百十六話 王国の英雄と歴戦の直感
王国騎士団本部は王城オレグノシスの地下深くに存在する基地であり、地上からの入口はなく転移魔術の結晶を使わなければ侵入するのは不可能であるというのは限られた人間しか知らない。
紛うことなき王国の最重要機密事項である為、当然ではあるのだがその来歴は少々特殊だ。
七百年前、一度目の滅びを遠ざけてから王国騎士団の本拠地として建設されたらしい。
曖昧な表現になってしまうのは誰も王国騎士団本部の建物がいつ、誰が、どうやって建設したのか記録が残っていないからだ。
王国大図書館や王城の禁書庫にすら、この建物の来歴が記された書物は存在しない。
そのような得体の知れない建物を何故王国騎士団が本拠地として使い続けているのか。
理由は至極単純、便利だからだ。
転移魔術の結晶でしか辿り着けない天然の要害を捨ておく余裕は当時の王国騎士団にはなかったのだ。
「剛胆と言えば剛胆ね、偉大な英霊たちは」
「王都を取り戻しても魔人の脅威は失せていなかったし、俺が指揮官でもそうしただろうが剛胆なのはその通りだな」
美しい銀髪に輝く黄金の瞳を光らせる第二王女、リディアの呟きに、金髪碧眼の偉丈夫《金獅子》レオンは同意した。
「"大迷宮"の蓋じゃないの?」
「いや、蓋じゃなくて重しだそうだ」
「魔獣が外に出ないための?」
「ああ、その役目もあるだろうが《軍師》曰く何かを封じてるそうだ」
「何かね、今も潜ってるヘイラート兄上に期待するしかないわね」
「正直に言えばあの人には地上にいて欲しかったのだがな」
レオンは弱音は吐かない、王国の英雄である彼が弱音を吐けばそれは全体の士気の影響を与えるからだ。
しかしリディアの前だけはその限りではない、ヴィルヘルムやアルレルトにすら見せることはない。
彼が弱音を吐くのはリディアの前だけだ、その事実に満たされるものを感じつつリディアはレオンの手を握った。
「ヘイラート兄上はバカよ、協調性もないし居ても邪魔なだけだわ。バカだけど強いから迷宮攻略させた方が王国の為よ」
「実の兄に言うことじゃないと思うがな」
苦笑するレオンだがリディアの言葉を否定はしなかった、リディアが何一つ嘘をついていないからだ。
「戦力は足りてるんでしょ?」
「ああ、幸運だったよ。《ゼフィロス》が王都を訪れシルヴィア殿下が帰ってきてくれて本当に助かった」
特にイデアとシルヴィアの存在は大きかったとレオンは内心呟く。
レオンやラリュール、へグラッド、エミリアの四人とて王国騎士の序列一桁、当然頭は良く指揮官として活躍もできるが決して《軍師》のような専門家ではない。
ヴィルヘルム一人では荷が勝ちすぎる、そんな時に現れたのがイデアとシルヴィアの二人だったのだ。
権謀術数が渦巻く魔術師の混沌都市で頂点に立つ二人だ、その頭の良さと思考力は疑いようがない。
「イデアもシルも性悪だものね、二人はいつ結婚できるのかしらね」
貴族社会の常識に当てはめれば二人はとっくに結婚適齢期を過ぎているという考えからものを言うリディアにレオンはクスリと笑った。
「それは大丈夫だと思うぞ」
言いながら彼の脳裏には緑がかった黒髪を持つ冒険者の顔が浮かび上がっていた。
「「!!」」
どういうことだとリディアが聞き返そうとした瞬間、けたたましい警報音が響き渡った。
王族の避難所である迎賓室に設置されている魔導ベルから発せられているものでレオンはすぐさま事態を察した。
「リディ!、ここは任せるぞ!」
「うん!、武運を祈るわ!」
「ああ!」
短くリディアとやり取りを交わしたレオンは大剣を背負って、部屋から飛び出した。
(警報音の種類から敵は転移結晶で転移してきたことになるが、誰かが負けたのか?)
