百八話 失望と仲間
結果的に言えばオトウス子爵家の屋敷はもぬけの殻で魔人はいなかった。
屋敷にはオトウス子爵家の関係者は軒並み逮捕されアルレルトが倒した槍使いは魔人信奉者の幹部であることが判明した。
「調査に手間取って逃げられてしまいましたか、悔しいですね」
「申し訳ありません、殿下」
「情報の裏取りを行なってから最速で動きましたから敵が一枚上手だったのです、エミリアが謝る必要はありませんよ」
頭を下げるエミリアを慰めて下がらせたシルヴィアは鋭い視線を目の前の美少女に向けた。
「イデア、屋敷で誰に会ったのですか?」
「《悠久者》に会ったわ」
「っ、本物ですか?」
「確証はないけどあれは本物よ、《賢者》や《極彩》と同じものを感じたわ」
「なるほど、それで何を吹き込まれたのですか?」
シルヴィアは気付いていた、屋敷から戻ってきたイデアの様子がおかしいことに。
ほんの些細な変化だったが長年鎬を削り、イデアをよく知るシルヴィアだからこそ気付くことが出来た。
「吹き込まれたわけじゃないわ、ある提案をされたのよ」
「察するにその提案を受けるつもりなのですね」
シルヴィアの確認の言葉にイデアはバツが悪そうな顔で頷いた。
「手を引くつもりですか」
「…やっぱり分かるのね」
「舐めているのですか、分からないはずがないでしょう、何度貴女とレーネに負けたと思っているのですか」
「私の思考を読むのは得意ってことね」
「イデアだって何度も私の思考を読んできたでしょう、お互い様です」
「怒ったかしら?」
「無論です、それなら最初からヴィル兄上の協力を断るべきでした、《悠久者》に大迷宮の情報をチラつかされた程度で手を引くのであればね」
静かな怒気を迸らせ、全てを見抜くシルヴィアにイデアは真剣な目で訴えた。
「私は魔人を倒したいわけじゃないわ、目的の為に必要だから協力していたのよ、それは貴女も分かっていたでしょ?」
「もちろん、しかし私はこれでも貴女を信用していたのですよ、イデア。一度抱えたものを捨てることだけはしないとね」
シルヴィアの失望がイデアの胸に突き刺さり悲痛な表情になるイデアだったがそれでも自分の考えを曲げたりしない。
それを感じたシルヴィアは切り口を変えてみることにした。
「アル君には話したのですか?」
「…まだ話してないわ」
「本当にイデアの提案をアル君が受けて入れてくれると思っているのですか?」
「それは…」
仲間に加わってくれてからアルレルトがイデアを拒絶したことは無い、常にイデアの意見を尊重し受け入れてくれた。
しかしそれはイデアの意見がアルレルトの思いと相反しなかったからに他ならない、果たしてアルレルトの思いと真反対のイデアの考えに賛成してくるのだろうか?
「っ!!」
アルレルトに失望される未来を想像したイデアは全身に震えが走った。
「自分で勝手に判断する前にまずは仲間に相談するのが筋ではないのですか?、彼らはイデアが守らなければならない赤子ではありません」
「そんなことぐらい分かってるわよ!、でも私は《ゼフィロス》のリーダーとして皆を守る義務があるのよ!、もう私のミスで大切な人を失うのは嫌なの!」
もしかしたら初めて見るかもしれないイデアの感情の発露にシルヴィアは開いた口を強引に閉じて、イデアの肩を掴んだ。
「その想いを仲間に言うべきではないのですか!、臆病になり安易な道に逃げるな!、《双杖》のイデア!、そのような体たらくで大迷宮、いえ!、世界三大秘境を攻略できると本気で思うのですか!」
シルヴィアが放った言葉は奇しくもグラニスと戦う時にネロに対してアルレルトが使った言葉と同じだった。
「っ!!」
先程の失望の視線よりもその言葉はイデアの内心を揺さぶった。
「イデア君、シルヴィア君、喧嘩かい?」
「っ、先生」
「似たようなものですね」
動揺を露わにしたイデアと対照的にシルヴィアは肩を竦めた。
「どちらでもいいけどね、人が多いところで話す時は遮音結界を張りなさいと教わったんじゃないかい?」
「「あっ」」
話に夢中になっていた二人が周囲を見回すが、あれほど激しく言い合っていたのにこちらを見る視線はない。
