vs.東方の巫女Ⅱ
朝のホームルームが終わった。
窓際に座る白髪の青年は、はぁ、と重い息を漏らしては、年次の授業表や四月の細かな詳細などが記載された配布されたプリントを整えることなくファイルに収めていく。
彼自身が何か悪いことをしたわけではないのだが、それでも自己紹介という今後の学生生活を有意義に過ごすことができるかの重要な分岐点を良くはない方向へと印象付けたのは失態だったと思い悩むのも、当たり前のことだろう。
おかげで誰も話しかけないようとはしない空気であり。そして輪廻が周囲へと目を向けた瞬間に目が合いそうになると誰しもが目を背けるのである。
「こんな悪い出だしになるなんて……いっそ誰か殺してくれ」
「あら、死んでくれるの? 新田輪廻さん。 それはとても残念ね」
冗談で言った言葉に、今の状況の原因の一つである人物、隣の席の学級委員長がそんなこと思っていないことを呟いた。
学級委員なのだから彼女が積極的な性格であれば、他の生徒たちも今とは違って温厚に彼を歓迎してくれたかも知れない。
黒い艶のある髪は背中まで伸びており、身長は女子の中では高く、その美貌はまさに美女と呼ぶにふさわしいのも頷けるほどで、そこだけを見ることができたら良かったのだが、ルックスに対して鋭い刃物を彼女は装備していた。
後頭部に手をやり笑えない本音でもあるかのような発言に無理やり笑みを浮かべる輪廻に彼女こと舞姫神楽は何も興味を示さず席を立っつ。
すると、彼女が席を離れようとしただけでがやがやしていた室内が一瞬にして静けさに変わったことに輪廻は気づいた。
同じクラスの男子、女子から避けられているのではないかと彼は感じたのだが、どうやらそれは違うようだ。
みな、怯えているような、まるで呼吸をしたら獣に喰らわれてしまう羊みたいな表情。
まさか、誰も近寄らない本当の要因は……。
「もしかして……」
「別にこんなの慣れてきたわよ。 それより、次は身体測定なんだからさっさと体操着に着替えて第一体育館に来なさい。 時間通りに来ないと私の評価が落ちるから、その時は……」
分かっているわよね、と耳元で告げた彼女は硬直する教室に目もくれずにその場から立ち去る。
徐々に賑やかな雰囲気を戻した教室内で彼はただ一人、舞姫神楽という人物が委員長という地位を持っているのに何故そこまでクラスで孤立と化しているのか、気になってしょうがない様子だった。
心身ともにただの女の子ではないか。 なのに、それなのに、どうして。
「……本当怖いよな、アイツ……あれでも"東方の巫女"かよ……」
どこぞの太子じゃない限り複数の会話をいっぺんに聞き取ることが難しい状態の中、そのフレーズだけがしっかりと輪廻の耳にしっかりと入り込んだ。
其方の方へと顔を向けてみれば、冴えない顔つきの男子生徒が誰に話しているわけでもなくただぶつぶつと独り言をしていた。
その顔には見覚えが輪廻にはあった。 彼が端末の操作が分からないことにスパイではないかと印象付けした本人だ。
スタートダッシュを失敗させたもう一つの原因である彼に近づいていくと輪廻はこう質問した。
「……その"東方の巫女"ってのはそんなに恐ろしい存在なんですか?」
「あれは呪われた存在なんだよ……って、ひ、ひぃ、スパイ……!?」
その声の主に、まさか危険人物だと注意していた人物がこう話しかけてくるなんて想像していなかったがためか、友達が少なさそうな彼は驚いては席から崩れ去った。
そこらへんの女子たちがうわぁ、というような目で二人のやり取りを不気味そうに小声を立てていたがそんなのには耳を傾けることなく、輪廻はスパイではないという否定もせずに更に問い詰める。
"東方の巫女"は呪われた存在なのだろうか、と端末の使い方もまだ覚えていない状態なのに、新たな単語に思考を探らせて、落ちた眼鏡を掛け直した相手をじっと見つめる。
「お、お前知らないのか、よ……アイツは……」
「はいはい、そこまで。 御堂君、あんまり確証のない噂ばっかに力を入れるんじゃなくて、黒組にならないように勉強しましょうね? 輪廻君もそんな怖い顔して質問しないの」
回答の途中で、白髪の青年の背後からかけられた声によってその言葉の続きは中断させられた。
二人の男子生徒の予想通り、その正体はあの可愛いらしい先生であるが、にんまりと微笑む笑みはこれ以上話なしてはいけないと忠告しているかのようだ。
御堂と呼ばれた生徒はうぐ、と言われたことが事実だったのか胸を痛めた表情で何故か輪廻を睨みつける。
それにもうすぐ身体測定だから急がないと、と担任の言葉に、先ほど学級委員長に告げられた言葉が脳裏でリピートされて、教室の時計の針を見た。
残り5分を切っており、着替えて走ればなんとかなりそうでもあるが、転向してきたばかりで現在位置も把握できていない輪廻に体育館まで辿り着くことは、満点花丸な初めてのお遣いをしろ、と一緒である。
見かねた担任が連れてってあげようと思い彼に言おうとした頃には、新田輪廻は教室から飛び出していた。




