百四十話 余裕と魔虫人
あけましておめでとうございます、新年初投稿です。
謎の魔獣に攫われたネロとアーネを救出するべく、縦穴を上昇するシルヴィアの視界に爆発の光が見える。
「キェエエエエエ!?」
爆炎と悲鳴、そして露わになる魔獣の全容にシルヴィアは息を呑む。
その魔獣は巨大な百足だった、第一階層の底で倒した魔獣と同じように見えたが、よく見ると細部が違う。
まず第一階層で倒した巨大百足よりさらに大きい、そして空を飛ぶための羽が多く生えている。
「!!」
爆炎から飛び出す二つの影にシルヴィアは、全ての思考を後回しにする。
雷の魔術で加速、雷の手を発動し、二つの影を受け止める。
次いで、落下してくる羽百足を回避する。
「グルルゥ!」
「ギィイイイイ!!!」
すぐに復帰した羽百足は、ヴィヴィアンと交戦を始める。
大きな顎でヴィヴィアンを挟もうとするが、旋回したヴィヴィアンは紙一重で躱す。
空中戦を繰り広げる二匹に介入したいが、その前にシルヴィアは救助した二人の安否を確認する。
「ネロ!、アーネ!、生きていますか!?」
「「ーーー」」
反応がない、恐らくネロは魔力欠乏、アーネは炎魔術の余波を受けて気絶しているのだと思われる。
ひとまず近くの階段の上に着地したシルヴィアは、二人を寝かせて、口に手を当てて呼吸を確認する。
「呼吸が浅い、それに脈も早い」
アーネは火傷で分かりにくいが、二人共顔色が悪い、この状態から推察して、毒を食らっている可能性が高い。
「これでは回復瓶が使えないですね」
大迷宮に潜る前にサルースから、ある注意を受けた。
『毒を食らった状態では絶対に回復瓶は使わないでね、逆に毒の進行を早めてしまうから。皆にはこれだけは覚えて欲しい』
「一刻も早く先生の所へ連れ帰らないといけませんね」
長杖を握り直したシルヴィアは近づいてくる魔虫共を魔術で、灼き殺し二人を結界で守る。
そして自然とヴィヴィアンと空中戦を繰り広げる羽百足に目が行く。
「その前に掃除が先ですね」
邪悪な笑みを浮かべるシルヴィアは飛行魔術で一気に上昇し、羽百足と同じ高度へ辿り着く。
全身から魔力を迸らせるシルヴィアの存在に、ヴィヴィアンを追いかけていた羽百足は気付く。
「ギィイイイイ!!」
「死になさい、"天雷撃"」
眩い雷撃が羽百足に直撃し、悲鳴を上げさせる。
しかし絶命までには至らず、突進してくる羽百足をシルヴィアは空中機動で躱し、既に次の魔術を準備している。
「"黒雷撃"」
漆黒の雷撃はネロが破壊した箇所に命中し、完全に破壊する。
それにより絶命した羽百足は奈落のような底へ、吸い込まれるように落下していった。
「ふふ、この程度ですか。もっと私を楽しませてください、大迷宮」
笑いながらシルヴィアはネロとアーネの元へ戻る。
◆◆◆◆
余裕で羽百足を倒したシルヴィアとは違い、アルレルトとレイシアは、魔虫人と激しい剣戟を繰り広げている。
アルレルトが振るう刃と、魔虫人が振るう四本の刃が鋭い金属音を響かせる。
僅かな隙でも見せれば即座に切り刻まれる、直感がそう告げ、手数で劣るアルレルトは自然と守勢に回る他ない。
敵の得物は手の甲から伸びる剣のような部位が二本、爪先から伸びる同じような部位が二本、人間で言うなら四刀流ということになる。
しかしいつまでも守りに徹するアルレルトではない。
「"神風流 逆風"!」
魔虫人の攻撃を全て捌き、踏み込んだアルレルトの逆袈裟斬りが、右脚の剣を斬り落とす。
さらに片腕を狙って切り下げるが、腕剣で綺麗に受け切られる。
剣を振った体勢のアルレルトに、魔虫人の左脚剣が閃くが、素早い横薙ぎで打ち払う。
本来なら脚を払われたら、体勢を崩すところだが相手は魔獣、背中から生える羽のおかげで崩れることはない。
互いに距離を取ったアルレルトと魔虫人は牽制し合う。
そのすぐ後ろでレイシアは、魔虫人の拳を受け流す。
