伝承を知る
「ただいま。」
「おかえり、兄さん。ずいぶん遅かったのね。心配したのよ?」
「ごめん。ちょっと色々あってね。すぐに薬を用意するからちゃんとベットで寝て待ってるんだぞ。」
「もうっ。私はそこまで弱くないわ。今日は一回も咳が出なかったんだから。」
俺が家に帰ると、俺と同じ黄色い目に薄黄色い髪を肩くらいまでに伸ばした妹のルカがベッドの上で上体を起こし、笑顔で出迎える。
「咳が出ないから大丈夫、な訳ないだろ。昨日なんか凄く苦しそうだったのに。それに、今が大丈夫でもいつ悪化するか分かんないんだ、きちんと治るまで安静にしないと長引くかもしれないだろ?」
「はいはい。兄さんは心配性なんだから。でも、それくらい私だって心配してたのよ?」
「うっ、本当にごめん。あとできちんと話すから今は安静にしてくれるか?」
「うん。わかったわ。」
俺はルカの身を案じるが、ルカの反論にあっさりと負け、それ以上は言わずに隣の部屋へ向かい布で口を覆い革手袋をはめ、調合に必要な道具を棚から取り出して用意する。
『お前の妹、何かの病気なのか?』
「え?あ、うん。数年くらい前に突然咳が出たり熱が出たりして苦しみ出したんだ。」
『この村に医者か回復魔術が使える魔術師はいないのか?』
「この村にはいないけど村長さんが色々と博識な人で魔術や薬に関しても知識があって、その村長さんが症状を抑える薬の作り方を知っていたんだ。」
まあ、俺には魔術の才能が無かったけど、と心の中で少し残念そうにしながら俺は村長さんから教わった通りに薬草や木の実を順番にすり鉢ですり潰したり水に溶かし濾過して不純物を除いたりして薬の調合を始める。
『その村長は一体何者なんだ?』
「歳は知らないけど女性で、たしか、村長をする前は魔術師で学者をやってて世界中を旅していたって聞いた気がする。」
『何故そんな人間が一介の村長なんかをやってるんだ?』
「さあ?何かあったんじゃないの?あまり個人の過去について詮索すると嫌われるよ?
というか何自然と話しかけてるのさ。」
出来上がった薬を瓶容器にこぼさないように詰め、品質を確認して問題無いと判断し早速持っていこうとしたとき、今更棒のような物が喋りかけていることに俺は文句を言う。
『良いではないか。久しぶりの話し相手だ。』
「兄さん?誰と話をしているの?」
「あ、ごめん。うるさかったか?」
「ううん。大丈夫。でも、兄さんが1人で喋ってたからどうしたのかなって。」
俺が薬を持ってルカのいるリビングへ向かうと彼女が不思議そうに聞いてきた。
「え?自称聖剣とかいうこの棒のような物が喋ってるんだけど。」
「え?聖剣?棒?兄さん、そんな物拾ってきたから遅くなったの?それに棒が喋るわけないよ。」
「いや、遅くなった理由の一つでもあるんだけど、本当に聞こえないのか?」
『俺の声は選ばれたお前にしか聞こえんぞ。何を今更。』
俺はルカに腰に下げた棒のような物を指差しながら説明したが、どうやらルカには棒のような物から声が聞こえてこないらしく、その理由をそれが知っているようなので俺はそれに問い詰めようとする。
「ちょっ。そういうのは先に言ってくれよ。」
『お前が話を聞かなかったからだろ?』
「それは状況が...」
「ふふふっ。兄さんも男の子だね。他の村の男の子も似たようなことやってたわ。こう、くっ右手が、もう一人の俺が魔術を勝手に、とか。」
「いや、ルカよ。違うんだ本当にこれには理由があって。」
俺が棒のような物と言い合いをしていると、ルカが何かを勘違いしたらしく、何やら温かい目をこちらに向け始めたので俺は急いで誤解を解こうとするが、家の入り口のドアが急に開き若い女性が乱入してきたので中断されてしまう。
「アレン、帰ってたのか?!駄目じゃないか、ちゃんと帰ったら連絡しなきゃ。心配したんだぞ。」
「あっ、村長さん。すみません、先に薬を作ってから行こうと思ってました。」
「まあ、無事で良かったよ。ルカちゃんに薬は飲ませたのか?」
「今からです。ほら、ルカ。溢さず飲むんだぞ。」
「ありがとう。兄さん。」
赤い目を大きく見開かせ、少し輝いて見える、腰のあたりまで伸ばした白髪が大きく揺れる勢いで村長さんがやってきたので、俺はルカへの説得を諦めて薬を飲むよう促し、ルカも大人しく薬を飲んだ。
『なんだか、想像していた人物より若く見えるな。見た目20代前半くらいじゃないか?実年齢はいくつなんだ?』
「この村では村長さんの年齢を聞くのはタブーなんだよ?静かにしてて。」
「アレン?何か言ったか?」
「いえっ、何も。」
ここの村人なら誰もが一度は思ったであろう疑問を棒のような物が口に出したので、俺はつい反応してしまい、村長さんに危うく年齢の話をしているとバレそうになり全身に冷や汗を流す。
「さて、アレン。何か話すことがあるんじゃないか?」
「あ、はい。実はですね。森の中で...」
村長さんが話すきっかけをくれたので、俺は村長さんと一緒にリビングにある椅子に座り今日の出来事を詳しく話した。
話の途中でルカが泣き出してしまったり、村長さんに命を大事にしろと怒られたりしたが、なんとか全てを話し終える。
「なるほどね。そのアレンにしか聞こえないが喋る剣、無色の聖剣については聞いたことないが、聖剣と魔王の伝承についてならいくつか本や人伝で知ってるよ。」
「本当ですか?!どういう内容なんですか?」
「ものによって中身が違ったりするから正確じゃないし、分かっているところだけを大雑把に並べるだけなら、確か...
