冬の桜【400文字小説】
冬にしか咲かない桜がある。
そんな噂を耳にしたのは、昨年の夏ごろだ。
その噂を頼りにここまで来たのだが、一向にその場所にたどり着く気配はなかった。
すると、突然景色が急変した。青々とした草木が多く生え、そこだけ一足早く春が来てしまったように見えた。
自らが歩く道の先を見ると、そこには立派な桜が見えた。
「ここか」
ようやくついたと、そちらに踏み込もうとしたとき、いつの間にかいた女の子が服を引っ張ってそれを阻止した。
「行っちゃダメ」
静かな口調で彼女はそう告げた。
その表情は不思議な印象を抱かせた。
「行っちゃダメ。帰れなくなる」
「帰れなくなるってそこまでいくだけだよ?」
「ダメ。あそこでみんながおいでおいでしている。だからダメ」
彼女は、なにを言おうとしているのだろう?
そういえば、この桜の話をしていた友人は翌日亡くなった。ということは……
それ以上考えまいと頭を振った男は、桜と少女に背を向けて、山を下りて行った。