レイシアが戦う魔虫人はアルレルトの相手と違い、四本の腕を使って拳で殴ってくる拳闘士だ。
その強力な外骨格による防御力に任せて、レイシアの間合いの内側に飛び込んで殴ってくるので、アルレルトと同じように彼女も守勢に回される、ことは無い。
「"音斬流 轟"」
相手の連打と連撃で真正面から打ち合う。
音斬流は無音の剣を使うが故に、対魔獣戦よりも対人戦に重きを置いた流派だと考えるかもしれないが、実際はそうではない。
音斬流とは人型の魔獣と戦うことを想定した流派である、つまりは対魔人戦だ。
目の前の魔獣が魔人かどうかは定かではないが、レイシアにとってまず負ける相手ではない。
その証拠として、魔虫人の片腕が斬れ飛ぶ。
レイシアはさらに前に踏み込むが、突然頭を振った魔虫人は背中の羽を広げて、飛び立ち迷宮の奈落へと消える。
「逃げた?」
「そのようですね」
「アル、そっちも?」
「はい、撤退の指示を受けたかのように逃げて行きました」
疑問は残るがとりあえず寄ってきた魔虫を斬り捨てた二人は、ある違和感に気付く。
「さっき魔虫人と戦っている時は魔虫には襲われませんでしたね」
「ん、確かに」
これは重要なこともしれないと考えて、イデアに報告しようと二人で話し合う。
その時、巨大な魔獣の死骸が、目の前を通過して奈落へ消えた。
「イデアか、シルヴィアですかね」
「多分そう」
アルレルトは苦笑いしながらも、レイシアへ手を差し伸べる。
「レイ、掴まってくれませんか?、上へ戻ります」
「ん、お願い」
レイシアを抱き抱えたアルレルトは"天衣無縫"を発動して、一気に上昇する。
そしてすぐにイデアたちを見つける。
火傷を負い気絶しているアーネと同じく気絶しているネロがサルースに治療されているのも見える。
アルレルトとレイシアに気付いたイデアは、結界を解く。
着地してレイシアを下ろしたアルレルトはすぐにアーネの傍に駆け寄る。
「先生、二人の容態は?」
「重傷だけど命に別状はないよ、毒も既に解毒した。二人こそ大丈夫かい?」
サルースはアルレルト、そしてレイシアを見て言う。
「俺の方は無傷です」
「私も」
「そうか、うん、それなら良かったよ」
サルースは一瞬目を細めたが、すぐに微笑んでアーネとネロの治療に戻る。
アルレルトはアーネの頭を何度も労わるように撫でていたが、イデアに呼ばれたので、離れ難い気持ちを抑えて離れる。
「ごめんなさい、邪魔をしちゃって」
「いえ、この状況で自分のことを優先するつもりはありません、それで?」
「レイシアさんから人型の魔獣について聞きましたが、アル君からも聞いておこうかと」
「なるほど」
「レイシアも言ってたけど、アルたちが戦った人型の魔獣は魔人ではないのよね?」
イデアの確認にアルレルトは首肯する。
「うん、二人の感覚は信頼できるわ、シルヴィア、どう見る?」
「魔人ではないのなら魔虫の異常種ということになるのでしょうが、少々腑に落ちないところがありますね」
「同感だわ、特に気になるのが撤退したという部分ね」
「ええ、魔虫は知能の低い魔獣ですからね、異常種で知能が上がったとしても程度がしれています。撤退を選ぶとは考えにくい」
イデアは腕を組んで、シルヴィアは顎に手を当てて、熟考する。
「シルヴィア、貴女も同じ考えね」
「はい、現状手に入る情報から推察できるのはこの程度でしょう」
「それならあまり悠長にしている時間はなさそうね」
二人はどうやら伝導魔術で、思考を共有したようだ。
「イデア、シルヴィア、説明してくれますか?」
「いいけど二度手間になるからアーネとネロが起きてからにしましょう、それまでは休憩ね」
「それがいいでしょう、アル君とレイシアさんもそれなりに疲れているはずです」
「そうですね、ありがとうございます」
窮地を脱した《ゼフィロス》は一時、腰を落ち着けて、二人が目を覚ますのを待つだった。
面白いと思ったらブックマークとページ下の星評価、いいねを貰えると嬉しいです。




