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2 waiting

 

「おい雫!」

 プップッというクラクションの音に雫はハッと顔を上げた。見ると青い車の窓から見たことある顔がこちらに向かって手を振っていた。

「晴君」

 それは晴斗だった。無意識に車の中に目を移すとそこには誰もおらず、乗っているのは晴斗1人きりだった。

「帰るんだろ? 乗ってけよ」

 晴斗が助手席の窓を開けて言う。雫は言葉に甘えて車に乗り込んだ。

「晴君、助かったよ」

「いいよ、今日はこの雪で仕事も休みになって家族の使いパシリしてるだけだったし。今も駅前の寿司屋に持ち帰り取りに行ったとこ」

「お寿司? お祝い事?」

 雫が聞くと晴斗は驚いた顔をした。

「あーから聞いてないの?」

「え?」

「今日はあーの高校の卒業式。だから朝から大雪で俺が送り迎えしてたってわけ」

 雫は晴斗の言葉にひとり納得した。

「通りで大雪なわけだ。でも雨じゃないんだね」

「さぁ、偶然だろ。雨男なんているわけないじゃん」

 晴斗はさらりと言った。昔、雫にちょっかいをだしていたやんちゃな男の子は随分と冷静な青年になっていた。信号が赤になると車のフロントガラスにはすぐにうっすら雪が積もり、それをワイパーが忙しそうに拭い去っていく。晴斗は後部座席においてある大きな荷物に目をやった。

「よく仕事の休みが取れたな」

「え?」

「年末年始も帰れないくらい仕事が忙しいんだろ? それなのに決算期の3月によく休みが取れたと思っただけ」

 晴斗の言葉に心臓がギュっと痛くなり、心地の悪い罪悪感が胸に広がっていく。

「……うん、ずる休みなの。多分、今頃会社の人達困ってる」

 晴斗は雫のことをちらりとみるとすぐに視線を戻した。

「あんまり周りに迷惑かけるなよ。俺たちももう子供じゃないんだから」

「うん、私って本当ダメな大人なんだよね」

 雫は冗談めかして言いながら作り笑いを浮かべた。

「ま、せっかく休みが取れたんだからゆっくり休めよ。それにお前が帰ってきて喜ぶやつもいるし」

 信号は変わり車が動き出す。晴斗はそれ以上そのことについて触れなかった。運転をする彼を盗み見るとその横顔に幼さは残っていない。

(大人か……)

 レインと会えなくなってしばらくたってから、大人になると精霊は見えなくなると知った。雫が見えないだけでレインは会いに来てくれていたのかもしれない。雪にかすむ懐かしい街並みは子どもの頃とは何も変わらないのに自分だけが変わってしまった気がした。