ーーはるか昔、突如異界より魔王が現れ、世界の支配を目論み眷属である魔族を世に放ち、魔族によって召喚された魔物によって人類は虐殺されてきた。
最初は多くの人類が魔族や魔物に抵抗したが抵抗虚しく追い詰められてしまう。
そして、そんな人類は最後の希望として聖剣を生み出した。
だが、多くの犠牲を払って作られた聖剣は大変気難しく誰でも使えるわけではなかった。
誰もが絶望する中、ついに一人の人間が聖剣に選ばれ、魔物や魔族を薙ぎ倒し、ついに魔王のもとへ辿り着く。
魔王との戦いは何日にも及び、疲弊した人間は聖剣の力を最大限に使い魔王を倒すのではなく封印することにし、そして成功した。
こうして人類に平和が訪れた。
力を使い果たした聖剣は7つに分裂し、6つはそれぞれ6つの大陸に飛び散り、1つはどこかへ消えてしまった。分かれた6つはそれぞれ赤、青、緑、黄、橙、紫の聖剣と呼ばれた。ーー
と言った具合かな。」
「本当にそんな話があったのね。兄さんごめんなさい。てっきり男の子がする妄想のことかと思ってて。」
「いや、良いんだルカ。俺だって逆の立場ならそう思うし。
でも、あんまり聞いてなかったとはいえ、棒のような物が言ってた内容と少し違う気がするな。」
『お前、あの時の話、聞いてなかったのか?!』
村長さんの話を聞いた後、ルカは俺に謝罪をするが、俺は謝罪をする必要はないと言い、ついでに疑問に思ったことを棒のような物に投げかける。
『まあ良い。疑問に思うのは俺もだからな。
気になるのは、魔王が異界から来たこと、人間を魔物に変えたのではなく魔物を召喚していたこと、魔王封印後聖剣が7つに分かれていたことだな。』
「もしかして、森で出会った獣が魔物だったのかな?だとしたら俺は人間を殺したのか...」
『待て、早まるな。俺の記憶が間違っている可能性があるんだ。なにせかなり昔の話だし封印時に力を使い果たした影響も考えられる。』
「兄さん、大丈夫?」
聖剣が話した内容と森で倒した獣のことを思い出した俺は体から急に力が抜けるような感覚に襲われ両手で体を抑えるように抱きすくめる。ルカが俺を心配してくれるが今はそれどころではなかった。
「その聖剣が何を言ってるか分からないけど、この伝承を裏付けるものがあって、実際にこの世界に存在する6つの大陸にはそれぞれ6本の強力な剣があってそれぞれの大陸にそれらしき伝承があるんだ。
ただ、聖剣ではなく魔剣と呼ばれているんだけど、似ている部分が多いからほぼ間違いないと私は思ってるよ。
だから、魔物は召喚されたものの名残のようなものだと思うし、人間が魔物になるんだったら被害がもっと早く広がっているはずだ。」
「ほ、本当ですか?!よ、良かった。」
『俺としては自分の記憶が間違っていると言われて微妙な気持ちなんだがな。』
村長さんが詳しい話をしてくれたおかげで俺はなんだか救われた気分になり体の調子が戻ったように感じた。
「兄さん、お願いだから無茶だけはしないで。私、兄さんが無事でいて...コホッコホッコホッ...ハァハァ...うっ...くぅっ...」
「ルカ!!大丈夫か、ルカ!!」
『この娘、まさか!』
「落ち着け、アレン。あまり揺らすな。ルカ、今から回復魔術をかける。ゆっくり深呼吸できるか?」
安心したのも束の間で今まで何事もなかったルカの容体が急変し彼女が胸を押さえながら苦しみ始め、俺は慌てて彼女の元へ飛び出すが、村長さんに止められる。聖剣の様子がおかしかったがそれどころじゃなかった俺は気づかなかった。
村長さんが回復魔術をルカにかけるとルカの体が少しずつ落ち着き始め、そのままルカは眠るのであった。
「良かった。村長さん、ありがとうございます。」
「油断はできないよ。あくまで抑えたに過ぎないからね。
こんなタイミングで悪いけど今から私の家に来れるか?伝承の続きについて話さなきゃならないことがあるんだ。」
「それは、ここじゃ駄目なんですか?」
「ああ。」
『村長の言う通りにした方が良いぞ。妹のことを思うならばな。』
「わ、分かりました。」
ルカの様子を見て俺は村長さんにお礼を言うが、村長さんは神妙な面持ちで俺に今から村長さんの家へ来るように言う。
最初はルカのことが心配だったが、聖剣や村長さんの様子から何か重要な話があると思った俺は村長さんに付いて行くことにした。