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百二十三話 最強の魔術師と魔神化

激しい戦闘音を聞きながら、アルレルトはヴィヴィアンの背に乗り移った。


「アル、全力は出せる?」

「とりあえず回復はしてみます」


アルレルトはサルースに託された回復瓶ポーションを取り出した。


劇薬なので使い所に注意しろと言われたものだがアルレルトは迷わず栓を開けて中身を飲み干した。


「うぅ!」


全身に回復痛が走ったことでアルレルトは呻き声を上げ、さらに身体が熱くなったように感じた。


「アル様?」


片膝をついたアルレルトをアーネは心配するが、当の本人は片手を上げて無事をアピールした。


体力瓶スタミナポーションの効能もあるのは予想通りですがこれは確かに劇薬ですね」


ウォードの権能によりあれだけ疲弊していた精神が完調したこと自体は朗報だったが回復させるために代償を払ったような感覚がアルレルトの中にあった。


「まさか先生のポーションを飲んだの?」

「はい、ここに来る前に託されました」

「反動がキツイから覚悟した方がいいわよ。まっ、疲弊した精神の回復だけならそこまで酷くないと思うけどね、無駄な回復はしないのが先生のポーションの凄いところよ」

「イデアとアーネは大丈夫なのですか?、二人も沼に触れましたよね?」


「僕は結構キツイ、少なくとも戦闘には参加出来ない。ごめんなさい」

「謝る必要はありませんよ、イデアは?」

「私は大丈夫よ、これでも《双杖》だからね」


本当はアルレルトの顔を見たら元気が出ただけなのだが、恥ずかしいのでそう言って誤魔化した。


炸裂する衝撃音と瓦礫が崩れる音がアルレルトたちを一気に現実に引き戻した。


泥に呑まれた城の一部が崩落し、虹色に輝く巨大な円柱が突き刺さっていた。


巨柱が消え去ると虹色の雷が連続で落ちるが、ドーム状に広がった泥で持って受け流した。


その泥のドームは連続で降り注ぐ虹色の円柱が落ちると一瞬で潰れて、さらに城の一部が崩れ落ちた。


この光景を作り出し空中に佇む魔術師の姿をアルレルトは捉えると、魔術師はこちらを一瞥した。


「!!、この距離で気付きますか」


推定でも数百(メトル)の距離があるはずだが、どうやら最強と呼ばれているのは伊達ではないとアルレルトは感じた。


イデアたちが近付くと魔術師、セレジアは笑顔を見せた。


「やっと戻ってきたか、イデア、待ちくたびれたぞ」

「うるさいわね、こっちだって色々と大変だったのよ」

「まぁ、話は後でたっぷり聞いてやるよ、後ろのお前は戦えるのか?」


「はい、戦えます」


セレジアに戦えるかと問われたアルレルトは即答した。


「その目をするやつは好きだ。思う存分戦え、青年、せいぜい私とイデアの巻き添いを喰らわない程度にな!」


不敵に笑うセレジアからは嘲りなどは微塵も感じない、アルレルトはどこまでも真っ直ぐな人間なのだろうと頼もしく思った。


「ハハハハハハハッ!!」


この世の全てを見下すような下卑た嗤い声が響き、虹色の柱がゆっくりと泥沼に沈んでいった。


漆黒の泥沼の上に立ち哄笑し続けるウォードにセレジアとイデアは問答無用で雷撃を放つが、ウォードは泥沼の上を滑るように移動して躱した。


そのまま泥沼が膨れ上がりウォードの立ち位置を押し上げた。


「誇れ!、人間!、俺の権能から逃げ出したのだからね!」


泥沼からアルレルトたちを狙って無数の瓦礫が射出される。


セレジアとイデアは魔術障壁を張って泰然とした様子で防ぎ、アルレルトはヴィヴィアンの飛行によって躱した。


「泥沼に呑み込んだものを打ち出せるのか」


アルレルトが観察している間にもセレジアの虹色の巨柱がウォードを目掛けて落下するも、先程呑み込んだ同じセレジアの柱で迎撃し、相殺した。


イデアは古代魔術を詠唱を始めると、赤き風が吹き荒れ二本の杖に凝縮されていった。


ウォードはもちろん気付いていたが無数の巨柱を降らすセレジアが何もさせなかった。


「"赫旋嵐(スラントストーム)"」


開放された赤き風は矢のように伸びてウォード諸共泥沼を貫通し、地面まで届き王城の一角に巨大な風穴を作り出した。


『終わった?』

「いえ、まだです」


アルレルトは警戒を緩めず、ヴィヴィアンを伴って風穴に接近した。


(まだ邪悪な気配を感じますが気配が散逸している?、弱まっているわけではない?)


