可愛い彼女の一言から始まるリスタート
「ねぇ、覚えてる?」
眠たげな彼女が突然そう呟く。
熱めに入ったホットココアをふぅふぅと冷ましながらこちらの様子を窺っている彼女の視線が答えを催促しているように思えた。
「なにを?」
あまりに唐突な質問にどう答えたものかと思案しながら無難な返事をしたつもりであった。
「決まっているじゃない……私たちの思い出よ」
彼女の質問はこれまた漠然としたものだった。
今日の彼女はなんだかとても物憂げだ。彼女の視線は何かを捉えている様でありながら、そこにはない何かを見ている様にも見える。
「思い出なぁ……麗香が自棄になってバイオリンをぶん投げて、それが命中して危うく大怪我しかけたってこととか?」
「そんなこともあったわね……っていうか、あの頃、私、貴方のこと嫌いだったのよね。正確には気に入らない奴って思っていたのよね。アチッ……」
彼女は猫舌であり、あまり熱いものを受け付けない。彼から振られた思い出が不意打ちとなり舌を火傷した様だ。
「大丈夫? 氷要る?」
「平気よ…………やっぱり頂戴……」
少し強がった彼女だが、やはり舌が痛いことは辛いらしくすぐに音を上げる。素直な彼女は彼にとってとても愛おしく思える。構ってあげたくなる衝動を抑えるのは難しいらしい。
彼女の要望を受けて製氷機から氷を一つ持ってきた彼はそれを掴む。
「ほら、あーんして。口の中に入れてあげるから」
「いいわよ、そんなの」
プイッと頬を膨らまされ顔を背けた彼女。余程屈辱に思えたらしい。
「いいから、ほら、あーん」
少しこちらを向いた彼女は少し拗ねている。そんな可愛らしい姿に仕方ないなぁと彼は思いながら再び”あーん”に挑戦する。
「あーん、あむ……あむあむ」
不満そうな表情を浮かべるが、やはり火傷した舌が痛いのは背に腹を換えられず大人しく従うのであった。
「全く、君はツンデレなんだか甘えん坊なんだかよくわからないなぁ……ああ、そうかヤンデレなんだな」
明らかに違う分類だと思うが、敢えて彼はそう言って揶揄った。
「失礼ね、ヤンデレとか、そんなのと一緒にしないで」
ようやく落ち着いたのか平常運転に戻った彼女はジト目で睨んでいる。余程不満なのか、氷をガリガリと噛み砕いている。その噛み砕く表情はまさに親の敵とでも言いたげなものである。
「それで、君はあの頃僕のことが気に入らなかったのかい? とてもそうは思えなかったんだけどなぁ……なんというか……」
「何よ……」
彼女の主観と彼の主観ではどうも食い違うところがあるようだ。その齟齬が面白く思えた彼はクスっと笑うと彼女を愛しそうに見つめる。
「いや、そうだね、ふふふ……そうか、なんだ、あの頃と君は何にも変わってないんだなぁ……」
彼は遠い日のことを懐かしそうに思い出すのであった……。