百三十二話 暗くない未来と新居
「そういえばシルヴィア、《卑劣》が王都に攻めてきた理由は分かったの?」
「なんですか、突然」
全く違う話題を出されたシルヴィアはイデアに胡乱な目を向ける。
「《卑劣》の襲撃からそれなりの時間が経ったじゃない、それくらいは判明してるんでしょ?」
「判明していたとしてそれを何故私に聞くのですか?」
「聡明な殿下が知らないということはないのでは?」
どうやらオリビアも気になるらしく思わぬ援護射撃が入ったイデアはほくそ笑んだ。
シルヴィアはイラッとした感情を上手く隠しつつ、口を開く。
「好奇心は猫を殺しますよ」
「生憎と覚悟はできてるわ、《卑劣》を討った時点でね」
「私は王国の一貴族として知る権利があります」
「はぁ」
露骨な溜息を吐いたシルヴィアは遮音の結界を張る、これによりアルレルトたちにはこちらの会話は聞こえない。
「これから話すことは他言無用です、もし許可なく漏らした場合は王国反逆罪により情状酌量の余地なく死刑ですので」
「分かったから早く教えなさいよ」
「主な被害は二つ、王都大結界の根幹である巨大魔石の喪失と王国騎士団本部に設置された長距離魔導通信装置の破壊です」
「「!?」」
イデアとオリビアはシルヴィアの言葉に驚愕を強いられる。
「《卑劣》は三つの目的を同時並行で進め、その二つを成功させたと」
「《卑劣》他四体の魔人を討伐した成果と釣り合いが取れるかは微妙なところだな」
「《軍師》は前哨基地を魔人側に二つ差し出したので、結果だけを見ればマイナスでしょう」
王都には魔人と魔獣の軍勢から守るために使用される王都全域を覆う大結界がある、これは非常時に展開されるもので使用するには巨大な魔力を内包する魔石が必要なのだ。
「ご丁寧に予備の魔石も破壊されてしまったので王都は今魔人に攻められたら終わりです、もっとも《軍師》は前線が健在である今は問題ないと、私も同意見です」
「理には適っているわね、長距離魔導通信装置っていうのは初めて聞くけど字面から察するに前線と王都の連絡網かしら?」
「これもアルテイル号と同じで国家機密ですので詳細は語れませんがその認識で間違ってはいませんよ」
「つまりは前線の戦況を王都は迅速に把握することができなくなったと」
オリビアの確認を込めた言葉にシルヴィアは静かに頷く。
「《卑劣》を倒して大勝利かと思ったけど相応の代償は払っていたのね」
「《軍師》が《卑劣》を討つ為には致し方ないと判断しました。それに《卑劣》が消えれば"七悪"の魔人共はしばらくは連携が取れないというのが《軍師》の予想です」
「その期間は?」
「最低でも一年、脅威となる《天墜》《疫病》《干害》はそれぞれ勢力圏が離れていますから」
「そうなると本当に痛み分けか」
オリビアは落胆を隠さない、その理由はイデアには明白だった。
「《金獅子》が心配なのね」
「舐めるな、覚悟は奴が王国騎士団に入団した時にしている。ただ王国はいつまで奴らの相手をしなければならないのかと思っただけだ」
人魔大戦が勃発した五百年前よりも、さらに昔からアルテイル王国は魔人と戦い続けている、その過程で失ったものはあまりにも大きい。
「我は今代こそ魔人との長きに渡る戦争に終止符が打たれると踏んでいたのだがな」
「その見立てを捨てるのはまだ早いですよ、王国騎士団は無傷、確かに今回の戦いは結果だけを見れば痛み分けでしたが私はそれが《軍師》の策だと思っています」
「?、っ、そういうことですか」
オリビアはシルヴィアの言ったことの意味に遅れて気付く。
「魔人は人間を舐めている、《軍師》はその認識を決戦まで続けさせるってことね。あー、《卑劣》も相当な化け物だったけど《軍師》も似たようなものに思えてきたわ」
魔人は人間を舐めている、故に"七悪"の魔人たちは《卑劣》のウォードが敗れたことに驚くだろう。
しかし結果だけを見れば王国は王都を守る結界を失い、前線と王都を繋ぐ連絡手段も失った、つまり《卑劣》が死んだが痛み分けであると思わせる。
「王国もダメージを負ったと思わせ、実際に前哨基地を手に入れたという成果も相まって魔人はさらに騙される」
「この策略に気付く可能性のある《卑劣》はもう居ないということです」
イデアは万雷の拍手を《軍師》に送りたかった、この策略を思いついたことではない、それを実現させて見せたことにだ。
「王国の未来は暗くはありませんよ、"騎士姫"」
「今日はそのことが知れただけでも王都に来た甲斐がありました」
ちょうど会話が途切れたところで馬車が止まった。
シルヴィアが遮音の結界を消すと、馬車の扉が開いた。
「お嬢様、お屋敷に到着致しました」
「分かった、すぐに降りよう」
オリビアを先頭に皆が馬車を降りると、目の前には大きな門とその奥には貴族らしい屋敷が見えた。
グラール伯爵家の本邸よりは小さいが、魔人信奉者の疑いありと攻めたオトウス子爵家の屋敷と同じくらいの大きさはあった。
「お待ちしておりました、オリビア様、メリン様、《ゼフィロス》の皆様方」
