狂犬ガラン
「おいおいおい、ここはてめぇみたいなガキの来るところじゃねぇぞさっさと帰んな」
酒場の中で、声が響き渡る。その声を発したのは、顔にはいくつもの傷があり、片目に眼帯を付けたスキンヘッドの大男だった。声をかけられた幾人もの女性を連れた若い青年は、男の方を一瞥すると、そのまま歩みを進める。
「おい、にいちゃん聞こえねのか、何人も女をつれてよぉ、おお、よく見りゃきれいな顔してるじゃねか、女だったのか?」
青年は足をとめ男の方へ近づくと言った。
「怪我したくなければ、それ以上口を慎んだ方がいい」
「なんだ、やる気か、いい度胸じゃねぇか、このCランク冒険者である、俺様、“狂犬”のガランに喧嘩を売るたぁ」
「忠告はしたぞ」
女性たちは、やれやれといった表情でため息をつくと、近くのテーブルに腰を下ろしながら青年に声をかけた。
「あんまりやりすぎてはだめよ」
「そうだ、前みたいなことは勘弁だぞ」
「そんな奴叩きのめしてやるです」
「ああ、分かってる」
ガランは笑った。
「俺に勝つつもりか、おいおい俺もなめられたもんだなぁ」
「戦う前に一つ教えといてやる」
そこで青年は言葉を切る。
「俺はBランクだ」
そういいながら、剣を抜きざまにガランの腕を切りつけた。激しい金属音が鳴り響き、剣が止まる。
「そんななまくらじゃ、俺は切れねぇなぁ、もうしめぇかぁ」
ガランのあおるような言葉に、青年は我に返るといった。
「死んでも後悔するなよ」
「ああぁ?」
ガランの言葉が終わらぬうちに、青年が剣に炎を纏わせると、上段から切りつけた。
「だからそんななまくらじゃ俺にはかてねぇよ」
ガランは剣を片手で止めるともう片方の手で、剣を殴り叩き折った。
「もう他に打つ手が無ぇんだったら俺の番だなぁ」
「くそっ、馬鹿な」
うろたえる青年をしりめに、ガランはこぶしを握る。
「出直してきなぁ」
ガランの拳は青年の顔面をとらえ、青年は店の外まで、吹き飛んだ。青年の連れの女性たちは慌てて青年を追う。
「はっ、女を連れていいきになってんのがわりぃんだよ」
ガランはつぶやくと、自分の席に戻っていった。
次の日ギルドではガランが青年を倒したことで話は持ちきりだった。
「おい、昨日の知っているかよ、ガランさん、狂犬モードだったみたいだぜ」
「ああ、俺はあの場にいたんだけどよ、久しぶりに狂犬が見れたよ」
「まったく、誰が酒を飲ましたんだよ」
「なんでも、最近こっちの街に来た冒険者らしいぜ」
「大変なことしてくれたもんだよ」
「でも、仕方ねぇじゃねぇのか、「狂犬がみたけりゃ酒を飲ませろ」、ガランさんのうわさを聞いたことあるやつじゃ確かめたくもなるだろ、普段のあの人知っている奴は余計にな」
「でもよ、狂犬の次の日のガランさんは目も当てられないぐらいへこんでるじゃねぇか」
「それも含めて狂犬ガランさ」
冒険者たちが話しているとガランが、ギルドに入ってきた。
「ガランさん、昨日はずいぶんだったようで」
ガランは、見るからに憔悴していた。
「あっああ、あとであの子たちに謝っとかないとなぁ、はぁ」
「へこむくらいならやんなきゃいいじゃないですか」
「だから普段から酒を飲まないように気を付けてるんだけどなぁ」
ガランはギルドにいる冒険者たちと話しながら、トボトボとカウンターに向かった。
カウンターに座っているのは、若い女性だった。
「おはようございます、ガランさん」
「ああ、おはよう、期限が危ないクエストはあるかな?」
「ええ、薬草の採取が数件と、黄金角鹿のオスの角とってきてほしいという依頼があります。」
「分かった、それを行こうか」
「では手続きをするので少しお待ちください」
「ああ」
「ところでガランさん」
「なんだい」
「昨日はずいぶんと派手にしたみたいですね」
「ああ、誰かに酒を飲まされたみたいでなぁ、あの子たちには謝っとかないとなぁ」
「まあ、でもガランさんに怪我がなくてよかったです、なんでも史上二番目にBランク冒険者になったらしいですから」
「昨日のあの子が?」
「ええ」
「そうか、自信失わせちゃったかなぁ、はぁ」
