者たちに襲われている。


故にこの主張を崩すのは中々難しい、相手が決めつけていることを覆すのは大海原で水滴を見つけるようなものだ。


論点をすり替えたり、逆に感情を顕にするのは悪手だろう、イリドラの的はずれな疑惑を深めるだけだ。


こういう時は誠実に話すしかないと考え、イデアは口を開く。


「イリドラさん、私は親友との約束を果たす為にここにいるわ、それは世界三大秘境を攻略すること、貴方が私たちを疑おうが関係ないわ、邪魔するなら推し通るまでよ!」


そう言ってイデアが杖を抜くと、すかさずイリドラの後ろに控えていた魔術師も杖を抜く。


「待つのですわ、アイシャさん」

「イドリラ?」

「申し訳ないですわ、イデアさんたちに対して穿った見方をしてしまったのですわ」


イリドラは美しい所作で頭を下げる。


「人の目とは口よりも雄弁にその人のことを教えてくれますわ、私はイデアさんの目を信じ先程の主張を信じるのですわ」

「ありがとう、分かってもらえて嬉しいわ」


イデアが杖を戻すと、アイシャと呼ばれていた《タンタリア》の魔術師も杖を控え、緊張感が薄まった。


「しかしこうして二つのパーティーが相対した以上、どちらが先に進むか決めないといけないのですわ」

「それはもちろん、先に攻略してた《タンタリア》の方でいいわ」

「それは駄目ですわ、私の殿下は他人に譲られることを是とは致しませんわ、仮にも王の血を引く者ですもの」


「ヘイラート兄上は気にしないと思いますが?」

「殿下が気にしなくとも私が気にするのですわ!」


この言葉でイデアは察してしまう、イドリラはヘイラートの熱狂的な臣下だ。


今のように臣下が主君のことを思って暴走することは稀にあることではある。


それを防ぐのは主君や他の臣下の役目のはずだが、ヘイラートは特に何も言わないし、他のパーティーはメンバーの二人はよくある事なのか頭が痛そうにしている。


「イドリラ、彼女たちと争うのは不味いと思う」

「そ、そうだ!、今まで喧嘩を買ってきた奴らとは格が違うぞ!」


「あれ?、その声はオリエ君かい?」

「うぇ?、えぇ!?、どうして先生がこんなところに!?」


サルースにオリエと呼ばれた白衣の魔術師は酷く驚きを露わにして、大声をあげる。


「先生、知り合いか?」

「うん、私の優秀な弟子の一人だよ、こんな場所で会うとは思ってなかったけどね」


ネロは混乱して喚いているオリエに同じ波長を感じて、同情する。


(ぶっ飛んでるヤツらに付き合うのは大変だよな)


なおそんな彼ら、彼女らに付き合えている時点で自分も大概ぶっ飛んでいることについてはネロに自覚はない。


「アイシャ!、オリエ!、二人は私の味方をするべきではないですの!?」

「状況を見て、ここは素直に相手の要請を受けるべき」

「私だって死体を癒すのは無理なんだからな!」


ぎゃあぎゃあと《タンタリア》の面々が言い争いを初めてしまい、収拾がつかなくなると思いきや、突然ヘイラートが歩き出す。


「殿下!?、何処へ?」

「行くぞ」


それだけ言い残して立ち去ろうとするヘイラートに慌ててついて行く三人だが、突然ヘイラートは立ち止まり、こちらへ振り向く。


「シル、皆は壮健か?」

「はい、私たちは魔人になど負けません」

「そうか」


短い一言には安堵が込められていることをシルヴィアは感じ取り、今度こそ《タンタリア》は迷宮の奥へと去っていった。


「貴女たち王族で揃いも揃って感情の表現が下手くそ過ぎない?」

「うるさいですよ、素直な人より面白みがあると考えれば良いのです」

「付き合う側になってみなさいよ」


ともあれ《タンタリア》は言ってしまったので、《ゼフィロス》はここで小休止を挟むことにした。


「《タンタリア》のことは結局分からなかったな」

「あの様子だと敵対することはないだろうから安心しなさい」

「この面子を相手に喧嘩を売る奴とかただの死にたがりだろ」


そういう意味ではパーティーが結成される前に戦ったネロは手加減してくれたアルレルトに感謝しなければならないのかもしれない。


「先生はオリエさんという方が弟子だと言っていましたが、どのような人なのですか?」

「オリエ君は優秀な子だよ、ただ性格は治癒師向きではなくてね、とても面倒くさがり屋でだらけ癖がある子だよ、優秀なんだけどね」


サルースに二回も優秀と言われるとはオリエという治癒師はどうやらかなりの腕を持っているようだ。


「それなら魔術師の方は?」


レイシアがイデアとシルヴィアの二人に聞く。


「知らないわ、長杖を持ってたしシルヴィアは知らないの?」

「アイシャという名前には聞き覚えはありませんね、偽名という可能性も否定できませんがそもそも魔力自体に覚えがありません」


「王女様が知らない魔術師か」

「別に珍しくないですよ、全てのアルテレス派がレーベンで活動しているわけではありませんから」

「あのクソ都市が嫌いって輩は少なくないってことね]」


「二人から見て彼女は強そうですか?」

「魔力量は一般的な魔術師より少し多いくらいだったけど魔力量の多寡だけでは魔術師の実力は判断できないし、直接魔術を使ってるところを見ない限り何とも言えないわね」


「私も概ね同じ意見ですが、彼女はアルテレス派の魔術師らしくないですね」

「何かそう思う根拠でもあるのか?」

「ないですよ」

「は!?」


想像の斜め上の言葉にネロは素っ頓狂な声を上げる。


「うふふ、ただの勘です」

「勘って」


そんな見え見えの誤魔化しをする意味が分からないが、イデアが特にツッコまないのでネロは流すことにした。

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