未確認で飛行系
「どうしてうまく弾けないのよ! いやになっちゃう!」
音楽室に透き通った声が響き渡る……ただし、苛立ち怒気を孕んだものだったが……。
「どうして、いつも、先生たちは『上手く引けているのに何か足りない』って判をついたように言うのよ、そっちの方こそ何か言うべきこと、語るべき言葉が足りてないんじゃない! まるっきり”おまいう”そのものじゃない!」
キレ気味の声の主は乱暴に、だが、丁寧に机に手にしていたバイオリンを置く。苛立つ思いを楽器にぶつけたい衝動をどうにか抑えている彼女だが、それでもいつもよりは雑な置き方である。
「譜面通り弾いてるじゃない! 他の子よりも上手く弾けているじゃない! なのに、何かが足りないって何よ! 私よりも下手なのになんで他の子の方が表彰されるのよ……なんで、ちゃんとアドバイスしてくれないのよ……どうしたら良いってのよ!」
誰もいない音楽室は荒ぶる彼女の魂の咆哮だけが響き渡る。そして、彼女の叫びが止まると元の静けさに戻る。だが、元の静かな音楽室は彼女の心にその分だけやるせなさを増すだけである。
「泣いてなんかやるものか……私はそこまで弱くないんだから」
彼女は一通り気持ちを吐き出すと表情を引き締める。そこには今までの荒んだ表情はなかった。だが、焦燥感は未だに色濃く残っていた。
――ガラッ
「ふーん、あれだけギャンギャン叫んでいたのに泣かないんだ。海藤さんって見た目通りのお嬢様かと思ってたけど……根っこは負けず嫌いなんだ。へぇー」
「だれよ、あなた! 私に何の用よ!」
闖入者の出現に動揺した彼女は思わず叫び声をあげてしまう。だが、当の本人はどこ吹く風。
「あーうん……君の許婚?」
「なんで疑問系なのよ! それと許婚ってどういうこと、聞いてないわよ」
闖入者の唐突な単語に彼女の怒りはピークに達する。それはそうだ、誰だってそんなことを言われたら困惑するだろうし、機嫌が悪ければキレるだろう。
「いや、そう言ってもなぁ……そう言うことになりそうだとしか……僕も聞いてないんだよね……それで会いに来たんだけどね……ハハハ」
暢気に笑う彼と対照的に彼女のこめかみは引き攣り、目尻は吊り上がる。
「まぁ、それで挨拶に来たんだけど……話じゃお嬢様だって聞いてたのに……って、待て! それは……」
「問答無用! 食らいなさい!」
彼女は手元にあったバイオリンを掴むと力いっぱい彼目掛けて投擲した。
彼女が力の限り思いっきり投げたバイオリンが彼に向かって飛んでいく。
だが、彼の視線は飛行物体を捉えてはいなかった。
「白……」
彼が思わずつぶやいた言葉に彼女はとっさに反応する。
「見たわね!」
ふわっと広がったスカートを抑えて彼女は叫ぶ。
――ガスッ
その瞬間、彼の顔面に高速飛行物体が命中した。