20.ずっと一緒に
玲依視点
「あー、タイミング悪かった、よな……?」
「いえ、大丈夫です……」
本当は大丈夫なんかじゃないけど。侑は何だかおかしかったし、おでこに触れていた手を頬に移動させようとすれば避けられた。部長に関係を気づかれないように気を使ったんだって分かっているけれど、他人行儀な態度に驚くくらいダメージを受けた自分がいる。
「いや、大丈夫って顔じゃないが……おぉ、怖っ! いつも冷静な高野はどこいった?」
「はぁ……」
部長は私が入社した時の係長で付き合いも長くて、今は課長が体調不良で部長が兼務状態だから接点も多い。
別に構わないけれど、勘のいい人だから気づかれたかもしれないな。
部長と一緒に会場に戻れば、にこやかな社長に迎え入れられた。
さっきそれとなく息子さんを勧められた所で社長が電話対応で呼ばれたから侑を探しに行ったのだけれど、結局ゆっくり話せなかったし……早くもう一度話がしたい。
「さっきは途中で申し訳なかった。もし決めた人がいなければ、1度息子と食事でもどうだろう? 頼りないが、優しい子でね。親バカだが……しっかりした女性に支えて貰えたら、と思っている。もちろん仕事には影響しないから、会って駄目なら断ってくれて構わない」
候補にあげてもらえるのは、評価してもらえているという事で光栄だけれど、私には侑が居る。社長は意見を聞かない人ではないし、会っても断るのが分かっているから、初めからお断りしよう。
「せっかくのお話で大変ありがたいのですが、私には勿体なく……申し訳ありませんが辞退させて頂けますでしょうか」
「そうか。……既に決めた人が?」
「……はい」
「それなら仕方がない。まだまだ女性の役職は少ない。これからもよろしく頼むよ。期待している」
「ありがとうございます。引き続き精進致します」
良かった。大丈夫だろうとは思っていたけれど緊張した……
「2人とも二次会の方は?」
「参加します」
「私もです」
「途中抜けになってしまうが、個室を予約するから、進行中のプロジェクトの件でいくつか確認させて貰えるかな」
「「承知しました」」
二次会は欠席できないかな、と思っていたけれどこれは無理だな……すぐに侑を探そう。
探しても見当たらなくて、総務の人に聞いた方が早いな、と近づけば何人かが気づいてくれた。
「高野さん、お疲れ様です!」
「「「お疲れ様ですっ!」」」
「あ、お疲れ様です」
おお……総務の若手男子は結構体育会系が多いのかな? そしてじりじり近づいてくるから私も少しずつ後ろに下がる。圧がすごい……
「あんたらうるさい!」
「「「すみませんっ!」」」
勢いに押されていたら女性陣に一喝されて端の方に追いやられている。
「騒がしくてすみません。どうされました?」
「あの、侑……山崎さんって」
「あー、侑ちゃんは体調悪くて帰りました」
「えっ、そうですか……」
侑、帰ったんだ……今日は家に来てもらう予定だったけど、無理か……
「あの……」
「ん? あぁ、佐々木さん、でしたよね?」
遠慮がちに声をかけてくれたのは会議室の確保を頑張ってくれた子。佐々木さんで合ってたはず。
「はい。侑さん、途中まではいつも通りだったのですが……途中から顔色が悪くなって」
「確かに。高野さんがお見合いするかも、って話に物凄く動揺してたもんね。仲良いんですもんね?」
「えっ、なんで知って……?」
侑の耳にも入ったってこと? 最悪だ……
「社長と部長もご一緒で目立っていたので……」
「そうですか……ありがとうございました」
まだ何か言いたげだったけれど、早く侑に電話をしたくてお礼を言って会場の外に出た。
「繋がらない……」
電源が入っていない、とアナウンスが流れてきて、嫌な予感ばかり浮かぶ。自己肯定感が低い侑の事だから、自分が身を引けば、って考えているんじゃないかな……時間が経つほど避けられる気がするし、まずは会わないと。
運良く対抗戦は早めの出番だったから、後は他のメンバーに託して抜けさせてもらうことにした。部長に少し抜けると伝えに行けば、何か言われるかな、と思ったけれど特に何も無かった。
