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百十九話 敗北と回生

王都各地の戦いに決着がつき始める中、王城オレグノシスで勃発した三つの戦いにも終わりが見え始めていた。


アルレルト、レイシア、エミリアの敗北という形で。



「アルレルト、君は()()()()()強いのだろう、けれども人間では魔人ディアボロスには勝てないんだ、これは種としての性能の問題かな」


《卑劣》の異名で呼ばれる魔人、ウォードは壇上で教鞭を取る教師のように話す。


「俺たち魔人には"権能"という固有の力がある、そして魔術も息をするように使える。人間と魔人という種には隔絶した差がある、君たち人間はその差を埋めるために色々しているけれど結局は届かない、今の君のようにね」


「ーーー」


アルレルトの身体は深い漆黒の沼にハマり、少しずつ沈んでいた。


(抜かった、ウォードの権能の脅威を測りきれなかった)


アルレルトはウォードを侮っていたわけではなかったが彼の権能はアルレルトの想像を上回った。


アルレルトの逃げ足よりも早く沼が広がってしまってはさすがのアルレルトも懐のアーネを逃がすのが精一杯だった。


アルレルトは嘲りを隠さないウォードをただひたすらに睨み続けた。


「おお、怖い、どうせ君は死ぬんだ、なにか言い残すことはあるかい?」

「ありません、というよりも死ぬ気はありませんので」


アルレルトの言葉に一瞬ポカンと惚けた表情になったウォードは次の瞬間、破顔して大笑いした。


「はははははは、その沼は俺の権能"純悪黒沼じゅんあくくろぬま"で創ったもので沈んで帰ってきた者は一人としていないとしてもか?」

「それでは俺はこの沼から生き残る最初の一人となるでしょう」


あくまで死ぬつもりはないという意志を消さないアルレルトにウォードは不思議そうに見下ろした。


「何かを期待しているわけではないな、君のその大した自信の源は何なのか、俺に教えてくれないか?」

「単純ですよ、俺がまだ五体満足だからです。逆に聞きますがお前は何故()に沈めた程度で勝ち誇っているのですか?」


胸の辺りまで沼に浸かったアルレルトの眼差しは力強く、瞬間的にウォードは手が出そうになったがすぐに止めた。


「危ない、衝動で手が出るのは獣だった頃の名残だ、こればっかりは長く生きても消えないな」


ため息を吐きながらウォードは立ち上がってアルレルトに背を向けた。


「出てこれるなら出てみろ、期待せずに待ってるよ」


ウォードが首だけ動かして目を向けると、既にアルレルトは沼に沈みただ漆黒の沼が広がるだけだった。


「ここまでやれば目的は達したようなものだけどもう少し欲張りたいな」


独り言を呟いたウォードは自分の権能である漆黒の沼がアルレルトが沈んでいる間も広がり続け、王城の半分を呑み込んでいることに満足気に頷いた。


「これで外の人間たちも焦る、ミラたちは…」


魔術で魔人たちの様子を覗いたウォードは邪悪な笑みを浮かべた。


「もうおしまいか、おっ、醜く足掻くか、それでこそ人間だ」


◆◆◆◆


ナターシャとレイシアの戦いは激しく後宮の建物を半壊させるまでに至り、戦場は王城の広い中庭に移っていた。


