百四十四話 門番と魔術跳躍
「邪魔よ」
「邪魔です」
イデアとシルヴィアの二人は、襲ってくる植物獣共を魔術で、撃ち殺す。
『シルヴィア、皆をお願い』
『リスクがありますよ』
『敵の方が臨機応変に対応してるわ、負傷したアルたちにトドメを刺すためにわざわざ隠していた植物獣を使ったくらいね、ここで行動しないと後手に回され続けるわ』
『…いいでしょう、ただし敵の実力は未知です。全力を出すことをお勧めします』
『そんなの言われるまでもないわ!』
背に乗せたネロをシルヴィアが創った雷の手の上に転移させたイデアは本気を出す。
「"第一魔鎖限定解除"」
魔力を解放した瞬間、イデアは第十階層の最下に転移する。
その瞬間、閃光がイデアを貫くと思われたが、貫かれたイデアの身体が霞のように消える。
さらに無数のイデアが転移してくるが、その全てを閃光が撃ち抜くが、一人のイデアが空間魔術で敵に返すと、何かを撃ち抜いた感覚を覚える。
一瞬やったかと考えるイデアだったが、魔力で周囲を索敵し、その甘い考えをすぐさま捨てる。
「その狂奔な魔力、限界を突破しているのか?、それにしては巨大だ」
イデアを睥睨するのは、無数の人間、否、これは人間などでは決してない。
巨大で分からなかったが、よく見ると蜘蛛のような八本脚で迷宮に張り付いている、その上に何人もの人間の上半身が生えている。
「よく見ろ、杖が二本、それに純白のローブ、《双杖》だ」
「《双杖》?、こんな地の底に何の用事?」
「知らん、俺らには関係ないだろう」
複数の人間が口々に話すが、不思議なのは全員が同じ声色であることだ。
「お前はローデス派の魔術師ね」
イデアは一番最初に話した人間に話しかける。
「ほう、察しがいい。《双杖》という見立てには誤りはなさそうだ」
「名乗ることを許すわ」
「名乗るほどの名はとうに捨てた、今の俺はただの門番、ガードナーとでも呼ぶがいい」
「ガードナー、お前はローデスの弟子よね?」
「そうだ」
ガードナーは一切の逡巡なく、あっさりと認める。
「俺がここで門番をやる理由に察しはついたか?」
「ええ、大体ね」
「それならばもう問答は無用だな」
イデアの顔面を閃光を襲うが、イデアは転移で躱す。
「私はイデア、お前にはここでくたばってもらうから!」
「やって見ろ、俺すら倒せないのならばこの先に行く資格はない」
閃光の雨がイデアを襲い、全てが狂いなくイデアを狙っている。
(本体はあいつ、残りは分体ね!)
イデアは空間魔術を発動するが、全ての閃光が空間の穴に吸い込まれる前に、曲がる。
「!?」
瞠目したイデアは、即座に転移し、背後からの閃光を躱す。
(もう対応してきた!、応手が速い!)
イデアとて負けてられない、複数の空間魔術の穴を展開する。
防御にしては稚拙な行為にガードナーを訝しむが、空間の出口がこちらに向いていることに気付き、イデアのやろうとしていることを思いつく。
「"赫風刃"!」
赤き風刃が周囲の空間の穴に吸い込まれると、あらゆる方向から、ガードナーたちへ赤き風刃が降り注ぐ。
魔術障壁が切断されて、一体の分体が斬られた時点で、防御は不可能だと悟ったガードは何人かの分体を盾にして、狙撃魔術を発動し、イデアを狙う。
魔術障壁を重ねがけして、防御しようとするイデアだが、ある時のアルレルトの言葉が脳裏を突き抜ける。
『自分の魔術を過信してはいけません!』
攻撃を中断したイデアは、転移魔術で射程圏から逃れる。
「やっぱり威力を抑えていたわね」
空振りした狙撃魔術は、迷宮の壁に巨大な風穴を穿っていた。
おそらくイデアの魔術障壁でも完全には防げずに、貫通し、致命傷を負っていた可能性がある。
イデアは内心アルレルトに感謝する。
(ありがとう、アル)
防御ではなく回避を選んだイデアに、ガードナーは少し驚いてるように見えたが、構わず複数の分体が、閃光を放ってくる。
イデアは飛行魔術に魔力を注ぎ込み、左右に激しく動く。
的を絞らせない動きだ、それを行なうと同時に無数の雷の砲塔を作り出す。
「撃ち合いが望みか、良いだろう。"遠撃光射"」
「"電磁魔弾砲"」
閃光と雷で加速された魔弾が、空中で激しくぶつかり合い、相殺された影響で眩い魔力の光を放つ。
思わぬ副産物に、暗視の魔術越しでは目が灼かれると判断したイデアは暗視の魔術を切る。
手数で上回るイデアの魔術が、何人かのガードを撃ち抜く。
それでも本体と思われるガードナーの防御は硬く、おまけに初弾以来の魔術を撃ってこない。
(最適なタイミングを待ってる、速度で撹乱するにも限界があるわ)
あれだけの魔術師だ、イデアの動きの癖を見抜くのは時間の問題である。
その前にイデアはガードナーに空撃ちさせなければいけない。
イデアは暗視魔術を再び発動しながら、煙幕を張り、敵の視界を遮断する。
ガードナーはその小細工を鼻で笑うと同時に警戒する。
(お前の目的は分かっている、その程度の煙幕ではお前の大き過ぎる魔力は隠せない、さぁ、どうする?)