侑が行きそうな場所に心当たりなんてなくて、侑の家にタクシーで向かう。もしも家にいなかったらどうしよう……
インターホンを鳴らしても反応がなくて焦りがつのる。もう一度鳴らせば、少ししてオートロックが開いた。開けてくれたことにも、家にいてくれたことにもホッとした。
侑の家の前について、インターホンを鳴らせば、少ししてゆっくりドアが開いた。
「なんで……」
「連絡つかないし、心配した。入っていい?」
「……うん」
ドアを開けてくれた侑を見れば、みるみるうちに涙が溜まって、言葉に詰まっている。直ぐに腕で隠されてしまったけど、目も鼻も赤くて、1人で泣いてたんだなって分かる。色々考えちゃったんだろうな……
「侑、顔見せて?」
「やだ」
抱き寄せれば抵抗なく体を預けてくれてシャツをぎゅっと掴んでくる。こんな時だけれど、可愛いくて堪らない……
「玲依ちゃん……」
「落ち着いた? すぐ戻らないといけないんだけど、まずはこれだけ言わせて? 私は侑が好き。もし身を引くとか考えてるならそんな考え今すぐ捨てて?」
少しして落ち着いたのか、恥ずかしそうにはにかむ侑が愛しくて、まずはちゃんと伝えないと、と言葉にすればせっかく止まった涙がまた溢れて、親指で拭う。
「でも……っ、社長が……」
「うん。聞いちゃったんだって? 後で話すつもりだったけど、不安にさせてごめんね。ちゃんと断ったから」
「え……断った、の?」
「受けるんじゃないかと思った?」
「だって、私じゃ結婚も出来ないし、子供だって出来ない。玲依ちゃんに何もあげられない……社長の息子なら将来性も、玲依ちゃんのことも私なんかより幸せに出来るのかな、って……でも……素直に応援なんて出来なくて……」
「侑……」
「玲依ちゃん、ずっと一緒に居たいよ……やっぱり、私が幸せにしたい」
随分と侑を不安にさせていたんだな、って反省。別れる、なんて言われたらどうしようかと思っていたけれど、一緒にいたい、幸せにしたい、と言ってもらえて愛しさが溢れる。
「結婚も、子供のことも、侑と付き合いたいなって思った時から覚悟してる。それに、私から告白したんだよ? 忘れちゃった? 元々男性と付き合ってたけど、こんなに好きになったのも、ずっと一緒に居たいって思うのも侑が初めて。一緒にいてくれるだけで幸せだから……ずっと一緒にいて?」
「……っ、れーちゃ……」
「ふふ、今日は泣き虫だね?」
「うー、れーちゃんが泣かせてくるー」
「かわい……侑、今日泊まって?」
「いいの……?」
「もちろん。これ、鍵ね。なるべく早く帰るから」
「うん」
社長からの話が終わったらすぐに帰ってきて沢山甘やかしてあげよう。普段はイケメンで大人びていても、私のシャツを握りしめて泣いている姿は歳下の可愛い女の子だった。普段の侑も、弱ってる侑も、どんな姿も愛しくて仕方がない。
「タクシー使うんだよ? 1人で大丈夫?」
「大丈夫」
「送ってあげられなくてごめんね」
「ううん。来てくれてありがとう」
「目腫れちゃうから、ちゃんと冷やしておくんだよ?」
「うん」
「はぁ……行きたくない……」
「ちゃんと待ってるから、行ってきて?」
さっきまであんなに泣いていたのに、苦笑しつつ私を送り出そうとする侑は普段通りに見える。目と鼻は真っ赤だけれど。
「良かった、少し元気になったね。じゃ、行ってくる」
「はい。気をつけて」
なんで私はこんな状態の侑を1人にして戻らなければならないのか……
締めには間に合って、二次会に行くメンバーと移動をする。入口近くの席に座ったけれど、早く帰りたいな……
適度に話に混ざりつつ、侑はちゃんと家に居てくれるかな、と思っていればタイミング良くメッセージが届いた。
「高野さん、もしかして彼氏からですか!?」
「え……高野さんの彼氏!?」
「うわっ、ビッグニュース!!」
スマホを開いて、くすりと笑ってしまったら近くに座っていた秘書の女の子たちがキラキラした目で聞いてくる。皆もこっちの管理職側の集まりじゃなくて向こうの方が良いだろうに大変だよね……
「彼氏、ではないかな」
「違いましたか……」
絶対そうだと思ったんだけどな……と呟いているけれど、そんなに分かりやすく緩んだ顔してたかな?
