聖剣を拾う
「あっ、あったあった。やっと見つけた。
えーっと。状態が良さそうな葉は...これかな。
ふぅ。これで全てか。」
鬱蒼としげる森の中、薄黄色な髪を揺らしながら俺は目的の野草まで近づいてしゃがみ、薬の材料となる葉を数枚抜き取り、丁寧に下処理して布に包んでから腰に下げた鞄にしまう。
「凶暴な動物が出てこないとはいえ、少し森の奥に入りすぎたな。急いで帰って薬を調合してルカに飲ませないと。それに、帰りが遅いと心配させてしまう。」
目的の素材がなかなか見つからなかったせいでいつもより時間がかかっていることにも気づいた俺はすぐに立ち上がって村に向かって走り始める。
「随分走ったと思ってたが、まだ出口まで遠いな。少し休憩しよう。
よいしょっと。
ゴクゴク...ふう。採取に夢中で結構奥まで来てたんだな。
でも最近、木の実や野草が少なくなってる気がするな。必要以上にたくさん採ったりしてないし、ここら辺の動物が急激に増えたとも聞かないし、なんでだろ?
うーん。とりあえず、あとで村長さんに相談したほうが良さそうだな。」
しばらく走って疲れてきた俺は右側にある一人が座れるくらいの大きさの石に座り、腰につけた水筒を取り出して中の水を飲みひと休みしつつ今までの出来事から今後のことを考える。
「ん?なんだ、あれ?」
水筒を元に戻しつつ額に流れる汗を袖で拭ってふと前を向くと、異様な雰囲気のする茶色い棒のような物が落ちていることに俺は気づいた。
「ただの木の枝か?それにしては真っ直ぐ過ぎる気がするけど。形的には鍔のない剣っぽいけど剣には見えないし...」
気になった俺は立ち上がり、その棒のような物に近づいてそれを右手で拾い、黄色い瞳でしげしげと見つめる。
すると、俺の背後の石の奥の茂みから何かが音を立てて飛び出してくる。
「な、なんだ、こいつ!」
何やら全身から黒いモヤを放ち、横腹から血を流した俺の腰くらいの大きさの獣が唸り声をあげ、こちらに飛びかかろうとしているが、音に驚いて振り向いたばかりの状態の俺には状況が分からず、ただただその場で固まることしかできないでいる。
「う、うわぁっ!」
そして、飛びかかってきた獣に俺は咄嗟に左腕で顔を隠すようにして目を閉じる。
『剣を振れ!』
「!!」
突然聞こえた叫び声に俺は無意識で右手に持った棒のような物を飛びかかってきた獣に叩きつける。
すると、その獣は断末魔のような音を出しながら真っ二つに切り裂かれ、血や肉片などを撒き散らしながら吹き飛び、出てきた茂みの奥へ消えていった。
「な、なんなんだよ...一体、なにが...」
『そんなことより、早くここから離れた方がいい。
そいつは何かに襲われていたようだ。そいつを襲った奴が近くにいるかもしれん。急げ。』
「わ、分かった。」
未だに混乱する俺にどこからか聞こえる声が指示を出してくる。すぐに俺はそれに従って急いでその場を離れた。
『ここまで来れば大丈夫だろう。』
「ハァハァ。あれは一体なんなんだ?それに、俺に話しかけてくるのは誰なんだ?」
森の出口付近まできた俺は呼吸を整えながら安全確認と声の主を探すつもりで辺りを見渡すが、声の主を見つけることができないでいた。
『お前に話しかけているのはお前が今持っている剣だ。いきなりで驚くかもしれないが、俺は聖剣と呼ばれているものだ。』
「え?これが剣?ただの棒のような物じゃないのか?しかも色が白くなってる?
って、えぇ!?棒のような物が喋った?!」
手に持っている、いつの間にか茶色から白色に変わっていた棒のような物から声が出ていることに気づいた俺はそれが言ったことよりもこの状況に驚いていた。
『棒のような物ではない!さっきから棒のような物、棒のような物とばかり呼びやがって、せめて棒と呼べ。
って違う!俺は聖剣だ!過去に魔王を封印しその代償に力を失った聖剣、無色の聖剣なのだ!』
「聖剣?魔王?無職?そんな話聞いたことないよ。」
棒のような物から聞き慣れない単語がいくつも出てきて、ただでさえ状況を正しく理解できていない俺は頭上にハテナを浮かべる。
『なにぃ?全く、これだから最近の若いモンは過去を蔑ろにしやがって情け無い。いいか?よく聞けよ。本来なら有名な吟遊詩人に仰々しくうたわせるところだが、特別に若者でも分かりやすく俺が簡潔に教えてやる。
あー、ゴホンッ
ーーはるか昔、突如魔王が現れ、世界の支配を目論み眷属である魔族を世に放ち、魔王に従う者は魔物にし、従わぬ者は皆殺しにしてきた。
最初は多くの人類が魔王に従わなかったが抵抗虚しく追い詰められてしまう。
そして、そんな人類は最後の希望として聖剣であるこの俺を生み出したのだ。
だが、多くの犠牲を払って作られた聖剣は誰でも使えるわけではなかったのだ。
誰もが絶望する中、一人の人間が聖剣を使いこなすことに成功し魔物や魔族共を薙ぎ倒し、ついに魔王のもとへ辿り着く。
魔王との戦いは何日にも及び、疲弊した人間は聖剣の力を最大限に使い魔王を倒すのではなく封印することにし、そして成功したのだ。
こうして人類に平和が訪れ、力を使い果たした聖剣は輝きを失い無色の聖剣と呼ばれ、魔王の復活に備え眠ることとなる。ーー
どうだ?理解したか?本当は細かい話がたくさんあるのだがな。』
「あ、はい。なんとなくは。でもそんなことより早く家に帰らないと。色々とありすぎて今すぐ説明できないけどこっちにも事情があるんですよ。」
『おい!重要な物語を軽く流すんじゃない!』
棒のような物の長い話を半分聞き流していた俺はようやっと落ち着きを取り戻し、今になってやるべきことを思い出して騒ぐ棒のような物を無視して急いで帰ろうとする。
「うーん。とりあえずこの棒どうしよう。喋る棒なんてそこら辺に捨てるわけにはいかなそうだし...って、あれ?手から離れないよ?!」
『捨てるとは何事だ。だが無駄だ。お前はこの俺に選ばれたんだぞ。そう簡単に離れられるわけないだろ。体から離そうとしない限りは体のどこにでも動かせるからこの俺に相応しい鞘を用意するといい。』
「面倒なもの拾っちゃったなぁ。村長さんに相談すること増えちゃったな。鞘なんて今すぐ用意できないからとりあえず棒は紐でベルトに固定すればいいかな。」
棒のような物の言ってることの大半を聞き流しながら、体から離そうとしない限りは棒のような物は動かせることを確認した俺はそれを鞄から取り出した紐で縛ってベルトに固定して急いで村まで走っていった。