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待ち合わせに来た黒狼はいつものように長い黒髪を後で一つに纏めていて、ジーンズ地のジャケットにパンツと言うカジュアルな姿で、気合を入れなくて良かったとつくづく思った。
初デートの結果と言えば。
それはもうとても楽しかった。
もともと気遣いの出来る奴で話も合う。
とはいえ二人ともおしゃべりな方でなく、時々お互い無言であっても居心地は悪くなかった。
さらに言えば今は無きレディファーストを地で行う男だった。
扉を開けてくれたり、帰りには思っていたとおりに降った雨に差した傘を持ってくれた。
体力差などはあるものの今は男女平等の時代で、一歩間違えば侮辱にも取れる行動だが、不思議とそんなことはなく(奴の自然な態度にも因るんだろう)、それどころか好きな相手に特別扱いされたら喜ばない奴はあまり居ないんじゃないかと思う。
デートについてあまり知らないニックですら夢のようなデートだと思ったほどだ。
それにしても、おかしい。
確か『何もしてくれないのよ』と、彼女は訴えていたはずだ。
実際は何もしてくれないどころじゃないじゃないか。
もしかしたらまた別のことなんだろうか。
恋愛の機微と言うのは本当に難しいな。このまま付き合い続けていればいつか分かるのだろうか。
それよりも気になることがある。
黒狼の話は豊富で多岐にわたり、こう、雑学っぽいものまで良く知っている。
植物園でプラカードの説明より詳しい薀蓄を持っている。
たとえば、ショナーの球根は『猛毒』だが花部分の灰を聖水で溶いて湯掻けば、そのまま食べられるほど美味しい、とか。
この間受けた冒険学科の授業じゃそんなこと教えてはくれなかった。
まぁ、私は冒険者を目指しているわけではなく、治療系学科課題の一環での初級講座の簡単なレクチャーでしかなかったわけだが。
そこでは『猛毒』であることしか教えてはもらえなかったのだ。
かといって、そこまで成績が飛びぬけているわけじゃないことも思い出す。
手を抜いているのではないか?
本当は学園で勉強する必要なんかないんじゃないか?
そこまで思い至ると黙っていられず、
「お前何のために学園に来てるんだ」
と問い詰めたら。
「え? もちろん勉強のためだけど……?」
素できょとんとした表情でそう返ってきたので頭を抱えそうになった。
いや、これは私の聞き方も悪かった。
「そうじゃない。それだけいろいろ知っているのならこれ以上知ることなんてないんじゃないか? と言ってるんだ」
それだけ知っていれば、普通に冒険者になれるだろうし。
あまりお奨めの職業じゃないらしいが、力もあるから衛番にだってなれるかもしれない。
「そんなことはないよ。これは元々森に住んでいたから知れたこともあるし、まぁ、その、古い知識だしね」
新しいことを覚えるのは楽しいよ。
そして、こう続けた。
「新しい人にも出会えるし。ほら、ニックにも出会えた」
少しはにかむようにして見せた笑みは、きらきらといったような擬音が付きそうなほどさわやかで。
これは、天然たらしだ!! きっとたらしに違いない!
と強くニックは思った。