「ちょっとごめんね」
正面を見れば、少し離れたところに座っていた部長に手招きされた。
「お疲れ。無事に仲直りはできたのかな?」
「……なんの事です?」
これは気づいてるな。絶対面白がってる。
「社長が来られなくなってしまったと連絡が入った。来週スケジュール調整をするそうだからよろしく」
「分かりました」
「うん。では、お先に失礼しようかな」
「あ、私も帰ります」
部長が上手く伝えてくれて、面倒な二次会から抜け出せて有難い。思ったより早く帰れそうで良かった。
「ただいま」
「おかえりなさい」
鍵を開けてくれて、照れたようにおかえり、と言ってくれる侑が可愛い。毎日こうだったらいいのに。
「連絡貰ってびっくりした。こんなに早く帰ってきて大丈夫だったの?」
「うん。部長が抜ける時に一緒に抜けてきちゃった」
「……一緒に帰ってきたの?」
「部長と? 反対方向だから別だけど……やきもち?」
「うん」
「もう、可愛いなぁ」
侑をソファに座らせて頭をわしゃわしゃ撫でれば上目遣いで見上げられた。
「玲依ちゃん、ごめん」
「ん?」
「勝手に不安になって、心配かけてごめん」
「ううん。私も気づけなくてごめんね」
侑を見つけた時に様子がおかしいことには気づいていたのに。
「侑はもっと自分に自信持っていいんだよ。わがままだって言って? ちゃんと受け止めるから」
「うん……」
ちゃんと分かってるのかなぁ……まだ早いかな、って思っていたけれど、来年の侑の誕生日には指輪を贈ろうかな、なんて気の早い事を考える。
「ね、お風呂入った?」
「え? まだだけど……?」
「洗ってあげるから一緒に入ろ」
「ぅえ!?」
分かりやすくそわそわする侑の手を引いてお風呂場に連れていく。あんなに攻めてくるのに、押しには弱いんだもん可愛いよね。
「侑、はい、脱いでー」
「えぇ!? 自分で出来るよ」
「ほら、早く」
脱がされまいと抵抗する侑を見て、なんだか楽しくなってきてしまった。いつも攻められてばっかりだし、たまにはいいよね?
「こんなはずじゃなかった……」
「ふふ、可愛かったよ」
侑に包まれるようにして湯船につかりながら見上げれば、さっきの余韻もあって気だるげな表情でなんだかいつもより色っぽい。
「……玲依ちゃんってさ、同性と付き合うの初めてって言ってたよね?」
「そうだけど?」
「そのわりに……やっぱりなんでもない」
攻められ慣れていないのか初々しくて可愛かったな。今だって納得いかないのかぶつぶつ言ってるし。
「侑の真似しただけだけど? まぁ、侑はもっと意地悪だと思うけど」
「ーっ!! そんなこと……ある、かもだけど……」
あ、自覚あったんだ。頬をつつけば気まずそうに視線をさまよわせている。
Sな侑も好きだから全然いいんだけど。なんなら嬉しかったりもするし……
「侑、逆上せちゃうし、出よっか」
「うん」
「出たらもう1回、ね?」
「え!? 次は私の番でしょ?」
「だーめ。不安になんてならないくらい、私でいっぱいにしてあげる」
不安にならないように安心させてあげるから、もう1人で泣かないで。どんな些細なことでも抱え込まずにぶつけて欲しい。ちゃんと受け止めるから。