挑まれた日
「勝負しましょ」
彼女が何を思って俺に勝負を挑んでいるかわからないが、遊び半分で言い出したわけではなさそうだ。
「なんで俺なんだ? プレイヤーは他にもたくさんいるだろう」
「私の下着姿を見たから」
「……」
俺はなにも言い返せずにいた。
「どう? もし私の勝負を受けないのなら、この仮想世界で女性達から軽蔑の眼差しを向けられながら生きていくことになるけど」
「わかったよ。受けるよ。受ければいいんだろ? んで、どんな勝負だ?」
「そこに背を向けて立って」
言われるがまま壁に背を向けるかたちで立ち、彼女の次の指示を待った。
彼女は俺と向き合うかたちで立ち、距離は腕2本分といったところか。そして、なにやらメニュー画面でなにか操作しているようだ。
「よろしく」とニッコリ笑う彼女の表情とは裏腹に、俺のほうにはプレイヤー同士がHPを削りあう唯一のシステム受理画面が表示された。
通常は街の中で戦闘の類は出来ないように制限がかけられているが、このシステムでお互いが同意したとみなされた時のみその制限が解除される。
普通のPvPなら勝利したプレイヤーには何かを与えられ、負けたプレイヤーは何かを失う。しかし、この世界においてPvPは単なる勝ったという名誉しかない。
『PvPが申し込まれました。受理しますか?』
彼女をチラっと見たが、人差し指を下に向け「押せ」というジェスチャーをされ、仕方なくOKボタンを押して彼女の申し込みを受理した。
「げっ!」
目の前にはさっきと同じ重装備を……いや、ちょっと違うか。右腕部分だけは装備を外し、片手剣を持っている。
「それで戦えるのか?」
なにもしゃべらず、ただ頷く彼女。重装備の防御力は俺の知る限り現時点で最高だと思う。普通の攻撃では弾かれてカウンターを貰うだろう。まあやり方次第だ。
俺は装備画面を表示させ右手にレイピア。服は今と変わらず軽装。
お互いに剣を構える。
彼女はカウンターを狙っているのか動く気配がない。広ければ後ろに回り込んだり、カウンターをバックステップでかわすことも出来るが、あいにくこの酒場はそんなに広くはない。
「ならば……」
俺は右足でさっきまで座っていた椅子を蹴り上げ、彼女の頭部に命中させ、椅子が壊れるエフェクトが舞い上がる。
「ふあっ!」
重装備を着て視界が狭くなっている彼女はビックリしている。すかさず、左足で彼女の右足を足払い。ドスンッと体に響く音を立てた彼女は仰向けに倒れこんだ。
俺はマウントポジションを取りレイピアを胴体と頭部の隙間に滑り込ませた。
「まだやるならこのまま突き刺すけど、どうする?」
彼女の腕が少し動いた後、俺の目の前に『ノエル様の勝利です』と表示され、一気に緊張感が解けホッと胸を撫で下ろす。
「立てるか?」
彼女から降りて手を貸すと、重そうな腕をゆっくり上げて俺の手を掴むと立ち上がり装備を解除した。
「君、強いのね」
彼女の表情は負けて悔しいというよりは負けて嬉しそうな表情に思える。
「私はニーナ。君は?」
「俺はノエルだ」
「レベルは?」
「えーっと……。14レベルだな」
「14っ!? まだ一週間しか経ってないのにどれだけ敵と戦ってたのよ」
ニーナは目を真ん丸く開いた。
「そんなにレベル高いのか? 他人のレベルを聞いた事ないからわからなかった」
「高いわよ。私だって頑張ってレベル上げてるけど8レベルよ。それに、14レベルっていったら、私がPvPした中で一番高いわよ」
「どれだけPvPやってきたんだ?」
「30戦ぐらいかなー。ちなみに私を負かしたのはノエルが初めてよ」
可愛い顔して対人戦を好むとか……人は見かけによらないな。
「それにしてもさっきの戦い。あれはレベル差云々よりも技術の違いだった。もしかして現実世界で武道とかやってたの?」
「いや、なにもやってない。ただのゲーム好きってだけだ。つーかあんな装備でよくもPvPで勝ってきたな。俺はそっちの方が驚くよ」
「今回のは初めてよ。重装備買ったから防御任せのカウンター戦法でいけるかな? って思っただけ。それにしても、それだけレベルを上げてるってことは何か目的があるんでしょ? ゲームが好きっていうだけの理由で大切な記憶が消されるリスクを負ってレベル上げする必要性を感じられない」
感のいい人だな。
俺はPvPが始まってから無言のマスターをチラリと見た。
「別に言っていいんじゃないか。そもそも隠す必要もないだろう」
「俺はこの世界には終わりがあると思う」
「なんでそう思ってるの?」
「樫村創一はRPGゲームが好きでこの世界をMMOっぽく作っている。ゲームというものはラスボスがいて、そいつを倒すとゲームはエンディングを迎える。俺は単純にゲームをクリアしたいんだ」
「ふーん。なるほどね……」
ニーナは少し考えている感じだった。HPが0になれば大切な記憶が消える。人によって大切な記憶は違うし、自分が思っている記憶が消える可能性だってあるわけだ。そんなリスクを負ってゲームをクリアする必要性はないだろ。
「PvPをしてきたのには理由があるの。私はこの世界を脱出して現実世界に戻りたい。その為には強い味方が必要だと思ってる。貴方はこのゲームを攻略をしたい。私は現実世界に戻りたい。目的は違えど利害関係は一致していると思うの。私の仲間になってくれない?」
ニーナが手を差し出した。
俺は正直不安だった。パーティーを組んだほうが攻略できる確立はグッと上がる。しかし、このゲームにはリスクがあり、万が一彼女を守れなかったら俺は……。
「わたしが現実世界で喫茶店を開くか迷った時に声を掛けてくれた人がいたんだ。『やらない後悔とやった後に後悔するの、どっちがいい?』と。ノエルはどっちをとる? 嬢ちゃんの真剣な眼差しに答えてやれ。これはお前の選択だ」
ニーナを見るとPvPを挑んできた時と同じように真っ直ぐと真剣な眼差しだった。
「わかった。ただし、なにかあった時は自分のHPを優先だ」
ニーナの差し出された手を握った。
「ありがとっ! よろしくね!」
初めてみせるニーナの無垢な笑顔に少しドキッとした。