転移結晶が所有者以外の者が使うと発動する警報音を聞き、王国騎士の誰かが魔人に負けたのではと一瞬考えたが今考えても仕方のないことなのでレオンは目の前の緊急事態に集中することにした。
「ぐわぁ!?」「ぐはぁ!」
悲鳴と共に爆発音と振動が走るレオンを襲い、通路の先から白煙が迫ってきた。
「"剛閃"!」
目視から気配察知に切り替えたレオンは白煙に隠れて、突撃してくる存在を捉えて飛ぶ斬撃を放った。
斬撃が何かを斬った瞬間、さらに爆発して白煙がレオンを包んだ。
視界が完全に閉ざされてもレオンは焦らず、"天武"を正眼に構えてジっと待った。
やがて白煙が晴れると周囲に飛び散る爆散した肉片から何が起きたのか、レオンはすぐに理解した。
「自爆とは趣味の悪い」
「確かにね、人間の肉は臭くて堪らない、死ぬなら静かに死ぬべきだよ」
「っ、"剛波"!」
目の前に現れた男にレオンは問答無用で波濤のような連続斬りを放った。
「ちっ!」
レオンの前に現れた魔人、キッドは舌打ちも一つに魔術障壁を展開して斬撃を防ぎ従えていた二体の自爆人間を突撃させた。
「"我流 剛断"」
爆発的な踏み込みで突撃し、大剣を振り抜いたレオンは二体の自爆人間を両断し爆発するよりも早くキッドへ突っ込んできた。
「っ!、"強奪"!」
予想外のレオンの動きにキッドは権能を発動し、レオンの手から天武が消えキッドの手に現れた。
「っ、そういう権能か!」
天武を奪われたレオンは冷静に後退し、腰から予備の短剣を抜いた。
「凄い武器なんだろうけど敵に奪われたらどうしようもないよね?」
「たかが武器を奪う程度の権能で随分と余裕そうだな」
「何!?」
レオンの煽りにキッドは青筋を立てて怒ったが内心は冷静だった。
(癪だがこいつの言う通り、僕の権能はウォード様や双子共のように強力な権能じゃない)
その事実をキッドはアルレルトとイデアに敗北し、痛いほど痛感していた。
マークの権能がなければ死んでいたという事実がキッドから自らの権能への驕りを捨てさせていた。
(相手は《無邪気》のリリカ様を討った人間、ウォード様の言うように戦わせてはならない)
「動くなよ、人間。動けば関係ない人間が死ぬことになるぞ?」
自爆人間に抱きつかれた複数の非戦闘員がワラワラとキッドの背後から現れ、レオンの前に並んだ。
「身動ぎしただけでも人質を殺すよ、人質を解放して欲しければ…」
「死ねか?、お前らのやり口はよく知っている」
レオンの纏う雰囲気が変わった、殺意や殺気ではなくキッドが知らない底知れない感情が溢れているように見えた。
「侮るなよ、魔人!、彼らが関係ない人間だと!?、断じてそんなことはない!、王国騎士団に所属する者はたとえ非戦闘員であっても死ぬ覚悟は常にできている!」
レオンの全身から彼の感情の発露に呼応するように金色の魔力が噴出し、雄々しい獅子の姿をかたどった。
「レオン様の言う通りよ!」
「俺たちに構わず魔人を倒してくれ!」
「英雄の一助に!」
「こ、こいつら!」
人質にされ死の恐怖に晒されているはずの人間たちが声を上げてレオンの言葉に賛同している姿にキッドは頬を引き攣らせた。
「いつまでも同じ手が通じると思うな!」
目の前からレオンの姿が掻き消えた瞬間、キッドは人質を捨てることに決め自爆人間に指示を出そうとしてレオンの体当たりで吹き飛ばされた。
「ぐぅ!!」
回転する視界の中キッドは飛行魔術を発動し、魔術障壁を展開した。
鈍い擦過音が確認するまでもなく魔術障壁への攻撃を示し、姿勢を立て直すと同時に連続で魔術障壁を重ねて展開した。
それは最初の魔術障壁が破壊されるという読みからきたものだったが、案の定レオンの金色の魔力を纏った短剣に両断された。
「うぉおおお!」
しかし裂帛の声を上げながら短剣を振るレオンにより追加で展開した魔術障壁たちは破砕音を立てて、砕けた。
「化け物め!、"炎爆槍"」
キッドは罵りながら炎魔術の槍を射出すると、炸裂した魔術により通路が爆炎に染まり視界が真っ赤で埋め尽くされた。
油断せずに炎魔術の槍を作り出したキッドは自分の手にレオンから奪った大剣がないことに気付いた。
キッドが自身の失態に歯噛みする暇もなく、爆炎を割ってレオンが突っ込んできた。
「(なっ!?、見えない!)」
権能で再び奪おうとしたキッドはレオンの身体に隠れてあるはずの"天武"が視界に入らず、愕然とした。
キッドの権能"強奪"には弱点が存在する、視界に奪う対象が入っていなければ奪うことができないというものだ。
この弱点をレオンは知らなかったが若くして培った多くの魔人との戦闘経験から瞬間的に探り当てた。
「"我流 剛断"!」
苦し紛れにせり出した土壁ごとレオンの大剣はキッドを袈裟に両断した。
「ぐばぁ!?」
「"我流 剛波"!」
鮮血を撒き散らしたキッドの身体をレオンは連続斬りでバラバラに切り裂き完全に息の根を止めた。
かつてアルレルトたちから逃げたマークの権能は既に効力を失っており、発動せず強奪の魔人キッドは再び彼らと再戦することなく絶命した。
「…ふぅ」
完全に死んだことを確認したレオンが人が倒れる音に振り向くと、自爆人間が気絶していた。
「お前たち無事か?」
「レオン様!」
「無事でございます!」
「魔人を倒されたのか!」
自爆人間が自爆しないように人質たちを拘束していた腕を斬って救出すると歓喜の声がレオンを迎えた。
「お前たちは会議室へ行け、あそこならリディがいる、俺は侵入した自爆人間を全て倒しに行く」
「レオン様!、お気をつけて!」
「ああ、お前たちもな」
人質たちと別れてレオンは本部に侵入した自爆人間を全て排除すべく走るのだった。
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