捉えどころのないおかしな奴
「やぁ!」
額の絆創膏は大きめのモノに張り替えられていたが、片手をあげて暢気に挨拶をしてくる奴がそこにはいた。彼から少し離れたところには彼の家族と思われる人たちがいて彼女の家族と語り合っている。
どうやら本当に挨拶に来たらしい。
「やぁ! じゃないわよ。どういうことよ……お客様って貴方なの? 冗談じゃないわ」
「そんなに歓迎されるとは思わなかったよ。はっはっは」
彼女の拒絶の言葉にも関わらず楽しそうな表情で笑い飛ばす彼に彼女は呆れの表情を浮かべるが、どこ吹く風といった彼の表情には閉口するしかなかった。
「それで、何しに来たの?」
「ちゃんと伝えたじゃないか、挨拶に来たって……あぁ、あの時は顔を見に来ただけだったね。いや、あんな歓迎されるとは思わなかったよ」
なおもどことなくアルカイックスマイルを思わせる表情で応じる彼に苛立ちを感じるが、彼の家族の手前、手荒なことは出来ない。
「許婚の話なら認めないわよ。そんな話……」
「いいんじゃないかな?」
「えっ?」
あまりに唐突な返事に彼女も返答に窮する。こうして挨拶に来たのだから本気で考えていると思っていたが、あっさりと「いいんじゃないかな」と言われるとは思ってもいなかった。
「許婚のことはあくまで家同士の話で、本人たちのそれは別のことだから……まぁ、僕は君のこと気に入っているんだけどね。君みたいな面白いお嬢様は……他にはいないし、多分楽しいだろうなって」
「なっ……なにを言っているのかしら……って、面白いってどういうことよ」
どうにも彼とは相性が悪いらしい。いつもなら軽く手玉に取っているはずだが、空回りするばかりだ。
「それと、これ、ありがとう……手荒い歓迎だったけど、なんだろうね、君の本質を見た気がするよ」
「馬鹿、何を言ってるのよ……怪我させたのだから応急処置しただけよ。それ以上でも以下でもないわ」
焦りつつもそれだけ言うとプイッと顔を逸らすのが精いっぱいだった。それ以上何か言えば墓穴を掘るだけだと思ったのだ。
「明日から君と同じクラスになるから、これからもよろしくね」
「知らないわよ……勝手にしなさいよ」
彼の言葉に彼女は頭を抱えるしかなかった。
ただでさえバイオリンの演奏は調子が悪い。俗にいうスランプだ。だというのに、新しい頭痛の種まで芽吹いてしまったのだから、大概のことをそつなくこなす万能お嬢様でも対処に難儀することになる。
「さて、親の挨拶も済んだことだし、今日はこれで……また明日、麗香!」
顔をそむけたままの彼女に彼は友人に向けるような親しみの視線と呼びかけをして玄関から外へ出て行く。彼が歩き出してから彼女は視線を彼に向けたが、その瞬間狙ったかのように片手をあげてひらひらと手を振る。
まるで見透かされているかのような気分になった彼女だが一つ思い出したことがあった。
「私……彼の名前知らないんだけど……まぁ、いいか……って、麗香って呼び捨て? もう彼氏気取りのつもり? ホント、何なのよアイツ」
そう思うと再びやり場のない苛つきを感じた彼女であった。