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百七話 悠久者と得物の質

屋敷で一番大きな魔力を追いかけるイデアとネロにアーネが追いついた。


「アーネ、アルは大丈夫なの?」

「アル様なら必ず勝つ、だから僕は二人の援軍に来た」

「正直助かる!、リーダーがいるとはいえ魔人と正面から戦える自信はないからな!」


自分の実力を客観視しているネロの言葉にアーネは頷いた。


「それは僕も同じだけどイデアが魔術を撃つ時間は稼げば僕たちの勝ち、そうだよね?」

「ええ、たとえ七悪(しちあく)の魔人だろうと倒してるやるから大船に乗ったつもりでいなさい」


大言壮語にしか聞こえない言葉であるが何故かイデアが言うとそうは聞こえないのが不思議なものである。


「あの部屋よ!、"雷滅槍(ザンダーランス)"!」


イデアは問答無用で部屋の扉に向かって魔術をぶち込んだ。


「古代魔術は撃ち込まないでくれ、そして私に戦意はない」

「っ!」


追撃で古代魔術を撃つつもりであったイデアは爆煙の中から聞こえてきた声に膠着した。


「リーダー!、躊躇してる場合か!」

「待って!」


ネロの呼び声を制止したイデアは風魔術で爆煙を吹き飛ばした。


爆煙が晴れるとイデアの魔術でボロボロになった部屋で無傷でソファーにローブ姿の女が座っていた。


「お前は人間ね」

魔人(ディアボロス)ではないという意味ならその通り、そしてお前が今代の《双杖》、イデア・ガーランドか?」

「ただのイデアよ、その言い方は長生きしてる魔術師ね、何故ここにいるかしら?」

「質問は交互に一つずつ、そして私は必ず答える」


無機質な話し方をする女魔術師を警戒しつつも敵意は感じられないのでイデアはネロとアーネを背において部屋の中に入り、女魔術師と対面した。


「貴女の名前は?」

「ローデス、魔術師だ」


ローデスという名前に最も反応したのはアーネだった。


「っ!?、ローデス派の始祖、《悠久者》ローデス!?」


魔術三大流派の一つ、ローデス派の頂点に君臨するのが《悠久者》と呼ばれる魔術師なのは有名な話であるが《悠久者》にはアルテレス派の《使徒》やフルグラス派の《双杖》とは明確に違う部分が存在する。


それは時代によって代替わりする《使徒》や《双杖》とは違い、《悠久者》はローデス派勃興期から現代まで()()()()であるということである。


(こいつの言葉を信じるなら推定でも千年は生きてる魔術師が目の前にいることになるわね)


