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百九話 対策と話し合い

イデアがレイシアとシルヴィアを《ゼフィロス》に誘った翌日、イデアはシルヴィアと共にオトウス子爵家屋敷での顛末を王国騎士団本部でヴィルヘルムとレオンに報告していた。


「ふむ、《悠久者》の対応は《双杖》に預けるとして、こちらの動きが魔人側に漏れているという可能性はないか?」

「それはないわね、もし私たちが来ることが分かっていたらもっとえげつない罠を張っていたと思うわ」

「同感ですね、アル君が倒した幹部は魔人がいた神聖な場所として屋敷を守っていたと逮捕した魔人信奉者から聞き出しました、私たちが交戦した土人形(ゴーレム)も同じ理由で設置されていたのだと思います」


イデアとシルヴィアの二人に否定されたヴィルヘルムは顔には出さなかったが、胸を撫で下ろした。


「ヴィル、安心はできないぞ、残念ながら状況は好転していない」

「そうだな、魔人が姿を現さないということは牙を研いでいるに違いない、屋敷でなにか分かったか?」

「残念ながら何も」

「《卑劣》が手がかりを残すわけがないか、完全に後手に回っているな」


額を親指で揉みほぐすヴィルヘルムの肩をレオンは掴んだ。


「落ち込むな、朗報もあっただろう?」

「《卑劣》の目的が我ら王族の殺害というやつか?」

「ああ、二人は人斬り騒動からそう考察したのだろう?」


レオンの問いかけにイデアとシルヴィアは頷いた。


「レオ義兄上、それに関してはイデアと話して修正する必要が出てきました」

「む、そうなのか?」

「魔人が潜入していたら王族が狙われる可能性は真っ先に考慮するし、自然と警備は強化されるわ。《卑劣》がそんなこと読めないはずがないからおそらく王国騎士も狙われていると思うのよ」


