十二話 トビリスと魔女
反射的に刀を抜いたアルレルトは目の前の獣が襲ってくる構図を想定していたが、想定は外れて獣は襲ってこなかった。
「「ーーー」」
しばらく沈黙が続いたがアルレルトは目の前の獣から瘴気を感じないことに気づいた。
(瘴気を感じない?、ということは見た目からしてトビリスということになりますがそれにしては違和感が…)
「キ、キュウ!、キュウ!」
「斬りませんよ、斬る理由がありませんから」
鳴き声を上げて震えるトビリスが怯えていると判断したアルレルトは黒鬼を鞘に納めた。
薬草の詰まった皮袋を持って立ち去ろうとしたアルレルトの足にしがみついた。
「キュウ!、キュウ!」
「離して…!?」
言いかけて突然走った悪寒に従って、地面を蹴るとどこからか飛んできた火球がアルレルトの居た場所を抉った。
驚くよりも先にアルレルトは駆け出した、突然襲ってきたのは紛れもなく魔術で留まれば狙い撃ちにされると判断したからだ。
「キュウ!」
「君に構っている暇はありません」
肩まで登ってきたトビリスを掴んで懐に押し込めると、目の前の地面が爆ぜた。
「逃げられないよ、諦めて」
「諦めろと言われて諦めるとでも?」
上から掛けられた声に振り向くと空中に人が立っていた。
「それしかお前に選択肢はない」
風体は物語に出てくる魔女そのものでイデアが着ていたローブとは真逆の漆黒のローブを身にまとい、細長い棒に乗って空中に留まっていた。
「面識もない方に突然攻撃される謂れをありません」
「面識はないけどこっちには攻撃する理由がある、懐に押し込んだ獣を渡せ」
「一体何を仰っているのか、分かりません」
「この状況でしらばっくれる気?」
空中に留まる魔女から放たれる殺気がアルレルトの肌を刺し、懐に入れたトビリスが震えるがアルレルトは安心させるように胸を撫でるふりをして、優しく撫でた。
「隠し立てする理由がある?、自分の命と獣の命、どちらが大切?」
「本当に何を仰っているのか分かりません、何故突然攻撃したのですか?」
「冒険者に教える義理はない、質問はそれで終わり?」
膨れ上がる魔力と殺気を前にアルレルトは怯えもせず、平然としていた。
「相手を威圧するのならば、こうするべきです」
「!!!?」
アルレルトの山吹色の瞳が鋭くなると、空中にいる筈の魔女は自分の首が撥ねられたかのような錯覚を覚えて、アルレルトから距離を取った。
「お、お前…今のは…」
「俺は何も?、しかし下手に喧嘩を売るのは慎むべきかと羊だと思ったら竜だったということも有り得ますよ」
あくまで自然体で話すアルレルトに魔女は背中に冷たいものが流れたが、引き下がれない理由があった。
「その獣を渡さなければアルテレス派の魔術師全てが敵になる!、それでもいいのか!?」
「御自由に、もし貴方が無事に帰れたらの話ですけどね」
アルレルトの脅しにとうとう我慢の緒が切れた魔女は魔術を放った。
地面を蹴って、魔術を避けて樹木の裏に隠れたアルレルトは静かに戦略を練った。
「敵は空、狙うのならば魔術を撃つ瞬間」
魔術は杖の先から放たれる、つまりは杖の先にいなければ魔術は当たらない。
それを念頭にアルレルトは魔術に襲われながら森を駆けずり回った。
「クソ!、冒険者のクセに!」
魔女の魔術がどれほど威力があろうと当たらなければ意味は無い、木々を利用し的確に射線を潰して移動するアルレルトに苛立ちが溜まってきた。
「この…」
痺れを切らした魔女は大火力の魔術を放とうと空中で止まった、アルレルトはその隙を見逃さなかった。
一気に木陰から飛び出ると樹木の枝葉を足場に飛びかかった。
