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迷路

カタルシスの定着

 機械音のする扉は、そこが、特別な場所であることを知らせてくる。人間が、数人の足音を中へ入れると、同じように扉は閉まった。背中で感じたに違いない。初動音で、振り返った人間も居たようだ。独り言に近い歓声が、数個、浮かんでは、部屋の中に響いている。

 目の前には、人が寝るには丁度いい、カプセル型の機械ベッドが円状に並んでいた。身体が当たる部分には、レザーのような光沢のある素材が使われており、それが、部屋の明かりに照らされていて深く沈んでいる。だから、金属部分は、光の跳ね返りは少なかった。目視で認識させられる行動を、誘発するかのようである。

 指示があるまで、人間達は動かなかった。無駄な話し声はするが、誰も、それに近づこうとはしない。一つの儀式の日であり、大人の階段だからである。誰もが真面目な部分を持っていて、それと同じ量の楽しみを持っていた。

 クラシックの部分的な音楽が鳴り始め、緩やかにフェードアウトすると、音声を発する雰囲気になる。三秒の間があった後、機械声の挨拶から始まった。両親からの手紙が読まれるのである。ここに居る人間は、今日、初めて会わされたのだが、共感性が高かった。他人の言葉に、涙を流す者も居たからである。一種の酔った状態だと言える行動だ。考えて動かしている訳では無いのだから、深く受け取る意味は全く無いのだが、人間には、それが重要な事柄であるようだった。

 文字数が決まっている手紙の時間は、二十分ほどで終わり、本題である儀式に入る時間になった。涙をふいている最中の者も居たが、一様に、機械声に耳を傾けている。


「では、儀式を始めます。皆さま、同じ番号のトライアルヘブンに、仰向けになって下さい。その後、右手にある赤いボタンで、上部を閉じて下さい」


 人間達は、ゆっくりと動き出し、それぞれに持たされた番号を確認しながら、他人と場所を教え合っていた。軽い笑顔が混じっている。俗に言う「良い顔」であった。そして、五分ほどで、全てがカプセル状態となる。外が見えているからか、特に乱れた様子は無い。


「皆さま、力の限りを尽くして、勝ち取られて下さい。スタート致します」


 この音声は、人間達に聞こえていなかっただろう。即座に充満する気体で眠らされ、頭部に、半球状の枝を編んだかのような物を付けられるからだ。寝台との整合性が取られている物で、人間に映像を見せる物である。

 始まって直ぐに、身体が暴れる者が、一人居た。適正が無かったのである。その一人は、そこで成人式終了となり、廃棄処分となった。通路の扉が開くと、人型の機械が現れ、そのカプセルを移動させて行く。

 廃棄処分とはいえ、臓器や培養には使えるのだ。生体支援センターへと運ばれて行った。眠らされたままだが、目が醒めることは無い。何処かの誰かに、生かされるパーツとなるのである。


 残りの人間達は、それぞれのフィールドを認識し始めている頃合いであった。自然、都市、宇宙などの光景が見えており、何かの状況に直面している。もしくは、自己紹介の最中かもしれなかった。脳内に、新しいメモリーが構築されようとしている人間が、数名、居るのである。数式だけの生体データが、それを教えてくれていた。

 状況を断定できないのは、詳細を保存しないからである。表に出すことは無いのだから、保存する必要性は無い。統合し、平均化されたデータがあれば良い、という人間達の希望が、そのまま運用されて、三百年ほど経っている。運用上の問題は、今の所、全く無い。


 一分、経過した。部屋に入った人間は、今回、30名であったが、その内の一人が居なくなった状況である。本来ならば、30名を六組にグループ分けをするのだが、この程度のことは想定済みで構成されている。ダミーデータで補填しておけば良いのだ。データにも価値があるのだから、人間の代わりと見立てたとしても、結果に影響することは少ない。無いと言い切りたいが、ゼロでは無い。だが、些細な問題として、割り切ることが可能である。