ガランは、青年のことを考えるとさらに落ち込んだ。
日が沈みそうな頃、ガランは依頼を終え、ギルドに帰ってきていた。
「依頼はすべてこなした、問題はないかな」
カウンターに座っているのは、朝の女性とは違い、痩せた眼鏡を掛けた男だった。
「拝見させていただきます」
「ああ、頼むよ」
カウンターから、男は依頼品を確認しながら、声をかけてきた。
「ガランさん、昨日は大変だったみたいですね」
「ああ、そうなんだ、酒を飲じゃったみたいでねぇ」
「昨日の相手、ユウキと名乗っているそうで今話題の冒険者ですよ」
「そうなんだ、珍しい名前だね、そんなにすごいのか」
「ええ、なんでも最近王都のほうに出てきたらしいんですが、王女とも面識があるらしく、今回、ガルドナに来たのも、王家直々の依頼だとか」
「ほぉ、それはすごい」
「しかも彼のパーティメンバーはみな女性なんですがね、長耳族の魔導士に、人族の剣士、小人族の斥候で、しかもたいそう美人ならしくて、ああ、ガランさんは見てるんですよね」
ガランは昨日のことをすこし思い返してみる。あまり注意を払っていなかったが、確かにそれぞれタイプは違うものの美人だった気がする。
「鑑定が終わりました。相変わらず素晴らしい腕ですね、こちら報酬です」
「ああ、ありがとう」
「あと、ガランさん」
「何かな」
「ユウキ達一行は街の西の一番大きい宿屋に泊まってますから」
「いろいろと教えてくれてすまないなぁ、イド」
「いえいえ、いつもガランさんのおかげでギルドもまわってますからこれくらい気にしないでください」
ガランは、イドに感謝しつつ、彼らがいるらしい宿屋に向かった。
宿屋に行く途中、詫びの品を手に入れるためにある店に寄っていた。
「ばあさん、いるかな」
「ああいるよ、なんだいガラン久しぶりだね」
「ああ、ちょっとね、実は昨日・・・」
ガランの言葉は店主の婆の言葉にさえぎられる。
「昨日のことは知っているよ、で、お詫びとしてそいつらに武器と防具をって話だろう」
「話が、早くて助かるよ」
「実はそいつらが昼頃うちの店に来てねぇ」
「そうかぁ」
「ああ、ちょうど依頼されたところなんだよ」
「よかった、じゃあ彼らの代金と、あとついでにこいつもつかってやってくれないか」
そういってガランは鱗のようなものを渡した。
「こいつは火龍の鱗じゃぁないのかい、ほんとにいいのかい?」
「ああ、俺は持ってても使わないし、これぐらいしないとお詫びにならないから」
「そうかい、じゃあ有難く使わせてもらうよ」
「あとついでに魔晶も四つ程ほしいんだが」
「タダで持っていきな」
「いいのかい?」
「鱗を使わせてくれる礼さ」
「ありがとう」
ガランは礼を言うと店を出て、宿屋へと歩みを進めた。
宿屋につくと、さっそく訪ねた。
「ここに、ユウキっていう冒険者が止まってるはずだが」
「ええ、泊まっていますが、どうしましたか」
「今も部屋には居るかい」
「多分いるとは思いますが」
「場所は?」
「二階の一番奥です」
「ありがとう」
「ガランさん、いつものあれですね」
「あんたも知ってんのかぁ」
「ええ、ガランさんの狂犬は有名ですから」
「やだなぁ、そうなんだよ」
「気を付けてくださいね」
「ああ、ありがとう」
そういってガランは二階に歩みを進めた。
「二階に一番奥の部屋、か」
二階の一番奥まで進む。扉の奥から感じる気配は一人だけのようだった。
「すまない、いるかい」
そういいながら、ノックをする。
「ああ、なんだ」
返事が返ってくる。
「あんただったら、分かると思うが俺に敵意は無い、詫びに来ただけなんだ、だからその臨戦態勢はといてくれないかい」
そう言うと扉が開く。ユウキの顔は相変わらずきれいなままで、昨日の傷は見受けられなかった。
「ほんとに昨日のあいつか?」
ユウキの問いにガランは答える。
「誰かに酒を飲まされたみたいでなぁ、すまない」
ユウキはガランを上から下まで眺めていた。
「ほんとに昨日のあいつみたいだな」
「ああ、それで詫びの品を持ってきたんだ、これ」
そういってユウキに魔晶を渡す。
