お好み焼きは緑黄色野菜ではありません。
当然のごとく、数学の補修後に、私はアラガッキーによびだしをくらった。
呼び出しは呼び出しでも、愛の告白ならすっ飛んでくのに。愛どころか、鉄拳が降り注ぐわ。まじ堪忍。
そんな私をいたわるどころか、
「なに怒られたか、教えてね!」
と、マナははしゃぎまくっていた。親友のかざかみにもおけん奴だ。
何を怒られるも何も、遅刻してシラを切り通した挙げ句、坊やとか言ってしまったことに決まってるだローが。
爆笑していたマナは、あれから笑いの発作が収まらず、身をよじってひいひい呻いていた。屈辱。
こういう時の足どりは、重い。遅い。はずなのに、職員室はいつもより早く登場してくるから、気が滅入る。
地球の岩盤突き破って、ブラジルまで行って、サンバ踊りたい。
職員室前には、すでにアラガッキーがいた。腕を組んで、眉を寄せ、難しい数学の問題でも解いているような顔つきで、じいっと私を睨んでいる。
「桶川、ちょっと来なさい」
へぇーい。
そのまま職員室の横の会議室に連行される。
そういや、男の人とこうやって密室で二人きりって、初めてだ。そう考えてドキドキする。
会議室の扉を開けて、中に足を踏み入れる。クーラーをつけたばかりなのか、室温が微妙に熱気を孕んで、滞っている。足元だけは、涼しかった。
その時、いきなりアラガッキーが立ち止まったので、まともに私はその大きな背中に激突した。ああ、いい匂い。
ほどよくかたい、筋肉がたまりませんなあ。
「おい、桶川大丈夫か?」
「あ、はい、大丈夫です!」
ぶつかった拍子にバサバサになった前髪を直し、慌てて答える。
「どうしたんですかあ、せんせ・・・・・・・・」
アラガッキーの前方を覗き込みつつ尋ねた私は、体を斜め四十五度に傾けたまま、その場で停止した。
会議室の一番でかい椅子に、足を堂々と組んで、頬杖をついた優兄が座っていた。もう片方の手の指で、鼻をほじっていた。殺してやりたい。
「ゆうにい・・・・・・・・」
「やっほおーい、茅じゃねえの。なに、お前もセッキョー?」
その椅子は、理事長の椅子なんだが、とアラガッキーが小さな声で呟く。でももう遅い。優兄はねちょねちょとした鼻くそを、「理事長」の席の肘かけの部分に、べちょっと押し付けた。
「お前もってことは、優兄もなの?」
優兄がちっと舌打ち。私を睨む。
「てめえのせいだわ、くそ野郎。うんこマイシスター。てめえが書いたレポートの出来が悪すぎて、居残りだよ。どうしてくれんの、今日、由美子ちゃんたちと海行こうって、ゆってたのにさあ」
知るかアアアアアア、ぼけええええええええ。
てか由美子ちゃん「たち」ってなに、たちって。何で複数形なんだよおい。
「ほんと、まじ使えねえ」
いや、あんたの道具じゃねえんだよ。
「てかさ、なにお前。緑黄色野菜の例でお好み焼きって書くとか、ふざけんのも時と場所を選べ。TPOわきまえろ」
「いやさ、それは、ほらお好み焼きって白菜じゃん? 白菜って緑黄色野菜かなって考えたんだよ」
「はあ? お前いよいよ絶望的だろ。白菜の漢字考えろよ。グリーンもイエローも入ってねえじゃんホワイトじゃん。つうかお好み焼きはキャベツだろーが」
「あれれ? そうだっけ?」
「そうだっけじゃねえよ、俺がどんだけ恥かいたと思ってんだよ、今すぐ責任とれくそ」
「いや、人にレポート書いてもらっといて、その言い草はないでしょ!? そんなら自分でやりゃーよかったんじゃん!!」
その時、アラガッキーが会議室の机をばしんって、叩いた。
「二人とも、静かにしなさい」
その声には、ちょっと優兄も黙っちゃうくらいの威圧感があって、私達は気まずくなって黙り込んだ。
怒られにきたのに、それこそ時と場所を全くわきまえていなくて、恥ずかしくなった。
駄作者は、お好み焼きが大好きです。もんじゃとタコ焼きも好きです。でも一番好きなのはって言われたら、芥川龍之介に筋肉と可愛い微笑を足して二で割ったみたいなイケメンです。