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初日

 俺は背後から、黄色い半透明のスライムタイプの敵に狙いを定めジリジリと距離を詰めた。一定の距離に入ると敵のHPが頭上に表記され、一定の距離に入ってから注視するとその敵の弱点が視覚化される。

 この敵は強くは無いものの真正面から向かうとドロドロとした液体を吐き出し、プレイヤーの自由を奪う。あの感触はなんとも言いがたい。なので俺はこいつとの戦闘は背後から一撃で決め、攻撃をくらわないようにしている。

 初期で手に入る銅のレイピアを構えてスライムの弱点である目と目の間に剣先を定めた。

「半透明であることを悔やむんだな」

 右足で地面を思い切り踏み込み、一気に剣先を弱点へと突き刺した。

 スライムは一気にHPが削られ0になったと同時に、一瞬にして光の粒子のようにキラキラと弾け飛んだ。

「ふぅ……」

「さっすがゲーマー。コツを掴むのが上手いな」

 後ろで見ていたタケルが拍手をしていた。

「お前も戦ってみたらどうだ? 案外簡単だぞ」

「俺はサッカーの試合があるから怪我したくねーんだよ」

 まるでそこにボールがあるかのように足を振る。

「だったらボールでも買って仮想世界でも練習してろよ。つーか、仮想世界なんだから怪我するわけないだろ」

「おっ! それいいアイデア!」

 レイピアを腰に携えてる鞘に戻した。


 俺が通っている啓星高校の生徒は勉学の一環として、とある山頂にある科学技術研究所を訪れた。

 そこでは日々、様々な研究がなされており中でも最近注目されているバーチャルリアリティーに力を注いでいる研究チームがある。

 この仮想世界<アンリアリティ・デイズ>はβ用に作られたソフトで、現実世界の生活を仮想世界でも生かせるかどうかという為に作られた。もちろん公には非公開。

「啓星学校の生徒にも体験して欲しい」という研究チームの依頼の元、うちの学校から数クラス参加できることとなり今に至る。

 ゲーム好きの俺にとっては夢のような話だった。

 この体験会は世界各地にある研究所から同時接続3万人もの人間がアクセスしているという説明を受けたが、多分、負荷テストも兼ねているのだろう。

 今、俺とタケルいる場所はプレイヤーが一番最初に到達する街<アリア>の入り口付近。この街は東京ドーム七個分の面積という大きな広さと、100を超える店が並んでいる。それに加え約700人のNPCと3万人のプレイヤーがいるのだから、どの店もどの路地も賑わっている。

 アリア内の移動は徒歩でも可能だが、ショートカット用のテレポートシステムがメニューに備わっており、行きたい場所を選択すると瞬時に移動できる。

 まさにここはMMOそのものだった。


「ところで、えーっと……ノ……ノザル?」

「ノ・エ・ルだ。三文字ぐらい覚えとけよ」

「なんでノエルなんだよ。俺みたく本名で登録しろよ」

「俺はプレイヤー名を設定するものは、全部ノエルで統一してわかりやすくしてるんだよ」

「ふーん」

 タケルは興味の無い返事をした。まぁ、タケルはゲームなどのインドアな遊びよりもサッカーなどアクティブな遊びが好きな人間だから、その辺は理解されなくても別にかまわない。

 きっと俺が世界で一番人気だったMMORPG<アーリー・オブ・サーガ>通称AOSの世界ランク2位プレイヤーと知っても、一瞬の驚きを見せつつ二度とその話題を持ち出してこないだろう。

 

 俺の生きがいはAOSと断言できるほどプレイに没頭していた。最小最弱ギルドから最大最強ギルドへと上り詰め、常に第一線でプレイしてきた自分は、いつしか世界ランク2位のプレイヤーとなっていた。

 世界ランク2位になったから続けてるという理由もあったが、続けていられた理由はもう一つある。

 学校では普通の高校生の俺にとって、現実では褒められたり信頼されたり期待されたりといったことは皆無。俺を認めてくれる唯一の場所はAOS内だけだった。

 しかし、俺を認めてくれる唯一の場所は、突然この世から無くなった。

 ある日、学校から帰るといつものようにすぐ部屋に直行し、パソコンの電源を入れてAOSを立ち上げた。いつもならログインIDとパスワードの入力画面になるのだが、数分待っても画面が真っ白のまま。色々と自分で調べたが全員同じ症状だったらしく、ネット上では『サーバーが落ちてメンテナンスしてるんだろう』とうい結論に至った。

 数十分……数時間……数日経っても症状が改善されず、ログインできない状態からちょうど一週間経ったある日、公式HPにお知らせが掲載された。

『この度、誠に勝手ながらアリー・オブ・サーガを閉鎖させていただきます』

 この無情にも簡潔された文章を見て、俺が今までAOS内で積み上げてきたものが全て崩れ去ったと悟った。それからというもの、色々なゲームをしても身が入らず「AOSでは、あと少しで世界ランク1位になれたのに」という心残りだけが残り、いつの日か俺が没頭するものに出会った時、その時は必ずトップを狙うと心に誓った。


「なぁノエル。俺らっていつまでこの体験やらされんの?」

「俺らから自発的に戻れないって説明うけなかったか?」

 タケルは焦りの表情を見せる。

「お、おい。じゃ、じゃあ俺らは一生……」

「バーカ。説明聞いてなかったか? メニュー画面の右上に今の時刻が表示されてるだろ? そのすぐ横にカウントダウン始まってる時刻確認してみろ」

 タケルは言われるままに腕を前に出し指先でピンチアウトした。

「残り1分ぐらいだ」

「そのカウントが0になれば俺らは強制的に現実へ帰れる」

「なーんだ。ビビらせんなよな」

「お前が説明聞いてなかっただけだろ」

「俺は感覚で生きる男だから細かいことは気にしないんだ。んであと1分なにすんの?」

「1分じゃなにもできないからここで待機するよ」

「早く帰りてー」

 タケルは叫ぶと地面に寝転がった。 

 俺の仮想世界体験もここで終わる。出来ればもっと体験したかったな。

 機械の声が空から聞こえてきた。

『アンリアリティ・デイズを体験されている皆様にお知らせです。残り10秒で帰還しますのでご了承ください』

 すると周囲にいた人間がカウントを始めた。

「5! 4! 3! 2! 1!」

 俺は今日体験したことを一生忘れないだろう。最後に始まりのアリアを見つめ目を瞑った。

「0!」

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