「こいつは魔晶じゃないかっ、このサイズなかなか手には入らないぞ」
「気にいってくれたかな」
「ああ、気に入ったよ」
「そうか、うれしいよ」
「まぁ、立話もなんだから部屋に入ってくれよ」
そういってユウキはガランを部屋に招き入れた。
「それと折れた剣を含めて武器と防具の件だが、おばあさんのところに依頼してただろ?」
「ああ」
「あれも代金は払っといたから気にしないでくれ」
「ほんとうか、ずいぶん高くついていたんだが・・・」
「これもお詫びだよ、気にしないでくれ」
そういいながら、ガランは部屋を出る。その背中をユウキは扉を閉めないまま目で追っていた。
数日後、ガランが家に居ると、扉をノックする音が聞こえた。
「誰だ?」
「ガランさん、俺です。ユウキです。」
「そうか、今ドアを開ける」
そう言ってガランはドアを開け、ユウキを部屋に招き入れた。
「適当に座ってくれ」
ガランにそう促され、ユウキは近くに椅子に腰を掛けた。
「ガランさん、あんたに頼みがあるんだ」
ガランは思った。
『あの時は名乗ってないはずだが、どこで名前を知ったのだろうか。またどうして俺に対する口調が違うのだろうか。』
「俺ともう一度戦ってくれないか」
「すまないなぁ、それはできない」
「なぜ?」
「戦る理由が無い、そうだろう」
「俺が出会った中で一番強いのがあんただ」
「それは理由にならないよ」
「頼む、どうか、一度だけでいいんだ」
その言葉にガランは一度だけならと気持ちが動きかけていた。頼まれると、断るのを嫌う性分だった。
「仕方ないなぁ、分かったよ」
「本当かっ、ありがとう」
「いつにするんだ」
「明日、街から西の方にある丘でどうだ」
「ああ、分かったよ」
「いい夜を」
そう言い残すとユウキは風のように去っていった。
次の日、ガランが丘につくと、ユウキは待っていた。
「はやいな」
ガランの問いかけにユウキは答える。
「興奮して少ししか眠れなかったんだ、まぁ、支障はない、さっそく戦ろう」
「ああ、いいよ、かかって来な」
ユウキは、ガランの言葉が終わらぬうちに、居合切りを放つ。
「せっかく鱗を使ったんだから、その剣大事にしてほしいんだけどなぁ」
ガランは剣を受け止めると、ユウキの顎へ向けて拳を振るった。
「君の負けだよ」
ユウキは意識が暗転する中で、その言葉を聞いた。
ガランはユウキの意識を刈ると、ユウキを抱えて街に戻った。しっかり意識を飛ばしているので、なかなか起きない。
「本気でやるんじゃなかったなぁ」
そうつぶやきつつ、ガランはユウキ達が泊まっていた宿を目指す。宿の近くまで行くと、ユウキ連れていた女性のうち小人族以外の二人が歩いている姿がガランの目に入った。彼女たちもガランを見つけたようだった。意識を失い、担がれているユウキを見て、剣士のほうが驚いたように言った。
「おい、ユウキは大丈夫なのか!」
「ああ、心配しなくてもいい。眠っているだけさ」
「本当だろうな、万が一ユウキに何かあれば・・・」
「大丈夫だよ、心配することはない。よし、こいつはあんたたちに渡しておくよ」
そういって担いでいたユウキを女性たちに渡した。
「じゃあ、あんたたちもこの前はすまなかったな、この街はいい街だからまた寄って行ってくれ」
そう言い残すと、ガランは、来た道を戻った。
それから数日後ガランは、ギルドにいた。
「ガランさん、鑑定が終わりました、おつかれさまです」
「ありがとう」
ガランは、ギルドで依頼品を納めていた。
「ああ、ところで」
「なんですか?」
「ユウキ達は、依頼が上手くいったのかい、ほら、この前イドが教えてくれただろう」
「ああ、うまくいったみたいですよ」
「そうか、良かったよ、ほら色々あったから心配してたんだよ」
そんな話をしていると、ギルドの入り口がどたどたと騒がしくなった。
「ガランさん、俺を弟子にしてくださいっ!!」
振り向かなくとも、その声を聞いた時点で誰か分かっていた。だが気づきたくなかった。
「ガランさんっ!!」
もう一度呼ばれガランは振り返る。頬を上気させたユウキがこちらを見つめていた。
「ダメだ」