王国騎士はアルテイル王国の剣であり盾、その強さは折り紙つきで魔人たちが最も警戒する戦力に他ならない。


魔人に狙われる可能性は十分にあるだろうと二人は考えていた。


「王国騎士は普段何処にいるの?」

「東西南北の支部に詰めている、今は厳戒態勢だから休暇に出ている者もいないな」

「支部が攻撃された場合は先例を教訓として序列一桁の騎士が急行できる体制を整えている、現状は《血槍》がその役目を担っている」

「現在序列一桁の騎士は誰が王都にいるのですか?」


シルヴィアの問いにヴィルヘルムではなくレオンが答えた。


「俺、ラリュール殿、ヘグラッド殿、そしてエミリア殿の計四人だな」

「少ないわね、前線の戦況は良くないの?」

「予断を許さない状況だな、魔獣山脈から吹き出す魔獣の攻勢が激しくアイエス副団長が急遽呼び戻されたほどだ」

「援軍は望めないわけね、それなら少ない手札でやり繰りするしかないわ」


イデア、シルヴィア、ヴィルヘルム、三人の知恵者は頭を捻る、敵の目的に即した動きを予測し()()にならない状況を思考する。


「やっぱり王族は分散させた方がいいと思うわ」

「敵の狙いをバラけさせるにはそれしかないか、父上と母上はオレグノシスからテコでも動かんだろうからリディとシルの二人を本部に連れてくるのが妥当か」


「ヴィル兄上、私は隠れませんよ、リディ姉様とヴィル兄上の分も戦います」

「…シル」


一人の兄としてはシルヴィアの身が心配でならないがシルヴィアほどの力を持つ魔術師を遊ばせておく理由がないのは確かだ。


王としての思考と家族を想う気持ちに折り合いをつけたヴィルヘルムは渋々頷いた。


「妹の力を借りねばならん弱き兄を許せ、シル」

「許すも何も、ヴィル兄上ほど強い人を私は知りませんよ?」


シルヴィアに微笑みかけられたヴィルヘルムは顔を背けた。


「男の照れ顔とか気持ち悪いから止めてくれない?」

「黙れ」


毒を吐き合うヴィルヘルムとイデアをレオンが仲裁し、話し合いを進め王国騎士団本部にリディアを連れてくることが決まった。


「陛下と王妃陛下はどうする?、近衛騎士達では魔人と戦っても時間稼ぎが精々だ」

「魔人と戦える人手が足りないか、エミリアさんに任せるのは?」

「ラリュールとヘグラッドは動かせんから、その人選が最適だろうな。《ゼフィロス》との連絡役はシルにやってもらおう」


「イデア、露骨に嫌そうな顔をしないでください」

「…してないわよ」


シルヴィアはイデアの美貌が歪んでいたのを見逃していない、最適な人選なのでイデアが拒絶することは無いが嫌なものは嫌なのである。


「話し合うことはもうないな、それなら俺は父上に報告してくるぞ」

「待って、あと一つ確認したいことがあるわ」


会議を終わらせて早々に出ていこうとしたヴィルヘルムをイデアは呼び止めた。


「なんだ?」

王国騎士団本部(ここ)に移動できる転移結晶は何個あって誰が持っているの?」

「全部で九つだ、序列一桁の騎士しか持っていない」

「うーん、それなら大丈夫か…」

「転移結晶が奪われ、本部に攻め入れられる可能性を考えているのですか?」

「ええ、そうよ。でも転移結晶を持っているのが序列一桁の騎士たちなら問題ないわね」


「いや、よく気付いたな、《双杖》。それは盲点だった。王国騎士から転移結晶が奪われ本部に攻め込まれる可能性も考慮するべきだ」

「え、でも王国騎士からどうやって奪うのよ。戦いはもちろんのこと搦手だって通じるとは思えないんだけど」


王国騎士団の序列一桁とはアルテイル王国に所属する騎士の最精鋭を指し、戦闘能力だけではなく頭脳明晰で王国に絶対的な忠誠心を持っていなければならないエリートなのだ。


イデアが敵側だったら真っ先に返り討ちにされる可能性を思いつく。


「俺もそう思うが騎士も命に限りある人間だ、信用しているし信頼もしているが王国の命運が掛かるこの状況下でそれをあてにすることは避けたい」

「それならどうするつもりよ」


イデアの問いにヴィルヘルムは一瞬俯き、すぐに顔を上げた。


「レオ、リディを連れてきたら本部は一時的に閉鎖する。これでもし誰かが本部にやってきたら其奴は敵だ」

「分かった、ラリュール殿とヘグラッド殿は呼ばなければ来ないと思うからエミリア殿、そういうことになった、留意しておいてくれ」


少し離れたところに立っていたエミリアはレオンの指示を受けて、頭を下げた。


「今度こそ話し合いは終わりだ」


ヴィルヘルムの言葉で四人の話し合いは終わりを告げるのだった。


◆◆◆◆


話し合いを終えたイデアとシルヴィアはエミリアの転移結晶で宿屋に戻ってきた。


「それでは私は陛下たちの護衛に参ります」

「お願いしますね、エミリア」

「はっ!、殿下もお気をつけて」


短く敬礼したエミリアは転移結晶で去っていった。


「はっ!」「んっ!」


裏口から入ると中庭でネロとレイシアが槍と剣を交えて模擬戦を行なっていた。


それを観察していたアルレルトは戻ってきたイデアとシルヴィアに気付いて、近付いてきた。


「お帰りなさい、二人共」

「ただいま、アル」

「今帰りました、アル君」


微笑みと共に出迎えてくれたアルレルトに自然と二人も笑みを浮かべて言葉を返した。


「朝からの会議お疲れ様です、話し合いはまとまりましたか?」

「手を回せるところは回し切ったわ、あとは《悠久者》の問題のみね」


「結局どうするのですか?、放置するという選択肢もあると思いますよ」

「それは勿体ないわ、《悠久者》が大迷宮(ラビリンス)の情報は持っているのは確かだと思うし会ってみようと思うの」

「…一人で行くのは私は別に構いませんがアル君が反対するのでは?」


思考を先読みしたシルヴィアの言葉にイデアはギクッと体を硬直させて、ジト目で見詰めるアルレルトから逃れるように顔を背けた。


「イデア」

「こ、これは戦略的に見て正しいことよ!、魔術師が相手なら私一人の方が臨機応変に対応できると思うの!」


苦し紛れの言い訳にしては筋が通っているのでアルレルトは短くため息を吐いた。


「シルヴィア、《悠久者》というのはイデア一人で対抗できる相手なのですか?」

「少なくとも魔術戦で遅れを取る事はないでしょう、《双杖》という称号は伊達ではありませんから」

「そうよ、アル!、私は凄い魔術師なのよ!」


シルヴィアの言葉に便乗したイデアは自慢げに胸を張った、アルレルトは苦笑し今度はシルヴィアにジト目で見られているが気にしない。


「分かりました、イデアが一人で十分だと判断したのならその判断を支持しますが戦う際は慢心せず残心を忘れずに、いいですね?」

「わ、分かったわ」


「ふふ」


史上最高の魔術師とも謳われるイデアが同じ年頃の青年に窘められている目の前の光景にシルヴィアは忍び笑いをこぼすのだった。

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