SCP-173
「9341、作業だ」
白いコンバットスーツに黒いプロテクターを着込んだ男が部屋の外から呼びかけてきた。
低い声だった、三十代前半くらいだろう。
腕にアサルトライフルを抱えていた。
兵士だろうか。
「作業?」
「その書類の通りだ、早速だがちょっとした掃除に参加してもらう。ついて来い」
男に言われた通りに、部屋の外に出てついて行く。
廊下にはいくつものドアがあり、その内の一つから出てきたが、それはまるで刑務所の様だった。
しばらく男について行くと、別の男が後ろからついて来た。
見た目は前に居る男と何も変わりはない。
ただ、後ろを見た時「前を向け」と若い声で言われた。二十代前半の声だった。
しばらく歩くと、左右が吹き抜けになった部屋に来た。
どうやらここは二階部分で、一階の方は休憩室になっている様だった。
すると、前にいた男が立ち止まり「ここだ」と言った。
黒いスライド式の自動ドアがあり、横には看板が貼られていた。
「SCPー173 object class:Euclid」
Euclid?
遥か昔の数学者だったような気がする。
とりあえずドアの横にあったボタンを押そうとしたが、ドアは自動的に開いた。
ふと、ドアの右斜め上を見ると監視カメラがあった。
なるほど、常に監視されている様だ。
ドアを通り、奥へ進んだ。
その先は二階層の部屋になっていて、一階から二階に上がれそうな所は見当たらなかった。
どうやら二階に責任者が居るようだ。
一階には自分と同じオレンジ色の服を着た、おそらく死刑囚であろう人物が、重々しい鉄製のドアの前に二人いた。
その内の一人が聞いてきた。
「お前、初めてか?」
「あぁ……何をすればいいんだ?」
「掃除だ、だがこの中の一人にしかできない」
「?どういう事だ?」
「時間がない。簡単に説明すると、目を離しちゃいけないやつがこのドアの先に居る」
「危ないやつなのか?」
「かなり危険だ。やつは誰も見ていない時だけ自由に動ける、一瞬だ」
「何がだ?」
「首をへし折られるまでさ」
ドアが横に開き始めた。
ドンドンドンドンと機械の音が鳴る。
開いた先は広めの部屋だった。
奥に何かがいた。
人間の様な形をしていて、壁の方を向いて立っていたが、人間と呼ぶには程遠い物だった。
周りには赤黒いものが撒き散らされていた。
これを掃除するようだ。
慎重に中に入ると、ドアが閉まった。
『ガガ…全Dクラス職員の内、6732と9341は7435が作業を終了するまで…対象…ガ…173を見続けろ……二人で交互に瞬きをしろ…ガガガ』
「俺が合図したら瞬きしろ、いいな?」
「分かった」
すると、閉まったはずのドアが開き始めた。
『おい…!何故閉まらない!?…ガ…システムの不調……いや!079です!…ガ…小癪な!作業中止……おい!』
目の前が暗くなった、停電だ。
電気が点いたかと思うと、7435と呼ばれていた男が倒れていた。
そのそばには173が立っていた。
すると、誰かに腕を掴まれ引っ張られた。
振り向こうとしたが、「振り向くな!奴を見続けろ!」と指示され、振り向けなかった。
声からして、6732だった。
173を見ながら、収容用の部屋を出る。
また電気が消えた。
「もう駄目か……!?」
再び電気が点いた時、追加の死者は出なかった。
バババババッ
銃声がした。
二階部分で兵士が173と戦っている。
ドゴォン……
大きな音を立てて、電気が落ちた。
銃声が止み、バキッと何かが折れる嫌な音がした。
今度はすぐに非常灯が点き、視界を確保する事が出来た。
「マズイことになったな……」
「これからどうなるんだ?」
「財団共は放送で『079』と言っていた。もしもそれがSCP-079の事なら、状況はこれからもっと酷くなる」
「079は何なんだ?」
「今は説明出来ない、とりあえずここから逃げよう。まだ近くに173が居るはずだ」
慎重に173の部屋から出た。
こうして暗い施設からの脱出は始まった、いや。
始まってしまった。