トドメを刺しに行くか、アルレルトが思案していると風穴の底で蠢く邪悪な気配が一気に膨れ上がった。


「ちっ、殺し切れなかったか。なるべく被害は出したくなかったけどな」

「何この魔力の膨れ上がり方!?、自爆でもするつもり!?」

()()()()()()()()、全力で結界を張るぞ、イデア、()()は起き始めが一番うるせぇ」


珍しく警戒を露わにするセレジアにイデアが戸惑っていると、その答えはすぐに現れた。


耳を劈くような凄まじい轟音をたてて風穴から間欠泉のように泥が噴き上がった。


泥が包んでいた王城の一部分が泥の噴き上がりでトドメを刺され、完全に崩壊した瓦礫の雨が近くにいたヴィヴィアンの上に乗るアルレルトに降り注ぐ。


「グルルルゥ!!」


気炎を上げたヴィヴィアンは翼を絞って広げ一気に加速し、旋回して王城から離れようとするが翼の付け根に掴まっていたアルレルトは巨大な影が差したことに気付いた。


目を向けたアルレルトは瞠目した、半ば折れた尖塔がアルレルトたちを押し潰すべく迫ってきたからである。


「グルルゥ!?」

「ヴィヴィアン、そのままです!」


同じく驚いたヴィヴィアンが避けようとするが間に合わないと悟ったアルレルトは指示を出し、振り向いた。


(推定全長数十(メトル)の瓦礫、斬ってみせる!)


内心で咆哮したアルレルトは黒鬼の柄に手を添え、握り引き抜く瞬間、逆手で鞘引きした。


「"神風流 鳳凰剣ほうおうけん"!」


アルレルトが抜き放った黒鬼の刃は瓦礫を正面から真っ二つに斬り裂き、分かたれた瓦礫の残骸がアルレルトたちの横を通過していった。


「ふぅ、危なかった。ヴィヴィアン、信じてくれてありがとう」


息を吐いて黒鬼を鞘に納めたアルレルトは感謝を込めて、竜鱗の上から首筋を撫でた。


それに機嫌を良くしたわけではないだろうが速度を上げたヴィヴィアンのお陰でアルレルトたちは瓦礫の雨から生還した


目の前には虹色の結界が見えたが、アルレルトたちが通れる程の穴が出来てぶつかることなく通過できた。


そのまま旋回して上昇するヴィヴィアンの背の上から王城オレグノシスの惨状が見えた。


噴出した黒泥により王城オレグノシスは半壊し、噴き出し散らばった黒泥が染みのように広がって大地や建物を侵食していた。


何より風穴からの黒泥の噴出は止まっておらず、王城にトドメを刺した時の勢いはないものの黒泥を周囲に撒き散らしてし続けている。


このまま放置すればロクな未来が訪れないのは誰の目にも明らかだった。


「アル!、ヴィヴィアン!、怪我はない!?」

「イデア、大丈夫です、それでこれからどうしますか?」


転移魔術で現れたイデアとお互いの無事を確認し、アルレルトは早速指示を求めた。


「一時退却だ、青年。魔神サタン化した魔人は簡単には倒せない」

「それは最強と呼ばれる貴女でもですか?」


虹光を纏いながら現れて告げたセレジアにアルレルトは思ったことをそのまま問うた。


捉え方によっては煽りにも聞こえなくはなかったがセレジアが気を悪くすることはなく、逆に笑顔を見せた。


「いや、今のは一般論の話だ、私なら簡単に倒せるがその代わり王都は跡形もなく消える」

「それは……打つ手があると喜んでいいのか、それが使えないことに悲しむのか、分かりませんね」

「詰んでないことに喜ぶべきだわ、アル」


この世には絶対に勝てない戦いが数多存在する、この戦いはそうではないのだ、それに喜ぶべきだとイデアは言った。


「確かにその通りですね、喜ぶことにします」

「うん、そうして」


「んじゃあ一度戻るぞ、旦那様たちがいるアルテイル号にな」


セレジアは先程から視界の端に映っていた空飛ぶ帆船を指差して言うのだった。

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