例外はあるものの基本的には生きている年数が長ければ長いほど実力が高いと言われるのが魔術師の世界だ。


長く生きているということはそれだけ魔術の才覚と魔力量があり、相応の年月を生き抜いてきたことになる。


たとえ長命種であっても千年という数字はあまりにも大きいが、イデアは怯まずローデスの言葉の続きを待った。


「そしてイデアは大迷宮(ラビリンス)攻略を目指していると聞いた、本当か?」

「…本当よ」


いきなり話の方向性が変わり、眉をひそめるイデアだったが素直にローデスの質問に答えた。


「この屋敷には魔人がいたはずよ、どこに行ったか知らない?」

「彼らは昨日出ていった、そしてもう帰ってこない」


イデアは魔人が複数人いたという情報とこの屋敷には帰らないという情報を得た。


「イデア、大迷宮(ラビリンス)の攻略を何故目指す?」

「大好きな親友の夢だからよ、必ず攻略してやるわよ、逆に聞くわ、どうして大迷宮(ラビリンス)のことを聞いてくるの?」

「異端者が造ったあれを攻略すると言っている《双杖》に興味があった、そして私は大迷宮(ラビリンス)をよく知っている」


そう言ってローデスは懐から一枚のカードを取り出して、机の上に置いた。


「それは…!?」

「"大迷宮探索許可証"、そしてイデアが欲しくて堪らないもののはずだ」

「それを私に見せてどうするつもりなの?」

「次に質問するのは私だ」


最初に提示した交互に質問するというルールを出てきたローデスに対して歯噛みしつつもイデアは続きを待った。


「そしてこれは質問というより提案だ、大迷宮攻略許可証と大迷宮(ラビリンス)の情報を渡す代わりに王国騎士団に協力するのは辞めて欲しい」

「っ、そんな提案をするってことは貴女は魔人信奉者ということ?」

「否定する、彼らとは互いの利益を侵害しない対等な関係を築いている、そして返答は急がなくてもいい、決心がついたら王都で()()()()()()に来るといい」


言うことは言ったとばかりに大迷宮探索許可証を懐に戻したローデスは立ち上がってネロとアーネとすれ違い部屋から出ようとして、立ち止まった。


大迷宮(ラビリンス)迷宮(ダンジョン)の巨大版だと思ってるならその認識は改めた方がいい、異端者の執念は尋常じゃない、そしてそれはお前たちの歴史が証明してる」


そんな台詞を残してローデスは立ち去っていった。


一瞬呆けていたネロとアーネだったが、ハッと再起動するとすぐにイデアに駆け寄った。


「リーダー!、追わなくていいのか!?」

「ローデスは絶対に魔人の居場所を知ってる!」

「分かってるわ、でもあの女は()()よ、下手に刺激するのは避けるべきだわ、長生きしてる魔術師は総じて爆発寸前の爆弾みたいなものだしね」


いつものイデアの話し方と表情で二人は気付くことができなかった。


イデアがローデスの提案に揺れていることに。


◆◆◆◆


一般的に剣と槍の戦いではその間合いの広さから槍が有利だと言われており、アルレルトと槍使いの戦いにおいてもその常識は覆らない。


しかし有利だからといってそれが勝利に繋がるとは限らない。


「"神風流 天風(あまかぜ)"!」


槍使いの突きを捌いたアルレルトはそのまま自らが傷つくことも思わず突っ込んできた。


「何っ!?」


急所のみを防ぎながら突っ込んでくるアルレルトに一瞬気圧された槍使いはアルレルトの連撃を防ごうとするが、既に間合いの内側に入られているため槍の引き戻しが間に合わない。


槍使いは覚悟を決めて、槍の柄でアルレルトの連撃を防ごうとした。


「ぐぅ!」


背後の壁と共に肩や腕が切り裂かれるが、何とか急所を防ぐことに成功した槍使いは間合いを取り戻す為に横に跳んでアルレルトから距離を取ろうとする。


無論みすみすアルレルトが距離を取らせるはずもない。


「"神風流 天刃"」


呼吸を挟みながら放たれたのは()()の飛ぶ斬撃、槍使いは一瞬で回避を捨て迎撃することを選んだ。


槍を振ろうとした槍使いの視界にこちらへ走り出しながら、剣を突きの姿勢で構えるアルレルトが映る。


(飛ぶ斬撃が囮なのは分かってるぞ!、突きが本命なら斬撃を潰しながら貫いてやる!)


走り出したアルレルトがいるのは槍使いの間合いだ、"天刃"を潰しながらアルレルトを倒そうとした槍使いの思惑を漆黒の刀が裏切った。


「"神風流 突風"」


鈍い音を立てながら槍使いの持つ槍が矛先から綺麗に割れていく、アルレルトの突きで槍使いの槍が粉砕される。


最後に勝敗を分けたのは得物の質だった。


そのまま漆黒の刀は槍ごと槍使いの心臓を貫いた。


「ぐはぁ!?」


槍使いを蹴って黒鬼を引き抜くと貫かれた胸から鮮血が噴き出し、血反吐を吐いた槍使いは仰向けに倒れた。


「運がなかったですね」


倒れた槍使いの首を切り落としたアルレルトは血振りをして、絶命した槍使いを慰めた。


得物の質で負けたというのはアルレルトの言う通り運がなかったとしか言えない。


達人こそ得物を選ぶものと言われるのはこうした不運を避けるためでもあるのだ。


本来であれば"突風"で槍を止めてから一歩踏み込んでから斬るつもりだったアルレルトは黒鬼の漆黒の刃を覗いた。


(師匠から戴いた黒鬼に感謝しなければいけませんね)


森を出てから何度も世話になっている漆黒の刀に陰りがないことを確認したアルレルトは鞘に納めた。


「アル、無事?」

「レイ、かすり傷だけです。そっちは?」


ヴィヴィアンがぶっ壊した壁からやってきたレイシアに回復瓶(ポーション)を飲みながら、戦況を聞いた。


土人形(ゴーレム)は全部倒した、私はアルたちの援軍に来た、イデアたちは?」

「先程別れて…」

「アル!、レイシア!」


噂すれば何とやらという感じでイデアたちが戻ってきた。


「イデア、その様子では魔人(ディアボロス)に逃げられたのですね」

「うん、この屋敷にはもういないと思うわ」

「分かりました、一度シルヴィアたちと合流しますか?」

「そうね、シルヴィアたちと合流してエミリアさんに屋敷を制圧する人を連れてきてもらいましょうか」


(?、何か先程とイデアの様子が違うような…?、魔人の攻撃を受けたようには見えませんが…)


澱みなく指示をするイデアに従いながら、アルレルトはその立ち振る舞いにどこか違和感を感じるのだった。

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