 原因がダミーデータにあったとして、初めの一人のようになったとしても、問題は無いのだ。このプログラムの運用が、一番に問うているのは、その部分だからである。


 現在の人間社会では、「大器晩成」という言葉が消えた。代わりに、「若人大成」という言葉が作られている。

 そうなった理由は、極端なコストカットの文化の所為であった。老人に払うコストを無駄だと言い切り、若人に金を回すようにはなったが、老人側も黙ってはいなかったのである。対象となる若人を選ぶようにしたのだ。コストカットをコストカットで対応した結果であった。このプログラムの原型が、誕生した瞬間である。

 これにより、子供への教育は、それまでにある世界中の教育的事柄を、鼻で笑うかのようにして、激化した。生まれた時から始まり、成人するまで終わらない、才能開花教育である。エリート教育と違うのは、ジャンルが多岐に渡る点だ。全ての物に対して、その物に特化した人間を置くことを目標としていた。蔑ろにしていることは無いという、人間特有の形であろう。


 それが実行され始め、時間が経過すると、予想されていた通り、人間特有の思春期成長による反発で、自殺者が急増した。この反応に対して行われた人間の対応は、絶対に自殺できない状況下に置くことで、それを防ぐことであった。監視システムのフル稼働も、これを理由に解禁されたのである。それだけではなく、警備会社やボディガード、ベビーシッター、保育教諭や幼稚園教諭への強化や賃金の大幅上昇、学校教諭に対する手厚い補償支援なども、同時に行われた。無論、それだけ責任も大きくなったのであるが、それよりも、承認欲求が満たされた方が上だったようである。熱を持ったまま、熱を放てるのだから、利害が一致していたのかもしれない。

 人間は、若人の内に、何らかの結果を残している者達だけで、運用され始めて行くようになった。究極的な実力主義と言えるだろう。能力はあるのだから、誰もが合理的だと考えた。創造性、発展性、共に、それまでとは比較できないほどであった。人々は、納得していたのだ。それを得る為にやってきたのだから、当然だろう。納得の平等化である。人類の出した、一つの答えであった。


 だが、その形から溢れる人々も居た。何をやっても駄目な者は、人間の中には居るのである。これは、生物であるのだから、仕方ない事なのだろう。

 プロジェクトを始めて間もない頃は、人々の目は温かい物だった。全体としての成果を出していないのだから、当然の反応である。それが、良い結果を得られると、途端に厳しくなっていったのだ。プロジェクトを受けた者が、能力に見合った利益を得ながら、社会的台頭を果たしている光景を、爛々と見せつけられる毎日だったからだろう。その中に入ると、人間は盲目になる。とても面白い反応だった。

 溢れた人々は、「背無し」と呼ばれた。背中に背負う能力の無い者、という意味である。この人々は、社会から外れた場所に、自分達の町を作った。人間は、そうやって集合することで、生活を営むしかないようである。

 社会的には、そういう形は黙殺された。無かったことになっていた。しかし、とある事件が起きてしまう。技術力の向上によるロボットの台頭で、社会が賑わっていた時である。そのロボットを利用した愉快犯が、背無しの町を襲ったのだ。社会的に不必要な者の存在は、どうなっても構わないという、一種のカルト的な考えからの犯行であった。社会的には、この事件は封殺された。別件での逮捕をし、犯人は身柄を確保されている。その後は、病院に強制入院させ、そのまま亡くなったと記録がある。


 その事があったからか、綺麗な言葉で包まれた生体支援センターが開設されたのだ。役割も、人類の補助役という大層な物を掲げている。人間達は、AIが発する、感情がこもっていない言葉を怖いと言うが、人間達の発する、別の意図を持って作られた綺麗な言葉の方が、AIが怖いと認識しているのは何故だろう。それが、人間らしさ、という物なのかもしれない。