ガードナーの魔力察知に複数の魔力が引っかかるが、おそらく囮だ、イデアの巨大な魔力は依然動き続けている。
イデアが何か策を弄しているのは、分かっていたがその前にガードナーの方が先にイデアの動きを見切った。
「終わりだ」
狙撃魔術を撃とうとしたガードナーは、ふと疑問に思う《双杖》がこの程度なのかと。
(有り得ない、俺の記憶にある《双杖》はこの程度ではない)
ガードナーは魔力探知を広げると、小さな魔力が引っかかる、それは頭上にあった。
(まさか…!?)
「一手遅いわ」
美しい死の宣告が聞こえた瞬間、覚悟を決めたガードナーは狙撃魔術を撃つ。
「《遠光撃射》」
その瞬間、閃く光が真上からガードナーを貫く。
「馬鹿な、お前の魔力はまだそこに…なっ!?」
ガードナーの目の前には、無傷のイデアが浮かんでいる。
「驚いた?、まぁ、普通は驚くわよね。絶大な貫通力を持つ自分の魔術を食らっても相手が生きてたんだから」
本来ならばガードナーの狙撃魔術は空間魔術すら、貫けるほど強力なものだ。
しかしもし発射された魔術ごと移動させられてしまったら、その限りではない。
「俺の魔術を跳躍させたのか」
「正解よ、どう?、自分の魔術を食らう感覚は?」
空間転移と空間跳躍、この二つの魔術は起こす現象は似ていても、その過程は全く違う。
空間転移は空間を把握し、ある地点に座標を設定することで長距離を移動することの出来る魔術であるのに対し、空間跳躍は空間の入口と出口を設定し、短距離を素早く移動することの出来る魔術だ。
イデアは空間転移の方を好んで使用しているが、空間跳躍も使えない訳ではない。
現に敵へ魔術を返すのは空間跳躍によるものだ。
「それでもこの土壇場で俺の魔術を跳躍させるとは、自分が貫かれる可能性もあったはずだ」
「知らないの?、このレベルの戦いではリスクを犯さずに手に入る勝利はないってこと」
「はっ、命を躊躇なく天秤に掛けるなど、正しく化け物だな」
「褒め言葉として受け取るわ、《滅炎咆哮》」
ガードナーが漆黒の火炎に包まれ、巨大な蜘蛛のような身体も呑まれる。
「ふぅ、あとは掃除が終われば第十階層は攻略完了ね」
◆◆◆◆
「あらあら、派手にやりましたね。空間の位相がズレた後がありますよ」
「シルヴィア、皆は無事?」
「誰にものを言っているのですか?、この私が死者を出すような失態を犯す筈がないでしょう」
「はいはい、貴女は相変わらずね」
「リーダーの方も無事みたいだな」
「ん、一安心」
「ありがとう、ネロ、レイシア」
シルヴィアにも二人のようにこちらを心配する心があって欲しいものだが、シルヴィアが心配してきたら偽物を疑うレベルなので、難しいところだ。
「イデア、怪我はありませんか?」
そんなことを考えているうちに右肩を負傷したアルレルトがアーネと共に降りてくる。
「アル!、私は大丈夫よ。そっちは?」
「安心したまえ、既に治療済みだ」
「先生!、脚の方は?」
「見ての通りちゃんと付いてるよ、いやー、痛い思いは勘弁だよ」
ヴィヴィアンの背に乗って降りてきたサルースも無事なようで、イデアは胸を撫で下ろす。
「イデア、敵の攻撃を食らってしまい申し訳ないです」
「謝るのは止めて、アル。あの魔術を食らって生きているだけで大したものよ、さすがはアルね」
「いえ、俺の事よりイデアが無事で本当に良かった」
「うん」
アルレルトが本心から心配してくれている、それだけでイデアの心に幸福感が満ちる。
「それで、不意打ちするなら何時でもいいですよ、遠慮なく斬りますから」
アルレルトは突然イデアの背後の壁に向かって、話しかける。
シルヴィアとレイシアも同じように壁を睨んでいる。
突如グネリと壁が動き、一人の人間が生えてくる。
「よく潜んでいると分かったな」
「勘です、それとイデアがあまりに無防備だったので誘っているのかと」
壁から生えてきたガードナーと何時でもイデアを守れるように立つアルレルトが、睨み合う。
「やっぱり生きてたわね、ガードナー。知ってることを洗いざらい吐いてもらうわよ?」
振り返ったイデアが杖を抜き、ガードナーに飛びっきりの笑顔で話しかけた。
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