「だいぶ頑張ましたわね、すぐに細切れにできると思っていましたのよ」

「うるさい」


そして全身から血を流すのはレイシアの方で、ナターシャは土埃で服が汚れた程度、レイシアの刃は届いてすらいなかった。


「無理もありませんわね、私たち魔人と人間には隔絶した種の差がありますわ、人間であるお前がわたくしに勝てる可能性は最初からゼロなのだわ」


ナターシャの持つ権能は"無明糸操むみょうしそう"、透明の糸を操ると字面にするだけならばそこまで強そうに見えないが現実は違う。


彼女の操る糸は透明で目ではまず捉えられらず、高速で飛んでくる糸はもはや斬撃であり、その範囲はとても広くレイシアが回避に全力を費やさねばならなかったほどだ。


目視不能の超広範囲攻撃をノータイムで放ってくるのがナターシャという魔人ディアボロスだった。


「魔人、寝言は寝て言え」


しかしナターシャの言動を肯定するわけにはいかなかった。


「…今なんと言ったの?」

「寝言は寝て言えと言った、お前の論理は破綻してる、人間が魔人に勝てる可能性がゼロなら人間は当昔に魔人に滅ぼされている、魔人に人間は倒せない」


わたくしたちが人間に劣るというのですか!、人間!」


激高したナターシャが手を振り、レイシアは見えない糸の斬撃が首を狙って飛んでくるのを気配で察知し紙一重で剣で受けたが吹き飛ばされた。


なんとか受け身を取って起き上がるも無数の斬糸が襲いかかってきた。


剣を振って必死に防御するがとても手が足りず、たちまちレイシアの服は鮮血に染まり地面に血潮が染み込んでいった。


「下等な人間の分際で減らず口をたたくなですわ!」


なんとか致命傷となる複数の糸が束ねられた斬撃を回避したレイシアは霞む視界でナターシャの姿を捉え、せめて一矢報いようと駆け出した。


(最強の剣士を目指すと啖呵をきってこのザマ、私はまだまだ弱い、でも!)


全ての意識を剣を握る手に集中させレイシアは内心咆哮する。


(最強の剣士を目指す者として無様な剣は晒せない!)


想像するのはゲオルグを討った剣技、"音斬流奥義 空虚からうつろ"だ。


あの剣技ならばナターシャに届くという確信がある。しかし現時点は未完成であるが故に万全の状態でもかなりの疲労を伴う技だ、今のレイシアでは五体満足どころか生き残れるかも怪しい。


(後のことは後で考える!、今はただこの一太刀を!!)


「っ!!」


突っ込んでくるレイシアが決死の覚悟であることに気付いたナターシャはすぐにレイシアを囲み切り刻むべく糸を張り巡らせた。


その瞬間、レイシアは剣を振ること以外のことを全て意識の外へ追いやった、ただ究極の一太刀を振るう、ただそれだけに己の全てを注ぎ込んだ。


「"音斬流奥義 空虚からうつろ"」


世界が一瞬の静寂に支配され、間合いを超越した斬撃がナターシャを袈裟に斬り裂いた。


そして全力を出し切った代償としてレイシアは剣を握ったままその場で膝をつきそのまま意識を失った。


両者相討ちの痛み分けかと思われた直後、呻き声を上げて袈裟に切り裂かれたナターシャが起き上がった。


◆◆◆◆


全くの同時刻、王城オレグノシスの回廊で起こったエミリアとミラの戦闘の結果は頭から血を流し壁にもたれかかるエミリアの敗北であり、ミラが手刀でトドメを刺すところであった。