 生体支援センターでの研究が、その後のプロジェクトに反映されるようになるのに、時間はかからなかった。成人の場で、力を示すようになったのも、その研究からである。状況によって適切な判断が出来る、という能力を一般化することによって、プロジェクトを進行する社会を固定化する為だった。適切な判断をすることは、管理者にとって予想がつき易いのである。たとえ、反発であろうとも、予想通りであれば、対処し易い物だ。これから先、何かが劇的に変わることは無い。


 今、5名の人間が、生体支援センターへ続く廊下へと運ばれて行った。残りは、24名である。開始から、まだ五分しか経っていない。生体支援センターがあることで、人間達が怠け始めているというデータはあったが、信憑性が高いようであった。外部に対しては、耳心地が良い言葉しか無いのだから、仕方ない部分はあるのだが、これは一つの問題点である。目指すべき道が無い人間は、社会には要らない、としたのだから、人間側が改善するべき点だ。感情論など、そこには要らないのである。

 また、2名が運ばれて行った。残りは、22名だ。早急に対応した方が良いようである。残りが、一年ほどである者には、間に合うだろう。この世代は駄目である。低点世代に成るようだ。バランスの考慮をした方が良い世代である。


 部屋の中に、車椅子を用意すると、サポートする為の人型の機械が、ズラッと並んで入って来た。そろそろ、儀式の終了時刻となる。結局、残った人間は20名だった。今までの平均よりも下である。

 起きた人間達は、ふらふらとしながらカプセル型ベッドから起き上がると、人型の機械に促され、車椅子へと座った。口からよだれが出ている者、鼻水が出ている者、涙の後が残っている者など、様々である。人間が座った車椅子は、自動で決められたコースを進んで行く。もう一つ、処理しなければならない物があるからだ。

 記憶である。ここで作られた都合の悪いデータの削除と、それを思い出そうとする行動をブロッキングする為だ。これを終えれば、華やかな場所で門出を祝うのである。綺麗な服と美味しい料理、知っている面々との談笑となるのだ。


 車椅子は、別の部屋へと入って行った。白いだけのシンプルな内装である。車椅子の後部にあるヘルメットを、人間達は、人型の機械から被せられていた。

 記憶の操作は、身体への負担が少ないように出来ている。データで補助しながら一本の記憶を作れば、人間は、それを疑うようなことはしない。人間の脳は、自分で記憶を作りあげて、補完しようとするように作られている。それを利用しているのだ。人間は、利益がある方を信じるのである。

 ブロッキングは、人間達の文化から派生していた物だ。古くは、SNSと呼ばれた物に付いていた機能であったが、それを行なえる思考は、文化と呼ぶに相応しい。他人を考えなくて済むという、非常に合理的な判断の文化である。そこに新たな技術発明が重なり、現在のブロッキングになった。記憶や行動をブロッキング出来るのであれば、生体意識に対するストレスは軽減される。それによって、新たな形が作られるのである。年に数名出て来る犯罪者への使用は、現在でも続いていた。加害者家族という概念が無くなったので、個人だけの落ち度という形が、人間には浸透しているのである。


 車椅子は、記憶処理が済んだ人間達を、各自の部屋へと運んだ。人型の機械が、車椅子の変形ボタンを押す。座面が、ベッドと同じ高さになると、背もたれが、徐々に斜めになる。座面と背もたれが平行になり、脚部の方も、同じように平行になって行った。簡易的なベッドの形である。

 人型の機械は、その間、人間の身体のバランスを見ながら補助をした。最終的に、人間を抱きかかえると、ベッドの上へと移動させる。毛布をかけると、室温をチェックし、近くに飲み物を置いた。もう一度、一通りチェックをすると、車椅子と一緒に部屋を後にする。

 人間は、ゆっくりと眠っていた。明日になれば、楽しい時間の始まりである。勝ち取った人生の始まりでもある。

 人間は、寝返りをうった。先程よりも、安らかな顔をしている。その顔で、生きて行ける世界が待っている。

 後、数時間で、物語が始まるのである。





















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