門が開き、歓迎してくれたのはキッチリとした執事服に身を包んだ初老の男性とメイド服姿の初老の女性だ。
「わたしくめはこのお屋敷の管理を任されております、ケインと申します。隣の彼女はわたしくめの妻のリリーでございます」
「リリーと申します」
腰を綺麗に曲げて頭を下げるケインとリリーの所作には洗練されたものが感じられた。
「《ゼフィロス》のリーダー、イデアよ」
イデアが名乗ると、アルレルトたちもそれぞれ名乗った。
「ケイン、リリー、こいつらと殿下に屋敷を案内してやれ」
「かしこまりました」
「帰るの?」
「ああ、我とメリンは他に用事があるのでな。メリン、別れの挨拶をしろ」
「はい。また会おうね、アルレルト!」
「俺はいつでもメリン様を歓迎しますよ」
アルレルトは笑顔でメリンを見送った。
「随分と伯爵家の子供に懐かれていたな」
「悪漢から二度助けたからでしょう」
「私は時々お前らの縁が怖いわ」
「いいことですよ、お陰でネロが仲間になってくれましたから」
あの時メリンを助けなければグラール伯爵家と繋がりを持つこともなかった、暗殺者に襲われたりと不利益も被ったがいろいろあってネロが仲間になってくれたことを考えればむしろプラスだったとアルレルトは考えている。
「アル、ネロ、先に行っちゃうわよ」
「今行きます」
「置いていくなよ」
ケインとリリーの案内で《ゼフィロス》は屋敷を歩き回る。
「広いわね、元々はグラール伯爵家の別邸でしょ?」
「はい、ただグラール伯爵家は長い歴史を持ちます故中心街ができる以前からある屋敷にございます」
「なるほど、今の別邸は中心街にあるからここは第二別邸というわけですね」
「その通りでございます」
「私たちがここに住むってことになったら二人はどうするの?」
「ご当主様とオリビア様より《ゼフィロス》のお世話をしろと命じられております」
「具体的には?」
「掃除や洗濯などの家事にございます」
「やってくれるならお願いしようかしら、ただ私たちからも俸禄を出すわ、伯爵家には毎月どれほど貰っているの?」
「毎月金貨三枚でございます」
「それなら同額を出すわ、あまり伯爵家に寄りかかりたくはないから」
「有難く頂戴いたします」
そんな会話がありつつも、アルレルトの要望通り手入れされた花壇と池があり自然豊かで、レイシアの要望にそう形で庭も広い。
創薬室は空いている部屋を改造すれば問題なく、シルヴィアが望んでいた浴場とイデアが望んでいた地下室も完備されていた。
「ここまで私たちの望む条件に合致する屋敷があるなんて逆に怖いんだけど」
「同感ですが上位貴族が所有する屋敷としてはこの程度設備はあって当然ですから、不思議ではないですね」
「オリビアに謀られたようで嬉しくないわ」
憮然とするイデアにシルヴィアは同感だとばかりに頷く。
「とはいえ拠点は手に入れました、これからの具体的な予定は?」
「あとで皆に改めて話すつもりだけどとりあえず新しい拠点に慣れる為に一ヶ月くらいの時間は置きたいわね」
「イデアが調べ物をする時間が欲しいのは分かりますが、攻略を初めてからでも遅くはないと思いますが」
「確かにそうだけど《悠久者》の件が引っかかるのよ」
「《悠久者》が"大迷宮探索許可証"を持っていたことですか?」
「ええ、それもあるし《悠久者》は変なことを言っていたのよ」
『ああ、人間にも魔人にもなれなかった一人の魔人との約束であり遺志、そしてそれが私が魔人に協力する理由だ』
イデアの脳裏にローデスの言葉が蘇る、あれはローデスの本音だった、一体どういう意味なのかイデアは気になるし知った方が良い気がしていた。
「ただの直感だけどね」
「大いに結構、何も分からなくなった時頼れるのは自分の直感だけです、それに従うというのならばこれ以上私から何も言いません」
「それでシルヴィア、どうせ暇でしょ?、ネロを連れて貧民街に行き《悠久者》を探してきてくれない?」
「嫌です」
シルヴィアは一切の逡巡なく、拒絶した。
「なんでよ」
「逆に私が了承すると思ったのですか?」
「暇でしょ」
「そういう問題ではありません、私は王族ですよ?、そのような場所に行くメリットは微塵もありません」
「報酬は出すわ、前払いで《双杖》の魔術の知識をあげるわ、成功報酬はさらに二つの魔術の知識をあげる」
「いいでしょう、その依頼引き受けました、それでは早速"黒雷"を教えてください」
「分かってるとは思うけど"黒雷"は破壊力に特化した魔術よ?、アルテイル派向きなのは認めるけどシルヴィア向きの魔術じゃないわ」
「たまには一撃必殺の魔術を覚えたいと思っただけです」
「…何を企んでるかは知らないけど依頼は果たしなさいよ」
「誰にものを言っているのですか」
お互いに利用し合うのがイデアとシルヴィアの関係、それは仲間になっても変わらないのだと二人は改めて思うのであった。
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