置き去りにされた主人公
「あら? こんな時間にまだ生徒でもいるのかしら?」
音楽室のドアが解放されたままであることに気付いた見廻りの女性教師が様子見のために中に入ってきた。
「誰かいるの? いるなら正直に返事なさいね」
彼女は人気のない音楽室の奥にあるピアノに向かって歩いてくと目を回して倒れている男子生徒の姿に気付き駆け寄る。
「ちょっと、キミ! 起きなさい! 何があったの!」
彼女は気を失っている彼を揺さぶる。
「うぅ……」
「ええ・・・と沖田君……一体どうしたの?」
彼女もさすがに気が動転している。新任教師である彼女も教室で人が倒れているなどという事態に遭遇したことはこれまで一度もない。それも人気の少ない音楽室で。
「あぁ……あははは……えらい目に遭いました……」
「えらい目って……貴方、額に怪我しているじゃない。でも、なんで絆創膏が貼ってあるの?」
気絶しているが、怪我の処置がされているという不思議なそれに彼女も困惑を隠せない。
「すみません、心配おかけしました。ただ、ちょっとコミュニケーションに失敗しただけですよ。ええ、ホント、大丈夫です……どっちかというとバイオリンの方が大丈夫だったのか心配なくらいで……」
「バイオリン? そんなものどこにもないわよ? 貴方バイオリン弾くの?」
不思議そうな表所の彼女は彼に尋ねる。どちらかと言えば、意味違いで頭が大丈夫か心配している気配すら感じられる。
「えと、先生、頭は大丈夫ですよ……色んな意味で……」
「そ……そう、なら良いのだけれど……もう下校時刻だから早く帰りなさいね」
「はい……では、さようなら先生」
「ええ、さようなら」
何とも微妙な空気が流れて二人して居心地が悪くなったこともあり、早々に切り上げて帰ることを選択した彼は彼女を残して足早に音楽室を後にする。
すっかり夕日は地平線に落ち、夕闇が空の殆どを覆っている。彼が教室に立ち寄り鞄を取って昇降口から出た頃には空はもう真っ暗だった。
――えらい目に遭った……。
つい先ほどの出来事を思い出す。
許婚だと言われた女子生徒に挨拶がてら会いに行こうと思いクラスメイトに許婚らしい人の居場所を尋ねて教えられた音楽室に足を運んだばかりに思いがけない出会いをしてしまったのだから。
――綺麗な音色の演奏に誘われて音楽室に踏み入れたのが運の尽きだったか……。
演奏が終わったと思ったら運命の人は自分がいることにも気づかず悪態を吐き始める。流石にこれに彼は驚いたが、同時に事前情報と違う彼女の素顔を覗けたと思うと自然と笑みが浮かんでいた。
――深窓のお嬢様かと思えば、思いの外負けず嫌いでそれでいて我がままだけど、でも……ちょっと乱暴だよね……まぁ、仕方ないか……。
気絶こそしたが、切れた額の傷には絆創膏を貼ってくれた彼女の優しさなのか申し訳なさなのかそういう感情に悪い気はしなかった。もっとも、放置されたのはどうかと思うが。
――しかし、うーん白か……白なんだな……。
振りかぶってバイオリンを投げた彼女から見えたソレに反応してしまったのがいけなかった。
――絶対に悪態吐いていたのより下着見られたことの方が恨まれてる気がする……。