「なぁ!?」「"神風流 鳳凰剣”」
矢のごとく飛んできたアルレルトと魔女がすれ違う瞬間、神速の抜刀が魔女の杖を斬った。
魔術の効力を失って真っ直ぐ魔女が落下し、アルレルトは三点着地で上手く地面に降り立った。
「魔術師が杖を失った、貴方の負けですよ、魔女様」
「くっ!、それほどの実力…上級の冒険者!」
「いいえ、今は違います。それよりもこの子を追っていた理由を聞きましょうか?」
「やっぱり隠してた!、ひっ!」
アルレルトが黒鬼の切っ先を向けると、魔女は小さく悲鳴を上げた。
「それを知ってどうする?」
「特に何かしたいわけでは、興味本位ですよ。魔女様、教えてくれませんか?」
「そんな軽い理由で私たちの事情を話すわけない、そっちこそソイツを私に引き渡さなかったら仲間がお前を殺す」
「それは困ります、俺はあくまでこの子を保護したいだけです」
「お前はその獣がどんな存在か、分かってない!」
「ならば教えてくれませんか?」
アルレルトの切り返しに下唇を噛んだ魔女は仕方なく口を開いた。
「その獣はとある賢者が使った魔術の秘奥を宿してる、もし悪い魔術師に捕まったら大変」
「賢者ですか…なるほど、しかし貴方が悪い魔術師ではないという証拠はありません」
「ぐっ」
言葉に詰まった魔女にアルレルトは溜息を吐いた。
「理由は分かりました、安心して下さいこの子は俺が保護しますので、その悪い魔術師とやらからも守りますよ」
「なっ!?、何故そこまでする!」
「気分です、それより貴方の処遇ですが…」
膝をついて魔女のローブを剥がすと魔女の素顔が現れた。
「貴方の顔は覚えました、次俺の目の前に現れたら斬ります、名前は?」
「マーサ、じゃなくてマリア!」
「マーサですか、覚えましたよ。二度と俺の目の前に現れないように」
それだけ言い含めたアルレルトは黒鬼を鞘に納めると、背中を向けてその場を後にするのだった。
「何なんだあの冒険者…私の杖を斬るし秘獣を連れていくしシンシア達になんて報告すれば…」
残された魔女マーサは一人この先訪れる未来を想像して、顔を青くし力なく樹木に寄りかかるのだった。
◆◆◆◆
魔女を放置して別れたアルレルトは薬草採取を再開し、順調に薬草は皮袋一杯になった。
「ちょうどお昼時ですか」
「キュウ!」
「君のことも考えないと行けませんね、とりあえずグラールに入れるかどうかですか」
懐から顔を出したトビリスは器用に登るとアルレルトの肩に乗っかった。
「危ないので森を抜けるまでは懐に入っていて下さい、こういうことがあるので!」
茂みから突然襲ってきた緑色の魔獣を蹴り倒した。
「小鬼…ならば」
醜悪な見た目と緑色の体色が特徴の魔獣、小鬼は集団で活動する魔獣で決して単独行動はしない、一匹いるということは他にもいるということだ。
案の定背後から襲ってきた二匹の小鬼の棍棒を躱して、振り向きざまに首を撥ねた。
さらに立て続けに数匹の小鬼が襲ってきた。
「朝来た時はいなかったのに突然ですね」
小鬼たちを軽くあしらい、口を動かす余裕さえあるアルレルトは一分も経たずに小鬼の群れを殲滅した。
「グギャア!」
「油断した所を狙う、狡猾な魔獣は嫌いではありませんよ」
死角と思われた頭上から襲ってきた小鬼を串刺しにしたアルレルトは感心するように小鬼の遺骸を放り投げた。
血ぶりをして鞘に納めるとアルレルトは再び歩き出した。
「君は何を食べるのでしょうか?、拾ったからには最後まで責任を持ちますよ」
「キュウ!」
嬉しさが篭った鳴き声に頬を緩めたアルレルトは新しく出来た小さな家族に少しの間癒されるのだった。