「っ!」

「死ね、下等な人間」


ミラの手刀で壁が割れ轟音と共に崩れ落ちた。


しかしミラの視線は真横に向いていた。


「足掻くな、逃げることに意味はない」

「この人を死なせるわけにはいかないっす!」


瀕死のエミリアを間一髪で助けたのはヴィルヘルムの護衛騎士であるマックだった。


「無駄だと知りながら行動する、やはり人間は魔人ディアボロスよりも遥かに劣る生き物だ」


「待て!」


言葉を終えたミラが動こうとした瞬間、力強く有無を言わせない言葉が彼女を縫い止めた。


ミラが振り返るとそこには王族らしい上等な服に身を包んだ銀髪金眼の青年、アルテイル王国第三王子ヴィルヘルムが立っていた。


「我の名はヴィルヘルム・ヴォール・アルテイル、そこの二人の騎士より価値のある命を持つ者だ」

「へぇ、自ら命を差し出す気か?、忌々しいアルテイルの血を継ぐ王子よ」


ミラの少々の享楽を含んだ言葉にヴィルヘルムは鷹揚に頷き肯定した。


「そうか、ならばここで自害しろ」

「「!!」」

「お前が自死すればあの二人の命を助けてやっていい」


ミラの理不尽とも言える要求にヴィルヘルムはにベもなく頷き、戦闘の余波で破壊された窓際まで歩いた。


この回廊は王城の上部に位置する場所にあり、もしヴィルヘルムのような人間が飛び降りればまず助からない。


「で、殿下、なりませぬ、御身の命は殿下一人だけのものではございません!、私たちの為に殿下が身を捧げる必要はないのです!」


喉が張り裂けそうになるのも構わず瀕死の身体に鞭を打ってエミリアは叫んだ。


「安心しろ、《遠弓》、我とてまだやることが山ほど残っている」


ヴィルヘルムはエミリアにそう言うと、ミラの方を向いた。


「我は幸運だったようだ、貴様が獣のような短絡的な思考の持ち主ではなく悪辣な思考をする(ひと)であり心底助かった」


ミラはヴィルヘルムが何を言っているのかよく分からなかったが、馬鹿にされていることだけは分かった。


「私たち魔人をお前ら人間と同列に語るな!」

「いや、これはむしろ褒め言葉だ、人間と対等に交渉できる知性を誇れ、魔人。ただ我は貴様らを許さないがな」


ミラはこれ以上ヴィルヘルムに喋らせるのは我慢ならず、彼を殺すべく手刀を振り上げた。


「死ね!」

「我を守れ!、王国の精強なる騎士たちよ!」


ヴィルヘルムが覇気のある声で命令を下すと、ミラを真っ赤な炎の奔流が押し流した。


咄嗟に魔術障壁を張ったミラだったが炎の奔流はそのまま魔術障壁ごとミラを吹き飛ばした。


次いで炎を生み出した張本人がヴィルヘルムの隣に降り立った。


「王国騎士団序列七位、グレイシス・イグナシスがお助けに参ったのですわ!」


長髪の赤い髪を揺らし意志の強い碧眼を持つ魔術師はヴィルヘルムに対して片膝をついて臣下の礼を取った。


「よせ、《炎滅》、貴様がやることはそれではない」

「!?、エミリア!、生きていますの!?」


瀕死の重傷を負っているエミリアに慌てて近付いたグレイシスはポーチから回復薬ポーションを取り出し治療を始めた。


「前線から援軍が来てくれるとはな、《軍師》め、とんだ隠し球を用意していたものだ」


ヴィルヘルムの目線は空を飛ぶ巨大な帆船に向いていた。


◆◆◆◆


同時刻、瀕死のレイシアに回復薬ポーションをぶっかける者がいた。


ナターシャでは断じてない、彼女がそんなことをするはずが無い。


()()は突然上から舞い降り、砂埃一つ立てずに着地しナターシャは眼中にない様子で瀕死のレイシアを治療し始めたのだ。


袈裟に切り裂かれた状態でも生きていたナターシャはほとんど無意識で目の前の人間に斬撃の糸を放った。


そのまま首を断つと思われた瞬間、しかし斬撃はその者には届かなかった。


「無駄です、万全の状態であれば薄皮一枚程度は届いたかもしれませんがその傷を負ったお前が私に傷を負わせる可能性は万に一つもない」

「な……」


ナターシャが口答えする暇すらなく、剣が閃くとその首がまるで初めからくっついていかなかったかのようにコロリと落ちた。


既に剣は鞘に納められ、その卓越した達人の剣技を目撃したものは誰もいなかった。


「名も知らぬ剣士よ、若き身で魔人ディアボロスを追い詰めたことを誇りに思いなさい、そして暫し休むのです、あとは私たちに任せてください」


レイシアを優しげな声音で労ったのはアルレルトとイデアは一度会ったことのある人物、彼女の名は"アイエス・シェイグラード"、王国騎士団副団長にして《閃光》の異名を持つ王国屈指の騎士である。


レイシアの容態が回復薬ポーションにより安定したことを確認したアイエスは静かに立ち上がった。


「さて、元凶を倒しに行きましょうか」


沼に侵食され黒く染まる王城オレグノシスを見上げたアイエスは僅かな草葉を散らして、その場から消えるのであった。

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