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百三八話 第一階層と巨大百足

転移の光に呑まれ、次の瞬間目を開けると小さな部屋の中に《ゼフィロス》はいた。


「皆、問題ないわね?」


イデアの確認の言葉に皆頷きを返す。


「ネロ、アル、偵察をお願い。部屋の外を覗くだけでいいから」

「分かりました」

「了解」


イデアの指示を受けたアルレルトとネロは、それぞれ警戒しながら部屋の外に出た。


そこはとても広い空間だった、吹き抜けの構造で真下を覗くと奈落のように真っ暗で根源的な恐怖を覚えさせられる。


さらに上下左右から蠢く気配が感じられる、空中を飛翔する無数の魔虫インクス、そして謎の植物が至る所に生えていた。


「アルレルト、今からでも帰った方がよくないか?」

「気持ちは分かりますが無理ですね」


推定でも数万匹の魔虫がいる、もっと下にいる個体も合わせると十万匹に届くかもしれない。


アルレルトたちはこのことをイデアに報告した。


「想定内よ、でもやっぱり派手な魔術は禁止ね。シルヴィア、どう思う?」

「ひとまずは計画通りで問題ないでしょう、あとは臨機応変に対応するしかないですね」

「そうね、“毒虫の巣穴“の攻略開始よ!」


◆◆◆◆


アルレルトとレイシアを前衛として、中衛にネロ、アーネ、後衛にイデア、シルヴィア、サルースの三人、そして最後方にヴィヴィアンという隊列で、《ゼフィロス》は“毒虫の巣穴“の螺旋階段を下る。


そこら中に魔虫がいる為、歩く足も自ずと慎重になる、進路上にいればアルレルトとレイシアが素早く片づける。


『アル、レイシア、問題はないかしら?』


二人の頭の中にイデアの声が響く、伝導魔術と呼ばれる魔術でアルレルトにとっては慣れ親しんだ魔術だ。


魔虫を誘き寄せないようにするため、こちらからは伝導魔術で話すとイデアが話していたのをアルレルトは思い出す。


レイシアと顔を合わせてから、問題ないという意味を込めてサムズアップを返した。


しばらく歩いていると大きな植物の根が進路を塞いでいた、根の大きさから迂回を不可能、さらに不幸なことに十匹ほどの魔虫がくっ付いている。


アルレルトとレイシアはイデアに指示を仰ぎ、イデアは植物を観察する。


迷宮内は基本的に薄暗い、発光している魔虫もいるので全く見えないわけではないのだがイデアは暗視の魔術を発動した。


(これは植物に擬態してる魔獣だわ、確か植物獣(プラントモンスター)だったかしら)


植物獣(プラントモンスター)、植物に擬態し無警戒に近寄ってきた獲物を食らう魔獣で姿は不定形、魔粘体スライムのような姿をしていることもあれば獣のような姿をしている場合もあるらしい。


(無視はできないし、倒すなら一撃がいいわね)


『皆、私がやるわ』


イデアは二本の杖を抜くと、植物獣(プラントモンスター)に向け転移魔術を発動し空中に放り出した。


植物獣(プラントモンスター)たちは奈落のような底へ真っ逆さまに落ちていった、生きている可能性は限りなく低いだろう。


『行くわよ』


イデアの指示で再び歩き始める、アルレルトは警戒を続けながら攻略計画会議のことを思い出す。



「“毒虫の巣穴“は吹き抜けの構造になっており、螺旋階段でひたすら降りていきます、第一階層から第十階層まで一階層ごとに竹の節のように区切られているので一つずつ攻略します」