 しばらくすると車は雫の家の前で止まった。

「送ってくれてありがとう」

「おう、じゃあな」

「あ、晴くん、後で家に行くっておばさんに伝えてくれる? あーちゃんに何かお祝い渡したいから」

「わかった。でもあいつのことだからお前が帰ってきてるって分かれば、あいつの方から飛んで会いにくると思うけど」

 その時、勢いよく雪玉が飛んできて車にぶつかった。見ると雫の家の玄関には背の高い青年の姿があった。雫はその姿に急いで車を降りた。それは制服のままの雨音だった。

「あーちゃん!」

「何でハルの車乗ってんんだよ」

 不機嫌なその顔に懐かしさが込み上げる。

「偶然あったんだよ。ってか、もう来てるとか、引くわー」

 晴斗がからかいながら言うとまた雪玉が1つ、2つと車に命中した。雫は久々に会う雨音の姿をじっくりと見る。その胸ポケットには花のコサージュがついていた。

「あの小さかったあーちゃんが高校卒業なんて感慨深いなぁ」

「近所のおばさんと同じこと言うなよ」

「おばさん! そうだよね、あーちゃんからしたら私なんておばさんだよね」

「そんなこと言ってないだろ。いつまでも子ども扱いするなって言ってんの」

 雨音ははぁーとため息をつく。

「良かったなぁ、雨音。久々に雫に会えて」

 晴斗は車の中からふたりのやりとりを笑いながら見ていた。

「うるさいな、兄貴」

 雨音は車の中の兄を睨むとまた雪玉を車にぶつけた。

「おい! さっきから車に雪玉ぶつけやがって。買ったばっかりなんだぞ」

 すると雫の家の玄関が開いて中から雫と雨音たちの母親が出てきた。

「あんたたちいい年してまだ兄弟喧嘩してるの?」

「まぁまぁ、喧嘩するほど仲がいいっていうじゃない。晴くん、雫を送ってくれたのね。ありがとう」

 雫の母親が呆れている兄弟の母親をなだめながら言った。

「いえ、通り道なんで。バスも動いてなかったし会えて良かったっす」

 晴斗は愛想のよい笑顔で返すと雨音は面白くなさそうにそっぽを向いた。


「で、母さん、俺はかわいい弟のために雪の中寿司を取りに行っていたんだけど。家で待ってるんじゃなかったのかよ」

「だって雨音もやっと高校卒業したし、しーちゃんちは親戚みたいなものだからちゃんと挨拶しなきゃと思って電話したのよ。そうしたらしーちゃんが今日帰ってくるって言うじゃない!? これは会いに行くしかないでしょ」

「親戚って。ただの腐れ縁だろ」

 晴斗の母親はにやにやとしながら息子と雫を交互に見た。

「あら、本当に親戚になる可能性だってあるわよ。ねぇ、しーちゃんって彼氏いるの?」

「いないですよ。悲しいことに彼氏なんて作ってるヒマなくて……」

 雫が答えると晴斗の母親はずいずいと雫に詰め寄った。

「そうよね、しーちゃん忙しいものね! だからね、おばさんいいこと考えたの。晴斗とくっついてこっちに帰ってくるなんてどうかしら? しーちゃんが義理のお姉さんになってくれたら雨音も喜ぶと思うのよ」

「あはは……」

 困って笑う雫の隣で雨音の顔が恐ろしく凍りつく。それを見ていた雫の母親は笑いを堪えていた。

「私は雨音君でも嬉しいわよ」

「だめよ、雨音はね、体と態度ばっかり大きくなっちゃって、中身はまだまだ子どもなんだから、しーちゃんには釣り合わないわよ」

 静かに睨む雨音に母親は気づいていなかった。晴斗は2人を見てはぁっとため息をつく。

「ほら母さん、ばかなこと言ってないで帰るよ」

「バカなことかしら? 幼馴染で気心も知れているしいい考えじゃない」

「はいはい、寿司が暖房で温まっちゃうから、早く乗って」

 晴斗にせかされると母親はしぶしぶ車に乗り込んだ。しかし一緒に帰ろうとしない雨音を不思議そうに見た。

「あんたは乗らないの?」

「俺は雫と雪遊びしてから帰る」

 雨音はいつの間にか雫が持っている大きなボストンバッグを代わりに持っていた。

「しーちゃんだって帰ってきたばかりで疲れているんだから迷惑でしょ」 

 車の中から怒ると雨音は聞こえないフリをした。雫は雨音のら代わりに身を乗り出す。

「おばさん、迷惑じゃないです。私もあーちゃんと久しぶりに雪遊びがしたいし」

「そうね、せっかく雫のことを待っていてくれたんだもの。ゆっくりしていって」

 雫の母親もそう言うので雨音の母親は諦めてため息をついた。

「本当、雨音を手名付けられるのはしーちゃんだけだわ」

 晴斗は母親だけを車に乗せて発進させた。晴斗の母親は車の窓から小さくなっていく雨音を呆れ顔で見ていた。

「高校を卒業したっていうのに社会人の女の子を雪遊びに付き合わせるなんて雨音はまだまだ子どもなんだから」

 母親の言葉に晴斗は雪遊びという言葉に目を輝かせる雫の顔を思い出して笑った。

「いや、あの2人はお似合いだよ」

 母親は晴斗の言っている意味がわからずに首を傾げていた。


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