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「ちょっと聞いたわよ!」
今日予定していた講義がすべて終わり、午後をどう過ごすか思案しながらゆっくり教材を片付けているところに、見知った声に顔を上げる。
システィナだ。
豊かなブロンドの髪をなびかせ、彼女は私の隣の席に座り身体をこちらにひねるようにして顔をのぞきこんできた。
彼女は、普通一学部の中等魔法学科(回復系)からの友人で、二学部に上がってからはその道には進んでこなかったものの、たまに一緒に食事に行くしディ・ラでメールをやり取りする間柄だ。
アレのことがあってから、こちらから連絡を取っていなかったし向こうからもなかったが、それよりも実際に話がしたかったのだろう。
その証拠に笑顔でその燃えるような紅い瞳に好奇心を浮かべているのがありありと分かる。
「もちろん黒狼とのコトよ」
やっぱりか。
「……あぁ、ちょっと成り行きで」
特に疚しい気持ちはなかったが歯切れも悪くなった。
いや、やっぱり疚しいのかもしれない。
試しにとはいえ、別れたばかりの所に付け入るようなまねをしたのだから。
そう思うと少し居心地が悪い。
「そうなの? あなたがあたしに遠慮してたかも……なんて想像もできないわね。でも面白そうだから今からでも三角関係する?」
「システィナ!?」
「やだちょっと!冗談よ!」
あははと腹部を抱えるように彼女は笑う。
「……そんなことになったら別れるよ」
そんな関係ならお断りだ。
その場のノリで付き合おうなんて言ってしまったことは仕方がない(こうなったからには楽しむつもりだ)が、『お付き合い初心者』の私には三角関係だの、ゆくゆくは第二夫人だの第三夫人だのといった冗談はいくら一夫多妻が認められているからと言って、そんな複雑なお付き合いなんて面倒くさいに決まってる。
黒狼にその気があるかどうかは分からないが。
「それにしても早耳だな」
付き合い始めてからたったの一週間しか経ってない上に、約束はしているがデートだってしていない。
何処からどう漏れたのか、さっぱりだ。
と言うことは、
「好きなんだな」
あの朝、『コレでもうすっきりしたわ! 次の彼ももう目星はつけてるのよ!』
なんてキラキラした目をしていたが本心じゃなかったのだろう。
それとも、あんまりにも直ぐに私と付き合うことになったから再燃したのだろうか?
黒狼だって未練たらたらだった。
お邪魔虫だとか馬に蹴られるとかになるのは私じゃないか。
「やめてよ。今のは本当に冗談だったんだから。もう終わったのよ私たち」
だって彼、本当に大事にしてくれるだけだったんだもの。
さっきまでの賑やかな空気は消え去り、彼女は表情を曇らせる。
化粧が流れ落ちるほど泣いて愚痴を聞かせられ、一緒に夜明けのカフェインを摂った後、お互い寝不足の腫れぼったい顔で朝一の講義に出たのはついこの間のことで。
「ごめん」
考えもなしに彼と付き合うなんて、今更友人を裏切るようなまねだと気付いた。
「いいのよ。ただ、忠告しておこうと思って。この間言ったじゃない? 彼って、ほら、ちゃんと相手のこと好きにならない気がするのよね。自分は違うとかって思わない方がいいと思うの」
私みたいに傷ついてほしくないのよ。
意味ありげに、今までとは違う妙な目つきをされて。
ただ、それは一瞬のことで見間違えたかと思うようなくらいだったのだが。
わざわざそれを言いに来たんだろうか? 彼女は。
いつものように見せかけた、貼り付けたような笑顔で「じゃあね」と去っていく彼女に、私は内心首をかしげながら軽く手を振った。
…その後、同じような忠告を三、四人からされ(そのうち一人は友人を二、三人引き連れていたし、また別の一人は友人代表を名乗っていた)、これは新手の嫌がらせか何かかとため息をつくことになった。