「最初の目標はもちろん第一階層攻略よ、戦闘は最小限で。魔虫を刺激し過ぎたらいくら私たちでも悲惨なことになる。危険と判断したら転移魔術で全員逃げるわ」


「言うなればただひたすら降りるだけですが、油断は決してしないように。基本的にはリーダーのイデアが指示を出しますが各自最悪の事態には常に備えるようにしてください」


イデアもシルヴィアもとても慎重だった、シルヴィアはともかくいつも自信満々なイデアまでがそういう考えに至ったことを、アルレルトは重く受け止めた記憶がある。


そんなことを思い出してると、螺旋階段が終わり第一階層の()に到着した。


蠢く気配に気付いたアルレルトは右手の握り拳を上げて、パーティーに静止を促す。


『アル?』

「ーーー」


アルレルトはゼスチャーで、巨大な魔虫インクスがいることを報告する。


イデアは暗視と遠見の魔術で確認する、思わず吐き気を催しそうになったのは致し方ない。


その魔獣は巨大な百足(ムカデ)だった、無数の足がワサワサと蠢いてはいるが、今は何やら捕食しているのか動いてはいなかった。


見た目の気持ち悪さはともかく、イデアにとっては戦闘を避ける手段がないことが問題だった。


『シルヴィア、どう思う?』

『戦闘を避けるのはまず不可能でしょう、あの巨体では私たちは大丈夫でもヴィヴィアンが気づかれてしまいます』

『戦うなら早期決着が必要よ、幸い、私たちの目的はあの百足を倒すことじゃないし』


イデアたちが降りてきた階段と向かい合う形で、反対側に第二階層へと降りる階段が見える。


彼処に到着するのが《ゼフィロス》の目的だ、巨大百足の討伐は必須ではない。


『転移魔術は?』

『先に何があるか、分からないわ。その危険リスクを犯すくらいなら百足と戦った方がマシよ』

『ふむ、そうなるとあの百足を確実に討伐する手段が必要ですね、第二階層に降りた時に追ってこられても面倒です』

『魔術はダメね、魔虫インクスが寄ってくる』

『しかし相手は未知の魔獣ですよ?、頭を潰せば死ぬという保証はありませんし絶命するまでに暴れて魔虫を呼ぶ可能性もあります』


『つまりどのみち魔虫を呼ぶ可能性があるなら、確実に倒せる魔術を使おうってこと?』

『はい、イデアはどう思いますか?』

『一理あるわね、あくまで魔虫インクスであるなら電撃系統の魔術が効きそうだし、シルヴィアに任せてもいいかしら?』


『構いませんよ、(そっち)に関しては私に一日の長がありますからね』


ほんの三秒ほどで交わした伝導魔術の内容をイデアが再び伝導魔術で皆に説明する。


『私とシルヴィアで百足ムカデを倒すわ、作戦はこうよ、まず私が魔術を撃ち、百足ムカデを引き付ける、その間に皆は階段まで全力疾走、同時にシルヴィアは魔術を撃ち、百足を撃破した後に私とシルヴィアは転移魔術で皆と合流するわ、何か意見はある?』


アルレルトが真っ先に手を挙げる。


「俺も残って二人を守ります、万全を期すなら前衛がいた方がいいです」


アルレルトに耳打ちされることに照れを覚えつつも、イデアはアルレルトの意見をシルヴィアに伝える。


『良いのでは?、アル君ならいざという時に飛べますし、イデアなら転移する対象が二人から三人に増えても問題はないでしょう?』

『ええ、そうね。アル、お願いするわ』


「ーーー」


この状況なのでアルレルトは話さなかったが、その山吹色の瞳にはイデアとシルヴィアを守ると書いてあった。


その瞳を見て、二人は頬を赤く染めていたが誰もツッコまない。


「"爆裂球(エクスプロージョン)"」


すぐに切り替えたイデアの魔術が作戦開始の合図だった、イデアの魔術が巨大百足に命中し悲鳴を上げる中、レイシア、アーネ、ネロ、サルース、ヴィヴィアンの四人と一匹は階段を目指して全力疾走する。


巨大な百足が動くのと同時に、イデアの魔術に反応して階層中にいる魔虫インクス共の気配が膨れ上がり、激しい羽音が聞こえてくる。


真っ先にイデアたちに向かって、飛んできた魔虫共をアルレルトは一太刀で斬り捨てた。


「"神風流 薙風"」


流れるように動くアルレルトは壁を這って、シルヴィアの背後に回ろうとしていた二匹の魔虫を両断する。


「"神風流 疾風"」


「ギュイイアアアア!!」


巨大百足の雄叫びに、アルレルトが眉を顰めるとなんと先程の魔虫と同じように巨大百足は壁を這って、その巨体に見合わう速度で動く。


奴の動く方向は左回り、位置関係的にアルレルトたちの方へ行くには遠回りになる、それが示すことをつまり、


「レイ!」


何故か階段を目指すレイシアたちへ向かった巨大百足にイデアは目を見張る。


しかし先頭を走るレイシアは慌てない、予想外のことではないからだ、冷静に前へと出てて、突っ込んでくる巨大百足に剣技を放つ。


「"音斬流 斬響"」


無音の袈裟斬りが巨大百足の外殻をものともせず、その顔と思しき部位を真っ二つに斬る。


勢いを殺されて、地面に墜落した巨大百足は慣性でつんのめって、その巨体が巻き上がる。


その隙を見逃すシルヴィアではない。


「"天雷撃(レノレウス)"」


もはや十八番とも言えるシルヴィアの雷魔術が巨大百足を灼き、ついでに周囲を飛んでいた魔虫インクスもまとめて感電死させる。


パラパラと埃のように落ちてくる魔虫の死骸をよそに、仰向けでぶっ倒れた巨大百足は息絶えた。


そして既に階段へ到達したレイシアたちを確認し、イデアも転移魔術を発動する。


大迷宮(ラビリンス)第一階層、攻略完了。

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