「何やら大事な話をしてるようだったからね、私が張っておいてあげたよ、特にイデア君は皆には聞かれたくなかったんじゃないかな」
「せ、先生、ごめんなさい、聞いてたんでしょ?」
「いやいや、盗み聞きなんて無粋な真似はしないよ。それでも話したいことがあるなら皆を呼んでくるよ?」
朗らかに笑って気遣ってくれるサルースにイデアは温かい気持ちになった。
「ありがとう、先生、皆に話したいことがあるわ」
毅然とした表情でイデアはサルースにお願いするのだった。
イデアに呼ばれた《ゼフィロス》の面々と何故かレイシアとシルヴィアも話を聞くことになった。
「何故私も?」
「私が聞く必要はないと思うのですが」
「いえ、二人にも聞いて欲しいわ」
理由は定かでないがレイシアとシルヴィアにも聞いて欲しいらしい。
「コホン、実は屋敷の中で《悠久者》と呼ばれる魔術師に会ってある提案をされたの、大迷宮探索許可証と大迷宮の情報を渡す代わりに王国騎士団に協力するのを止めろと言われたわ」
間近で聞いていたネロとアーネはともかく初めて聞いたアルレルトとサルース、レイシアは驚いていた。
「正直に言えば受けようと思うわ」
イデアの言葉が予想外だったのか、ネロは口を大きく開けて驚きサルースやアーネも驚いていた。
唯一アルレルトだけは表情が変わらずイデアの続きの言葉を待っていた。
「私の目的は大迷宮を攻略することだから、別に構わないと思ったのよ。私は《ゼフィロス》のリーダーだし皆を守るためにはどんな些細な情報でも欲しいと思ったの」
「私は正しい選択だと思うけど皆はどう思うか、聞きたいわ」
「リーダーの選択は目的を優先するなら正しいと思うよ、魔人と命かけて戦う義理はないしな、避けられるなら避けるべきだよ」
ネロは現実的な意見を好むので今回のイデアの選択を支持してくれた。
「私はリーダーの意見に従うよ」
『僕はアル様に従う』
自然と皆の視線がアルレルトに集まり、皆に答えるようにアルレルトは口を開いた。
「イデア、初めて自分から相談してくれましたね、俺はそれが嬉しいです」
「アル…」
「その上で反対させてもらいます、俺は一度始めた戦を途中で投げ出すつもりはありませんから」
多数決で言えば三対二でイデアの意見が通るはずなのだが、イデアはレイシアとシルヴィアに目を向けた。
「二人はどう思うの?」
「ん、私が意見するのは違うと思う」
「《ゼフィロス》の問題でしょう、何故私たちに聞くのですか?」
「いいから答えなさいよ」
イデアの催促に顔を合わせたレイシアとシルヴィアは拒絶する理由も特にないので答えることにした。
「私はアルや皆が味方だと嬉しいし助かるからイデアには反対する」
「王族として《ゼフィロス》が協力してくれることは国益に直結するのでイデアの意見には反対したいです、それで私たちの意見になんの意味が?」
シルヴィアの問いにイデアはいつもの勝気な笑みを浮かべた。
「大きな意味があるわ、レイシア、シルヴィア、《ゼフィロス》に入らない?」
予想外過ぎるイデアの言葉に驚いたのは二人だけではなく、アルレルトたちもだった。
「…唐突に何を言うんですか」
「ん、驚いた」
「良いじゃない、アルと張り合う剣士と狡猾で優秀な魔術師が欲しいのよ」
「私の印象に棘がありませんか?」
「気の所為じゃない?」
「俺も二人が仲間になってくれるなら嬉しいですが二人の意思が何よりも大切では?」
「分かってるわ、アル。返事は急がなくていいから勧誘の件、考えてといて欲しいわ」
「んん、色よい返事はあげられないかもしれない」
「別にいいわ、無理に入って欲しいわけじゃないから、それに私は絶対に諦めないわ」
「レイ、一度仲間にすると決めたイデアはしつこいですよ、覚悟した方がいいです」
「んん、アル、言い方がなんか怖い」
経験者は語るというやつである。
「イデア、妄言は置いておいて手を引くのですか?」
「妄言じゃないし手も引かないわ、シルヴィアとレイシアを入れたら多数決で反対が勝ったからね!」
「それで私たちを参加させたのですか」
呆れるシルヴィアだったがこれがイデアだと改めて思い直して笑みを浮かべるのだった。
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