「姫」という皮肉
翌日の放課後。僕は再び高嶺に会いに図書室を訪れた。
「……みたいなことに気づいて書いてみたんだけど、どうだろうか?」
「質問を質問で返すようで悪いけれど、どうして私があなたの小説を読む流れができているのかしら?」
「え、アドバイスをもらったから、それを受けて書いてきた小説を読んでもらえるものだと思ったんだが」
「違う。私は『能なしは去れ』と言ったつもりだったのだけれど」
言いつつも、高嶺は僕が書いてきた小説を読んでくれる。彼女は口は悪いが、根は悪いやつではないのかもしれない。というか、こうして読んでくれるのだから、普通に良いやつなんじゃなかろうか。
「あなた、今失礼なことを考えていない? 私はツンデレなんかじゃないわよ」
「考えてない考えてない」
「勘違いしないでよね。小説を読んでいる間に、あなたにどんな罵詈雑言を浴びせようかと考えているだけなんだからね。……ふふっ」
「確かにツンデレじゃないよ。今のところ、攻められてしかいない」
そして、高嶺の笑みの怖いこと怖いこと。普通、美少女の笑みは魅力的なものだと相場が決まっているのだが、二次元と現実の違いを改めて思い知らされた。
意外とシャレが好きそうな彼女の笑みは、美しくも凄惨である。
相変わらずひと気のない図書室で、高嶺は黙々と読んでくれているが、今回はどうだろう。怒られるのを承知で僕の小説を読む彼女を注視していた。すると、最初の方のページで眉がピクリと動いた。段々と目を細めて睨みつけるような目つきに変わっていく。
怖いんだけど。僕、何かまたヘマをしてしまったのだろうか。
「面白くなったわね。前よりも良くなったと思う」
読み終わった彼女はそう言った。ならば、その不機嫌そうな表情は何なのか。
「不機嫌そう……そうね。小説を通して見えてくるあなたの人間性にイラッときたからよ、このゴミが」
「見えてきたのがどんな人間性なのかを訊きたいところだが、まずゴミ呼ばわりをやめようか」
機嫌が悪いからといって、何を言っても良いと思うな。
「小説家は二つのタイプがあると、私は思ってる。一つは、小説の魅力を駒のように扱い物語を組み上げる職人タイプ。もう一つは、自分の中の経験や知識、感覚を様々な形で反映させる芸術家タイプ。あなたは後者のようね」
「オレが芸術家タイプ?」
「そう。職人タイプは書く小説と書き手の感覚や主義主張などを割り切って書くものだけれど、あなたは自分の中のそれらをある程度小説に持ち込むタイプのようだし。読んでいて何となく伝わったわ」
「あー、それは確かにあるかもしれない」
「そして、どうやらあなたは人の良い面に焦点を当てることが多いようね。悪い面を完全に切り捨てているわけではないから、説得力を欠いていないけれど」
「それは自覚してるな。人間だから良い方も悪い方も両側面があるのは当たり前だ。でも、オレは良い方が表れて、みんなが幸せになるような話を書きたい」
「それがムカつくのよね」
「え?」
唐突というか、意味がわからなかった。高嶺は僕から目を逸らしながら、こう続ける。
「…………まあ、これはあなたが悪いわけではないわ。生活環境の違いね。あなたは人の善性が表れた中で生活しているのでしょうけれど、私はその逆。人の悪性に振り回されてきてばかりだったから、ほとんど悪い面しか見えなくなってしまったわ。ネガティヴね」
「悪性に振り回されてきたって、どういうことだ? ネガティヴって……」
「私の容姿に釣られて寄って来た人はとても多かったわ。何度も告白されたことがある。でも、そんなもの、ただ情欲に晒されているだけ。恋でも愛でもない。それなのに、他の女の子からは嫉妬されるし、羨まれる。理不尽だと思っても、他の誰にも共感してもらえないわ」
「……オレの相手をしてくれたのは、ナンパとかそういう用事じゃなかったからか」
「ええ。暴言を振り撒いて追い払うところだったわ、ナンパとか告白なら。……暴言はほとんど本音なのだけど」
なるほど。少し外れるが、わかったことがある。噂の実情についてだ。
私たちの学校の図書室には姫が居る。
「私たち」となっているのは、告白の返り討ちに暴言を浴びせられた男子たちが、ダメージのあまり噂をすることすらも忌避して、女子の間でしか囁かれなくなったから。「姫」は、美少女でありながら凡俗とはかけ離れた遠い存在の象徴。
評判は評判でも、悪評に近い。
皮肉が効き過ぎている。




