十一話 下水道の魔虫討伐
翌朝、旅立つイデアを見送ったアルレルトは早速冒険者ギルドで依頼を受けることにした。
『ギルドでは早朝に依頼が張り出されて冒険者で混むから、アルは時間を置いて行った方がいいわよ』
別れ際のイデアの助言に従って時間をずらしてギルドを訪れると、昨日とは違って冒険者はほとんどいなかった。
依頼板に張り出されている下級指定の依頼を探しているといくつか見つけた。
(グラールの下水道掃除、カリジャ森林の薬草採取、小鬼討伐。薬草採取と魔獣討伐は分かるとして下水道掃除とは?)
疑問に思ったアルレルトは昨日とは違う人だったが、受付嬢に相談した。
「その依頼は下級の方々からかなり嫌われている依頼でして、もし受けて下さるのでしたらギルドとしては大変嬉しいのですが…」
「具体的にどのような依頼なのですか?」
質問してきたアルレルトが乗り気だと捉えたか受付嬢はここぞとばかりに答えた。
「下水道に住む魔虫の討伐です!、報酬は下級の依頼にしては破格ですよ!」
「何かを隠していますよね?」
アルレルトの指摘に頬を引き攣らせた受付嬢は、ゆっくり視線を逸らした。
「答えないのならば依頼は受けませんよ」
「下水道は暗くて汚くて臭いしそこに住む魔虫も同じなので嫌われてるんです!」
「なるほど、そういう事でしたか」
涙目の受付嬢に同情した訳では無いが、イデアから貰った秘石を試してみようと思ったアルレルトは依頼を受けることにした。
◆◆◆◆
「おっ、下水道掃除の依頼を受けに来た冒険者か?」
下水道の入口に移動すると依頼書の通り門兵が立っていた。
「はい、その通りです」
「はは、せいぜい汚物まみれにならないように気を付けろよ」
陽気な門兵が下水道の門を開けると独特の腐臭が襲ってきた。
顔を顰める程度に留めたアルレルトは懐から秘石を取り出した。
「確か使いたい魔術をイメージして魔力を流す…」
頭の中で周囲を照らす松明を思い浮かべて、指先から魔力を流すと秘石の切っ先が光り出し、下水道を照らした。
「よし、使える。まずは暗闇に目を慣らしていたからですね」
一度秘石の明かりを消したアルレルトは黒鬼を抜いて膝をつき目が暗闇に慣れるのを待った。
暗順応を終えたアルレルトは立ち上がり、秘石の光で奥を照らした。
「「「ーーーーー」」」
「いましたね、魔虫」
床、天井、壁の全てに張り付いた魔虫が一斉にアルレルトを捉えると、襲ってきた。
「"神風流 辻風”」
旋回する風の斬撃が下水道を撫で、魔虫の硬い外殻を問答無用で斬り裂いた。
姿勢を低くする前傾姿勢で走り、駆け抜けながら襲ってする魔虫を斬って捨てアルレルトの後ろには魔虫の死骸が積み重なっていった。
「"神風流 突風”」
突きが三匹の魔虫を貫き、振り抜いた勢いで三匹共捨てると狭い下水道を利用して壁を蹴って他の魔虫を躱し、後ろから斬り捨てた。
「数が多いですね、"神風流 大風”」
呟きながら一直線に伸びる風の斬撃がまとめて数匹の魔虫を両断した。
壁から襲ってくる魔虫を斬り、床から襲ってくる魔虫は鉄靴で踏み付けて潰した。
狭い下水道内での上段斬りを避け、突きや中段斬りで対応する身でありながらまるで格の違いを示すかのように襲ってくる魔虫を殲滅した。
「ふぅ」
やがて魔虫を殲滅したアルレルトは一息整えると、下水道の先を秘石で照らした。
下水道はグラールの街中に張り巡らされたものであり汚物や腐臭が立ち込めていることからも瘴気が溜まりやすく街中なのにも関わらず魔獣が発生するのだ。
依頼の内容は魔虫の討伐と下水道の調査だ。
残党の魔虫を倒しながら下水道を進むアルレルトは汚物まみれの水も調査したが、想定通り汚くて臭かった。
「ーー」
特に異常がないと判断したアルレルトは帰還することに決めた、腐臭には耐えられるとはいえずっと居たくはなかったからだ。
魔虫の討伐証明部位である右触覚を拾いながら、入口に帰ると門兵が笑って出迎えた。
「なんだよ、お前も根を上げて帰ってきたのか?」
「いいえ、そうではなく依頼を完了したので」
アルレルトが片手で持つ触覚の束を見せると門兵はあんぐりと口を開けた。
「百匹を超える数がいたのにこの短時間で全部討伐したのか?」
「はい、それが依頼の内容でしたので」
「ーーー」
言葉を無くした門兵に頭を下げてアルレルトはその場を後にした。
「えぇ!?、もう依頼を完了したんですか!?」
昼下がりの冒険者ギルドは朝来た時と変わらず、閑散としていたので受付嬢の声はよく響いた。
「はい、討伐証明部位です」
「本物です…すぐに報酬を用意します」
報酬の銀貨二十枚を受け取ったアルレルトが踵を返すとギルドの扉が勢いよく開かれた。
「ちくしょう!、小鬼め!」
「悪態をつくのは後にしろよ、治療が先だ!」
格好がボロボロの冒険者とすれ違ったアルレルトは聞こえてきた会話に興味を惹かれたが、話を聞く雰囲気でもなかったので、そのまま宿屋に帰るのだった。
◆◆◆◆
翌日、再び冒険者ギルドを訪れると昨日とは違いピリついた雰囲気が立ち込めていることに気付いた。
「お前、アルレルトだったか?、イデアの小娘はどこに行った?」
「ベイジンさん?、イデアなら昨日の朝旅立ちましたよ」
「なんだって!?、クソっ!、いなくて良い時にいていて欲しい時にはいねぇのかよ」
突然話し掛けてきたのは模擬戦で戦った盾役の冒険者ベイジンだった、悪態をついたベイジンにアルレルトは言葉を返した。
「何かあったのですか?」
「下級の新人には関係ねぇ話だよ、邪魔して悪かったな」
手を挙げて仲間の元に帰っていったベイジンのことが気になったアルレルトだったが、割り切ってこれから受ける依頼に集中することにした。
アルレルトが受けたのはカリジャ森林の薬草採取の依頼で様々な薬の元になるタリス草の採取が目的だ。
採取したタリス草の数によって報酬が変わるので沢山採取できるように折り畳んだ皮袋を懐に忍ばせて、カリジャ森林に向かった。
「タリス草は双葉の草、これは雑草ですね」
カリジャ森林に入ってすぐ採取を始めたアルレルトは幼い頃師匠と一緒に薬草採取をしたことを思い出した。
『アルはこれからたくさん怪我するから、両手じゃ足りないくらいのタリス草を持ち帰るよ。安心して怪我した分だけアルは強くなれるからね』
「師匠、俺は怪我の分強くなりましたよ」
今やもうタリス草の軟膏を使わなくなったが、師匠に稽古をつけてもらっていた頃は軟膏を使わない日はなかった。
懐かしい日々を思い出しながら薬草を採取していると、近くの薮が動いた。
「ーーー」
警戒して黒鬼の柄に手を置いた瞬間、飛び出してきた小さな獣と目が合うのだった。




