図書室の姫
新連載よろしくお願いします。ゆるく、軽く、楽しく読んでください。
私たちの学校の図書室には姫が居る。
華々しい話題の後に、ふと、思い出したように囁かれるような、そんな噂。
ちょっとした思惑あって、僕は噂の主のもとを訪ねることにした。
放課後になってからも色々あって、僕が図書室に着いたのは閉室時間の十分前になってしまったが、噂の彼女はそこに居た。
窓際の椅子に腰掛け、手に取った本に大きな黒い瞳を向けている。窓が少し開いているのか、柔い風が彼女の背中まで伸びた長い黒髪を微かに靡かせている。頬にかかる髪を搔き上げる左手は白魚のように美しい。夕陽が薄いカーテンを通して、彼女をセピア色に染め上げていた。
彼女の他に人が居るかと見回してみたが、図書室に今居るのは彼女だけのようだった――いや、厳密にはカウンターに司書の先生が居るのだが、年齢不詳のその人は堂々と居眠りをしているのだった。これは居るものとして数えなくても良いだろう。
僕は再び彼女の方へと向き直り、ゆっくりと近づく。どう声をかけたものかとこの期に及んで悩みどころだが、目につく話題のきっかけになりそうなものを指して、僕は言った。
「ねえ、君。何を読んでるんだ?」
「………………」
なるべく親しみを込めた口調で尋ねてみても、彼女は顔ごと本に視線を落としていて、返事もしないしこちらを見向きもしない。
「あのー、えーと、……」
「………………」
「もしもーし? 聞こえてる?」
「………………フッ」
沈黙の仮面がわざとらしいため息をついた。そして、本を開いたまま、緩慢にこちらを見上げてくる。
「読書中の人間様に話しかけるなんていう、礼儀を失した虫の声が先ほどから聞こえるのだけれど、それはもしかしてアナタのことかしら?」
起伏のない口調で辛辣なこと言い放つなんていう、失礼な美しい少女が目の前に居るのだけれど、それはもしかして彼女のことだろうか。
間違いない。「ゴミ」を見るかのような視線を、彼女は向けているのだから。
「オレは後藤湊人だよ。君は?」
彼女の方は噂で有名でも、僕のことは知らないはずだ。僕の方から名乗っておこう。
少なくともふざけてはいない僕の顔つきを見たのだろう、眉間に寄った皺はそのままに、彼女はこう返した。
「私は高嶺未雪よ。……あら、喋るゴミに驚いて、うっかり名乗ってしまったわ。ゴミなのに」
「本当にゴミって言いやがったな!」
つい、声を荒げてしまって、僕は司書の方を振り返った。居眠りから目が覚めたようで、驚いたように目を丸くしていた。多分、僕の声に驚いたんだろうが、視線は彼女の方に向いている。まあ、僕の大声にお咎めがないのなら、それはどうでも良いことだ。
高嶺未雪に視線を戻すと、彼女は再び読書作業に戻っていた。僕なんてまるでここに居なかったかのように元のままの姿勢で――いや、違うか、脚が組まれている。スカートから白くて長い脚が主張している。立ち姿をまともに見たことがなかったから、ここで初めて彼女が女子の中でも長身であることがわかった。
が、それよりも彼女に話を聞いてもらなければならない。
「高嶺、オレは君に用があるんだ。話を聞いてくれないか」




